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2025年10月24日

米連邦政府閉鎖と代替指標の動向-代替指標は労働市場減速とインフレ継続を示唆、FRBは政府統計を欠く中で難しい判断を迫られる

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米連邦議会では、2026会計年度(25年10月~26年9月)の開始までに歳出法案や暫定予算の成立で与野党の合意が得られず、10月1日から一部の連邦政府機関が閉鎖されている。暫定予算をめぐっては、両党の主張に大きな隔たりがあり、政府閉鎖の解消に向けた見通しは立っていない。

トランプ政権による関税や移民政策の影響で米国経済の不透明感が強まるなか、政府機関の閉鎖によって10月以降に予定されていた政府統計の多くが公表延期となっている。

このため、米国経済の現状を把握するうえでは、政府統計に代わる民間統計などの代替指標の重要性が高まっている。本稿では、前半で政府閉鎖の背景と影響、停止された統計の状況を整理し、後半で代替指標からみた労働市場およびインフレ動向を分析する。

これらの代替指標によると、9月以降も労働市場の減速が続く一方、関税政策の影響により緩やかなインフレ圧力が継続していることが示されている。経済の不透明感が増すなか、FRBは金融政策運営において「データ重視」の姿勢を堅持しており、10月下旬のFOMC会合では、労働市場統計を欠く中で政策判断を迫られる見通しである。

2.連邦政府機関の一部閉鎖の動向

2.連邦政府機関の一部閉鎖の動向

(政府閉鎖の背景)暫定予算審議の行き詰まり
一般的に連邦政府機関の閉鎖は、通年予算または暫定予算の期限切れによって資金不足が生じた場合に発生する。今回のケースでは、新会計年度(2026年度:25年10月~26年9月)の開始までに12本の歳出法案のいずれも成立せず、暫定予算についても与野党が合意に至らなかったことが要因である。

暫定予算の審議では、与党共和党が11月21日を期限とし、政府高官および議員警備強化費の追加を盛り込んだ以外は、追加的な政策条項や歳出削減・増額措置を含まず、前年度の歳出水準を踏襲する「クリーンな暫定予算案(H.R.5371)」の成立を目指している(図表2)。この警備費の追加は、9月10日に右派の政治活動家チャーリー・カーク氏が講演中に暗殺された事件を受けた対応である。
(図表2)26年度暫定予算案比較
一方、野党民主党は10月31日を期限とし、共和党案と同様に警備強化費の追加を盛り込む一方で、コロナ禍で拡大し25年末で期限切れとなるオバマケア(ACA)の保険料税額控除の恒久延長、ならびに7月に成立した減税・歳出法(OBBBA)に含まれるメディケイド資金削減条項の撤廃を含む暫定予算案(S.2882)の成立を目指している。

共和党案は9月19日に下院を通過したが、上院では共和党が53議席にとどまり、議事妨害を回避して成立させるために必要な60議席を確保できず、民主党の反対により累次に亘って否決された。また、民主党案も上院民主党の議席数が47にとどまっているため、成立の見通しは立っていない。

なお、コロナ禍で拡大したACAの保険料税額控除が延長されなかった場合、約2,200万人の契約者の保険料が増加すると推計されている。共和党指導部は延長そのものを容認する姿勢を見せているものの、政府閉鎖を解消した後に検討を開始する方針を崩していない。このため、両党の主張は依然として平行線をたどっている。

一方、政府閉鎖の対応に関する世論調査1では、トランプ大統領の不支持率が56%(支持:34%)となった。また、政党別では共和党の不支持率54%(支持:29%)、民主党の不支持率53%(支持:28%)とほぼ拮抗している。このため、与野党いずれも強硬姿勢を維持しやすい政治環境となっており、合意形成が難航する要因の一つとなっている。
(連邦政府機関閉鎖日数比較)完全閉鎖として史上最長の閉鎖期間
暫定予算の成立が依然として見通せない中、10月1日から続く政府閉鎖は、本稿執筆時点(10月24日)で24日目を迎えている。これは、トランプ政権1期目に起こった政府閉鎖(2018年12月~2019年1月)の34日間に次ぐ、歴代2番目の長期閉鎖となっている(図表3)。前述のように暫定予算の合意形成が難航しており、史上最長の閉鎖期間を更新する可能性が高まっている。
(図表3)過去の連邦政府機関閉鎖日数(上位) 一方、政府閉鎖は、歳出法案の成立状況に応じて「完全閉鎖」と「部分閉鎖」に分類される。18年12月は部分閉鎖で12本の歳出法案のうち国防総省などを含む5本が成立しており、裁量的経費の約75%が執行可能であったため、多くの政府機関は通常通り機能していた。

