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2025年08月26日

相続における死亡保険金-遺留分侵害請求

保険研究部 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

本稿は生命保険契約の死亡保険金と相続との関係について解説するものである。解説のための事例としては以下のようなものである。まず、Aが死亡したことにより相続が発生した。Aには配偶者Bと、AとBの子のCがいる。AとBは別居しているが、CがAと同居しており、CはAの老後の面倒をみていた。Aは全財産をCに残すべく、Aの全資産である不動産1億円相当、現金・有価証券5000万円相当をCに相続させる旨の遺言を作成した。

このほか、Aは自己が保険契約者・被保険者である生命保険契約を締結し、5000万円の死亡保険金の受取人をCに指定していた(以上、本事案という)。本事案の場合、Cの受け取った死亡保険金の法的取扱いが本稿の課題である。

以下、まずは相続の仕組みから解説する。文中で述べる被相続人はA、相続人はBおよびCが該当する。

2――相続の仕組み

2――相続の仕組み

1相続の基本
民法は「相続は、死亡によって開始する」とする(民法882条)。そして、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」(民法896条)。つまり被相続人の財産と借金の一切が相続人に移ることとなる。議論を簡潔にするため、本稿では債務の存在は考慮しないものとする。

相続人が複数いるときには、相続財産は相続人の共有となる(民法898条1項)。たとえば一筆の土地について、複数人が持分割合で権利を有する(共有持分)ことになる。この割合は、遺言がない場合にあっては原則として法定相続分となる(民法898条2項、民法900条)。法定相続分は相続人の被相続人との関係によって異なるが、たとえば本事案のように相続人が配偶者と子1人と仮定すると、配偶者および子は相続財産の2分の1をそれぞれ相続する(民法900条1号)1

相続が開始された場合には、いったん法定相続分で共有となった相続財産を相続人間で分割する (遺産分割という。民法906条)。遺産分割は「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」(同条)とされているが、まずは相続人間の話し合い(法律上は協議という)で誰がどの財産を取得するかを定める(民法907条1項)2
 
1 子が複数人いる場合は、2分の1を均等割りする(民法900条4号)。
2 この協議が整わない場合には、相続人は分割の審判を家庭裁判所に申し立てることができる(民法907条2項、家事事件手続法191条~200条) 。審判に不服なときは裁判所に抗告することができる(家事事件手続法85条)。
2|相続財産
上述の通り、被相続人が死亡した時点で所有していた財産の一切を含む3。なお、本事案に関係する点として、死亡保険金は、死亡時に相続人が所有していた財産ではないことから、相続財産に含まれないとされている。この点は後述する。

次に、本事案において問題となるのは「特別受益の持戻し」である。すなわち「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け…生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、(当初)算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」(民法903条1項)という取扱いである。つまり、被相続人から生前あるいは死亡にあたって、相続とは別に財産を取得した相続人は、それら贈与等を受けた分をすでに相続したものと取り扱って、相続すべき財産から控除する。

ここで、死亡保険金につき、相続人が相続とは別に取得した財産として、相続人である死亡保険金受取人に対する特別受益持戻しの対象となるかが、本稿の中心的な論点である。この点についても後述する。
 
3 ただし、系譜、祭具及び墳墓の所有権は、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する(民法897条1項)という例外がある。
3|遺言と遺留分
相続の基本は上記1の通りであるが、被相続人が自分の財産をどのように相続させるのかを決めることもできる。それが遺言である。被相続人は法定相続分に関する規定にかかわらず、共同相続人の相続分を定めることができる(民法902条)。本事案のように自分の全財産を特定の相続人に相続させることもできる。

ただし、遺留分という制度がある。遺留分とはたとえば本事案のように遺言で全財産を特定の相続人に相続させた場合に、他の相続人が法定の割合まで相続を受けることができるとするものである。これは遺族の生活の保障や潜在的持分(被相続人の財産の形成にあたって寄与した分)の清算などの観点から認められている4

本事案におけるBの遺留分はBの法定相続分(2分の1)の2分の1である(民法1042条1項2号5)。すなわち遺言によって相続分をゼロとされたBについては(2分の1)×(2分の1)で4分の1が遺留分となる。遺留分の額から、相続した額を差し引いた金額を遺留分侵害額という。遺留分権利者(遺留分侵害を受けた者、本事案ではB)においては、遺言によって財産を継承した相続人(本事案ではC)に対して、遺留分侵害額相当の金額の支払いを受けることができる(民法1046条)。
 
4 基礎研レター「改正相続法の解説(2)-遺言で遺産をどう分けるか―遺留分制度を中心に」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61960?site=nli 参照。
5 直系尊属のみが相続人の場合は法定相続分の3分の1、それ以外は法定相続分の2分の1とされている(民法1042条1項1号、2号)。

3――死亡保険金と相続財産

3――死亡保険金と相続財産

1|死亡保険金は相続財産に含まれるか
一つ目の論点は相続人が被相続人の死亡に関して死亡保険金を受け取る場合、保険金が相続財産に含まれるかどうかである。

この論点については確立した判例がある。すなわち、被相続人が、自己を被保険者として、生命保険契約を締結し、相続人の一人を保険金受取人とした場合の生命保険金請求権は、受取人が自己の固有の権利として取得するもので、相続財産に属するものではない(最判昭和40年2月2日)。言い換えると、保険金は相続人の立場として継承するものではなく、保険金受取人としての立場で直接受け取るものとされている。

したがって本事案においてCは自己の権利として死亡保険金請求権を取得するので、死亡保険金相当額は相続財産には含まれない。また後述の通り、原則として特別受益の持戻しの対象ともならない。

