2025年07月09日

バランスシート調整の日中比較(後編)-不良債権処理で後手に回った日本と先手を打ってきた中国

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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3|システミックリスクを防ぐことは可能だが、経済の停滞回避には不良債権の最終処理が必要
以上でみたように、銀行の不良債権処理問題は、中小銀行を中心に今後も金融リスクの火種として燻ぶり続けることが予想されるが、AMCや財政の活用など危機の発生を防ぐ手段は残されており、全国的なシステミックリスクにまで至る可能性は高くないと考えられる。

AMCに関しては、2024年末時点で、主に中央政府系が5社、地方政府系が59社、銀行系が5社となっている。AMC経営を巡っては、近年収益性が低下していることに加え、不動産や小規模零細企業、地方政府融資平台関連などリスクの高いセクターの不良債権の購入が主となっていることや、銀行の不良債権比率引き下げのための隠ぺいに用いられている可能性があることなど、懸念点は多い20。だが、1990年代後半の不良債権処理の際にもみられたように、危機的な状況が発生した際に金融システムが機能不全に陥ることを回避する手段として有効であるのも事実だ。近年では、AMCが購入可能な資産範囲の拡大など、不良債権処理に向けたAMCの活用強化の動きも徐々に進んでいる。

財政に関しても、政府債務のGDP比は公式では23年末時点で55%である。地方政府融資平台の隠れ債務も含めると100%超まで上昇する可能性はあるものの、国内資金での国債消化余力を踏まえれば、まだ財政面で余地はあるといえる。銀行自身のガバナンスやリスク管理体制の整備、不良債権処理の強化などが不十分なまま資本注入をすれば、モラルハザードを助長する恐れがあるため、事前の厳格な審査や事後のモニタリング、出口戦略の策定などを実施することは欠かせないが、財政資金を用いた銀行やAMCの資本増強は、危機対応の手段として残されていると考えられる。なお、足元では、危機対応というよりはリスク防止の観点から、20年以降、地方債で調達した資金による資本注入が認められているほか、25年には、財政部が特別国債で調達した資金により大手4行21に資本注入が実施されている。

ただし、これらはあくまでも危機対応の方策である。中国経済が活力を取り戻し、長期停滞に陥らないようにするためには、清算や再建、業況改善など様々な手段を通じた不良債権の最終処理が根本的に必要であることはいうまでもない。これは、銀行がオンバランスで抱える不良債権だけでなく、AMCへの売却などを通じて銀行外にオフバランス化された不良債権についても同様である。経済のどこかに不良資産が残ったままである限り、それが金融や財政にとって重荷となり、金融の不安定化要因となるほか、より生産性の高いセクターや企業への資金供給が妨げられるためである。具体的な重点としては、不動産セクターのほか、地方のインフラ建設・運営にかかわる地方政府融資平台や、製造業や卸小売業などの小規模零細企業などが挙げられる。
(図表21)生産年齢人口 目下、米中貿易摩擦や不動産不況を背景に経済が不安定化しやすい状況にあるため、清算による処理のように経済や雇用に痛みが生じる措置はとりづらいのが実情と考えられるが、再建の取り組みや、今後の経済活性化に必要な改革を進めることは可能だろう。例えば、これまで不動産やインフラ建設に依存してきた地方経済や財政の構造改革や国有企業改革、民営セクターの活性化、対外開放、労働力移動の円滑化に資する戸籍制度改革や公共サービスの均等化、リカレント教育の推進など、いずれも課題として認識されてはいるが、求められる取り組みは多岐にわたる。30年代半ばには、人口減少のスピードが加速し、潜在成長率の下押しは一段と強まることが予想される(図表21)。それまでの間に、それを補うだけの生産性向上やそれに必要な対策が進まなければ、経済が低成長局面に移行するとともに停滞が長期化し、それが不良債権問題も長期化、深刻化させるという悪循環に陥る恐れがある。これに伴い、金融や財政など不良債権処理の余力も低下していくことから、最悪の場合、将来的に危機を防ぐことができない局面に至ることもありうる。
 
20 張・李(2025)、IMF(2024)、Charoenwong et al.(2023)。
21 中国農業銀行、中国建設銀行、中国銀行、中国郵政貯蓄銀行の4行。

6――おわりに

6――おわりに

本稿では、中国の不良債権処理を巡る状況について、不良債権処理問題で苦しんだバブル崩壊後の日本との比較を通じて特徴を考察した。

バブル崩壊後の日本の不良債権問題が深刻化した背景にあった資産査定にかかわる制度整備や不良債権処理の動き、銀行の処理体力といった点に焦点を当て比較すると、現時点における中国の不良債権問題を巡る状況は、当時の日本ほど深刻な状況にはないと推察される。これは、バーゼル規制といった国際的な銀行経営規制の枠組みが高度化してきたという外的要因の追い風によるところも大きいが、中国政府としても世界金融危機を経て金融のシステミックリスクが経済に及ぼす影響の大きさを警戒し、金融システムの健全性維持のため、デレバレッジの取り組みと歩調を合わせ、様々な手段で不良債権のオフバランス化に積極的に取り組んできたことによる効果も少なくないと考えられる。その過程では、過去の日本の不良債権処理の失敗の経験も参考にしたものと思われる。結果として、金融システムの中核を担う銀行のバランスシートの健全性が保たれている点は評価できよう。実際には、制度で規定された基準に厳密に則り資産査定が実施されていないケースがあるため、公表された不良債権比率は実態よりも高いとの見方が一般的であるが、貸倒引当金などのストック面や毎年の収益などフロー面を考慮すると、不良債権比率がある程度上昇しても、それを処理するだけの余力は依然残されていると考えられる。

他方、今後を展望すると、銀行の収益力は徐々に低下していく可能性が高い一方、不良債権処理の圧力はまだ長引くことが予想される。とくに経営状況が相対的によくない農村金融機関や都市商業銀行など中小銀行で、足元の米中摩擦の影響を受けて経営悪化が広がる可能性が懸念されるが、全国的な金融のシステミックリスクが発生する可能性は低いと考えられる。1990年代後半からの不良債権処理の際に実施したようなAMC(資産管理会社)を活用した不良債権の大規模な切り離しや財政による資本注入などを実施する余地が残されているためである。もっとも、これは危機対応の方策であり、中国経済が活力を取り戻し、長期停滞を回避するためには、銀行がオフバランス化した不良債権も含めて最終処理を進める必要がある。

2025年中には、中国共産党の重要会議である中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議(「四中全会」)または五中全会で、翌26年~30年までの5年間の政策大綱となる第15次五カ年計画の草案が採択される見込みである。その中で、不良債権問題を主とする金融リスクへの対処や、経済の活性化に必要な改革の実行について、どのような方向感が示されるのかが注目される。

【参考文献】
 
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(2025年07月09日「基礎研レポート」)

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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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