これに対し、今回は12本すべての歳出法案が未成立の完全閉鎖となっており、予算執行が全面的に停止している。このため、政府機関の業務停止範囲が広がるとともに、連邦政府職員への給与支払い遅延など、経済・行政両面への影響が深刻化する懸念が強まっている。
(発表が延期された経済指標)10月1日以降に発表予定の政府統計はCPIを除き延期
連邦政府機関の閉鎖に伴い、主要経済統計を発表する各省庁の業務が大幅に停止している。商務省経済分析局(BEA)はGDPなどの主要統計を担当しているが、業務停止により職員は原則として不就労となり、すべての経済統計の公表を一時的に中断した。

労働省労働統計局(BLS)も職員の多くが一時帰休となり、雇用統計や生産者物価(PPI)などの統計の集計業務が停止している。ただし、15日に発表予定であった消費者物価指数(CPI)については一部の担当部署が業務を継続し、例外的に10月24日に発表される。その背景には、社会保障給付額の改定に用いられる生活費調整(COLA:Cost of Living Adjustment)の算定にCPIデータが必要となる事情がある。COLAは数千万人の年金受給者の生活費を決定する基礎データであるため、ホワイトハウスはBLSに対して他の統計業務を停止しながらもCPI集計を行うように命令した。

一方、商務省センサス局も小売売上高などの主要指標を含むほぼ全ての活動を休止しており、統計公表を停止している。これらの結果、10月1日以降に発表が予定されていた政府統計はCPIを除いて発表が延期されている(前景図表1)。

3.代替指標からみた足元の経済動向

3.代替指標からみた足元の経済動向

(労働市場)雇用の伸びは鈍化、労働需要が低下する一方、人員削減の大幅増加は回避
雇用統計の非農業部門雇用者数の代替指標としては、ADP社の全米雇用報告が注目されている。ADP(Automatic Data Processing)社は米国の給与計算を代行する大手企業であり、全米民間部門雇用者のおよそ2割に相当する約2,500万人の給与データを基に、民間部門の雇用者数の変化を集計している。ADP社は、雇用統計発表の2日前に全米雇用報告を公表している。
(図表4)非農業部門雇用者数およびADP雇用報告 非農業部門雇用者数とADP社の雇用報告には、政府部門を含むか否かなどの違いはあるものの、25年初以降の動きは概ね一致している(図表4)。具体的には、非農業部門雇用者数(前月比)は7月の+7.9万人から8月には+2.2万人へと減速しており、ADP社の雇用報告でも同様に7月の+7.7万人から8月は+3.8万人に減速していた。

ADP社は9月が▲3.2万人の減少に転じたとしており、9月の非農業部門雇用者数も前月からさらに鈍化した可能性が高いとみられる。
(図表5)インディード求人掲載指数 また、BLSのJOLT統計に含まれる求人数などの労働需要を示す代替指標としては、インディード求人掲載指数が挙げられる。同指数は求人サイト「Indeed」に掲載された求人数の推移を、20年2月1日を基準に指数化したものである。同指数をみると、22年4月の161.5をピークに低下基調が続いており、直近(10月17日)は102.1と21年2月以来の水準まで下落している(図表5)。このため、求人需要の減少が続いていることが示唆される。
(図表6)人員削減計画 次に、米企業の人員削減計画は、民間雇用調査会社チャレンジャー・グレイ&クリスマス社によると、トランプ政権下での連邦政府職員削減方針を受けて、25年3月に政府関連の人員削減数が21.7万人へ急増したことを背景に、全体でも27.5万人に達した(図表6)。しかし、その後は政府関連部門の減少もあり、9月は5.4万人(前月:8.6万人)と前月比で▲37%減少し、前年同月(7.3万人)比でも▲26%の減少となった。このため、足元では大幅な人員削減が進む状況には至っていない。

一方で、これは代替指標ではないが、議会予算局(CBO)は、政府閉鎖により一時帰休となる連邦政府職員を約75万人と推計している。このため、10月の雇用統計(家計調査)では一時帰休者が「一時解雇中」の失業者として計上される見通しであり、失業率は一時的に0.4%ポイント上昇(75万人は労働力人口約1億7,080万人の約0.4%に相当)する可能性がある。
(図表7)CPIおよびナウキャスト(前年同月比) (インフレ)緩やかなインフレ圧力が継続
クリーブランド連銀が日次で推計しているCPIナウキャストによると、25年9月の総合指数とコア指数はいずれも前年比+3.0%と、8月実績(総合+2.9%、コア+3.1%)から小幅な変動にとどまった(図表7)。10月22日時点の10月CPIの推計でも、総合指数は+3.0%、コア指数は+2.9%と、9月からほぼ横ばいで推移しており、インフレ率の上昇は限定的となっている。

