コラム
2007年06月18日

米国の高齢者世帯はどのようにして負の貯蓄額をファイナンスしているのか?

経済研究部 主任研究員   石川 達哉

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「日本の高齢者世帯は現役期に蓄えた資産を取り崩さない」あるいは、「日本では引退後の家計の貯蓄率もマイナスにはならない」というような言い方がなされることは、最近ではきわめて稀なことになったようである。6年前に「日米比較で見る高齢者の貯蓄・消費と住宅資産の関係」(『ニッセイ基礎 Report』2001年2月号)及び「家計貯蓄率のミステリー」(同 6月号)なるレポートを同僚と共同で執筆した時のことを思い起こすと、実に感慨深いものがある。当時はマクロベースの家計貯蓄率が11.1%もあったためか、引退した無職高齢者世帯の貯蓄率が負であることや、その事実を示すミクロベースの統計が1986年分以降、継続的に公表されていることを紹介するだけでも、レポートとして読んで頂けるほどだったからである。今やこれらの事実を全く知らないという人の方が少ないであろう。

当時も、貯蓄率が負であること、すなわち、資産を取り崩すことによって所得を上回る消費を実現していることに関しては、日米の高齢者世帯に共通していたが、取り崩す対象となる資産には大きな違いがあった。日本では中古住宅の流通市場が未発達なこともあって、高齢者世帯が取り崩すのはほとんどが金融資産であるのに対して、米国の高齢者世帯は小規模な持家に住み替えることを通じて、持家の一部を流動化し、金融資産を積み増していたのである。


図1

そして、今度は、上で述べたことを修正しなければならないようである。引退した高齢者世帯の貯蓄率が日米ともに負であることや、現在の所得のみでは不足する消費のための資金を日本の高齢者世帯が金融資産の取り崩しによって賄っていることは、現在も変わっていない。

大きな変化があったのは、米国の高齢者世帯が負の貯蓄額をファイナンスする方法の「序列」である。過去5年間に公表されたデータに基づくと、ファイナンスの中心は、住宅資産の直接的な取り崩しから負債の増加・借入金の増額へと移っている。2000年以降の住宅価格上昇に伴って持家の担保価値が高まったことで、資金使途を住宅関連に制限されないホーム・エクイティ・ローンの借り増しが可能になったからである。ホーム・エクイティ・ローンを現役世代が利用することはもはやニュースの材料にもならないが、引退した高齢者世帯の間で急速に浸透し、不足資金を埋めるための中心的な存在になった点は驚くべきことだ。


図2


もちろん、すべての高齢者世帯が持家や他の不動産を担保にした借入の増額を行っているわけではない。そうした選択をした世帯の負債増加額が大きいために、平均値として集計された数字の上で負債増加が実勢以上に目立っている可能性も否定できない。それでも、65歳以上の持家世帯のうち、2005年時点でホーム・エクイティ・ローンを利用している世帯は10.4%と1997年の倍以上に増え、逆に、住宅に関係するローンを全く持たない世帯の割合は76.7%から68.1%へと低下している。この間、リバース・モーゲージの利用世帯は0.2%から0.4%に増えたに過ぎない。資産としての持家を有効利用するという意味では、制限の多いリバース・モーゲージや居住地の移動を伴う持家の買い替え(住み替え)よりも、柔軟に設定できるホーム・エクイティ・ローンの方が利用可能性の高い選択肢だからであろう。


もっとも、ホーム・エクイティ・ローンを利用すれば、住宅価格が下落した際のリスクも引き受けることになる。リスクがあっても得られる便益が大きいと判断されたからこそ利用が拡大したのであろうが、引退後の選択としてはかなり大胆である。住宅価格下落期をも乗り越えられるほどに高齢者世帯の利用が定着しているかどうかは、まだ判らない。老後の生活資金を確保する方法として、日本にとっての教本となる可能性もあるだけに、ホーム・エクイティ・ローンの利用という米国高齢者世帯の「チャレンジ」からは今後も目を離せない。





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経済研究部   主任研究員

石川 達哉 (いしかわ たつや)

研究・専門分野
財政・税制、家計貯蓄・住宅

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