ところで、相続税の課税において、相続人が取得した死亡保険金に関しては相続税が課されることになっている。しかし、相続税法上、死亡保険金は「みなし相続財産」とされており、相続財産ではないが、同様に課税すべきものと位置付けられている(相続税法3条1項1号)。ここで、相続税の観点から相続財産に組み込まれる保険金に対しては一定の控除額がある6

なお、相続人が自己を満期保険金受取人として指定し、被相続人の生前に満期が来ていた場合はどうなるか。この場合は、相続人の満期保険金請求権を相続人が継承することから、満期保険金請求権は相続財産に含まれ、相続人の共有になる。
 
6 タックスアンサーhttps://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm 参照。なお、課税対象となるのは500万円×法定相続人の数を死亡保険金額から差し引いた金額である。
2|死亡保険金と遺留分
死亡保険金は相続財産に含まれないことは、上述の通り最高裁の判例で確定している。他方、遺留分侵害額の請求にあたって、侵害額算定の基礎となる相続財産に死亡保険金が含まれるかが問題となったケースがある。この点について最高裁決定平成16年10月29日が判断基準を示している。

まず、同判決は死亡保険金が民法903条1項の規定する特別受益には該当しないとした。ただし、死亡保険金のもととなった保険料は、「被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかん がみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権を特別受益に準じて持戻しの対象となる」とし、判断にあたっては「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」とした。すなわち、遺留分侵害請求を判断するにあたっては、個別事情によって、死亡保険金も相続財産に「持戻し」されることがあると判断した。

このように状況次第では遺留分侵害請求にあたり特別受益に準ずるものになりうると最高裁が判断したため、どのようなケースが該当するかについて争いが生ずることとなった。以下では近時の下級審判決例で、死亡保険金を特別受益に準ずると認めなかった事例と認めた事例を二つ紹介する。

4――死亡保険金の特別受益該当性を判断した判決例

4――死亡保険金の特別受益該当性を判断した判決例

1|特別受益に準ずるとは認めなかった事例
東京地判令和6年3月21日は死亡保険金が特別受益に準ずる場合には該当しないとした判決である。原告は被相続人の孫(被相続人の長男の子。長男はすでに亡くなっている7)であり、被告は被相続人の子(被相続人の次男)である。原告は遺言により遺留分が侵害されたとして遺留分侵害額を支払うよう、被告を提訴した。

被相続人の不動産をはじめとする相続財産の全額は3億1051万円と認定された。これとは別に、相続人の一人である被告が受け取った死亡保険金は合計7100万円である。死亡保険金の相続財産に対する割合は約23%に過ぎず、かつその他の考慮すべき事項も見当たらないことから、死亡保険金は特別受益に準ずる場合に含まれないと裁判所は判断した8
 
7 被相続人の子が死亡した場合、その子(被相続人の孫)は子の相続分を引き継ぐ(代襲相続という。民法887条2項)。
8 原告の遺留分侵害請求そのものについては一部認めた。
2|特別受益に準ずると認めた事例
東京地判令和6年5月10日は、被相続人の子である、きょうだいが原告と被告となった事案である。被相続人は被告が主に介護してくれたことなどに鑑み、原告に1000万円を、その他の財産をすべて被告に相続させる旨の遺言を作成した。被告に死亡保険金2億円が支払われるが、死亡保険金を含まない相続財産の合計額は4億7524万円である。

判決は、「生命保険の保険金額は2億円と相当程度に高額であること、保険金額はそれ以外の相続財産(不動産、預貯金等)の額の4割以上であり、相当程度に大きい比率を占めること、本件生命保険は保険会社が一括払いされた保険料を有価証券等の投資により運用し、その運用成績に従って保険金額が変動する変額保険といわれるタイプの保険であって、貯蓄性が高く投資信託に似た性質を有することを考慮すれば、本件生命保険の保険金は、民法903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象とすべき特段の事情がある」とした。

結論として、原告の遺留分として1億6881万円(すなわち相続財産+死亡保険金の4分の1)を認め、遺言により相続した1000万円を控除して、1億5881万円を遺留分侵害額として被告からの支払請求を認めた。

5――まとめにかえて

5――まとめにかえて

以上の通り、死亡保険金は原則として相続財産とは関係がない。したがって、死亡時に発生する葬儀等の費用や納付すべき相続税支出に対する準備を死亡保険金で行うことは合理的と言える。ただし、上記で見た通り、相続人の誰かが遺留分侵害額の請求を行えるような場合には、死亡保険金が特別受益に準ずるものとして相続財産に持戻しがされる可能性がある。商品性など個別事情もあわせて検討されるが、死亡保険金の相続財産全体に対する割合が裁判所の判断を分ける大きな要素である。この点、地裁レベルでは相続財産全体と比較して2割程度では特別受益に準ずるものとはされていない。他方、相続財産全体と比較して4割程度では特別受益に準ずるというのが目安のようだ。

本事案では保険金の相続財産全体に対する割合が3割程度であり、ちょうど判断の分かれ目となるケースである。このあたり、相続人間で争いが生じないよう、遺言作成にあたっては十分な配慮が必要である。

以上を前提に死亡保険金を活用するライフプランを考えてはみてはどうだろうか。なお、ライフプランの検討にあたっては、相続税の対象となる死亡保険金額(控除額は法定相続人数×500万円)や相続税の控除額(基礎控除は3000万円+法定相続人×600万円)といった税制の仕組みも踏まえる必要があるだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月26日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月 取締役保険研究部研究理事
     2025年7月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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