とくに、コア指数は、9月時点で2ヵ月連続の低下が見込まれており、ナウキャストの結果は、インフレ率がFRBの物価目標である2%を上回っているものの、関税の影響などによる足元の物価上昇圧力が限定的に留まっている可能性を示唆している。
(図表8)消費者のインフレ予想(1年後) 一方、消費者のインフレ予想をみると、ニューヨーク連銀の調査では、1年後のインフレ予想が9月に前年比+3.4%と、4月の+3.6%を下回りつつも、6月の+3.0%を底に3ヵ月連続で上昇していることが分かる(図表8)。

また、ミシガン大学の調査でも9月の1年後のインフレ予想は+4.7%と、5月の+6.6%を下回るものの、トランプ政権発足前の24年12月(+2.8%)に比べれば依然として高い水準が続いている。このため、足元のインフレ上昇は限定的である一方、消費者心理には今後の物価上昇への警戒感が根強く残っていると言える。
(図表9)ISMおよびNFIBのインフレ関連指数 さらに、企業調査も同様に、インフレ圧力がなお根強いことを示している。ISM(全米供給管理協会)の調査によると、財やサービスへの支払価格を示す支払価格指数は製造業の9月が61.9と、6月の69.7から3ヵ月連続で低下したものの、年初(54.9)を依然として大きく上回っている(図表9)。また、非製造業の支払価格指数も9月に69.4と、年初の60.4を大きく上回り、7月以降3ヵ月連続で69台の高水準を維持している。

このため、ISM指数は製造業・非製造業ともにインフレ上昇圧力の継続を示唆している。

さらに、中小企業のセンチメントを示すNFIB(全米独立企業連盟)指数でも、価格上昇圧力が確認されている。3ヵ月前と比較した価格実績指数は9月に24(前月:21)と2月の32を下回ったものの、前月比で+3ポイント上昇した。また、今後3ヵ月の価格計画指数も9月に31(前月:26)と6月の32をわずかに下回ったものの、前月日+5ポイント上昇した。NFIBはプレスリリースで、価格実績が統計開始以来の平均(13)を上回っており、インフレ圧力が依然として継続していると指摘したほか、価格計画の上昇については、関税コスト上昇を消費者に転嫁する動きが反映されたものと分析している。

以上から、消費者・企業双方の調査結果は、物価上昇率そのものはやや落ち着きつつも、基調的なインフレ圧力は依然として燻っている状況を示している。

4.まとめ

4.まとめ

10月1日から始まった連邦政府機関の一部閉鎖は、本稿執筆時点(10月24日)で24日目を迎えており、トランプ政権1期目(2018年12月~2019年1月)の34日間に次ぐ歴代2番目の長期閉鎖となっている。政府閉鎖を解消するための暫定予算案をめぐっては、与野党の主張に大きな隔たりがあり、依然として合意の見通しは立っていない。また、世論調査では政府閉鎖の責任について与野党間で支持・不支持が拮抗しており、政治的圧力が十分に高まっていないことが、交渉の停滞を長引かせる要因となっている。

政府閉鎖の影響により、政府統計はCPIを除きすべて発表が延期されている。この結果、米国経済の実態を把握する上では、民間統計などの代替指標の重要性が一段と高まっている。これらの指標によれば、労働市場は依然として減速傾向が続いており、インフレについては上昇幅が限定的となる一方で、関税政策に伴う物価上昇圧力が依然として燻っている状況が示されている。

一方、米国経済の不透明感が強まるなかで、FRBは引き続き「データ重視」の姿勢を明確にしている。しかし、主要な政府統計が欠如する中で、10月28~29日に開催予定の次回FOMC会合では、限られた情報に基づいて政策判断を行うという極めて難しい局面を迎えている。

代替指標では労働市場の減速傾向が確認されており、加えて、パウエル議長が10月14日の講演で「9月会合以降、経済見通しに大きな変化はない」と述べ、追加利下げを示唆したことを受け、市場では10月会合での利下げをほぼ完全に織り込む状況となっている。このため、FRBは10月会合で利下げを決定する可能性が高いとみられるものの、政府統計という基礎データを欠く中で、政策の継続性と判断の正当性が問われる極めて難しい判断を迫られることになるだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年10月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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