2025年05月28日

インバウンド消費の動向(2025年1-3月期)-四半期初の1千万人越え、2025年の消費額は10兆円が視野

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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4――訪日外国人旅行消費額の内訳~サービス消費7割・モノ消費3割、欧米諸国はサービス消費が8割

1全体の状況~円安や中国人観光客回復でモノ消費3割、夜間のサービス充実等で消費額拡大の余地も
次に、訪日外国人旅行消費額の内訳を見ると、中国人による「爆買い」が流行語となった2015年頃には「買い物代」の割合が約4割を超えており、消費全体の中で突出して高かった(図表7)。しかしその後、中国政府による関税引き上げに加え、サービス消費志向の強い欧米からの訪日客の増加を背景に、「宿泊費」や「飲食費」、「娯楽等サービス費」といったサービス消費の割合が高まっている。一方で、直近では円安による割安感に加え、訪日中国人観光客の回復が進んだことで、「買い物代」の割合は再びやや上昇傾向を示している。

なお、インバウンド消費額が世界最大である米国においては、「買い物代」の割合は約2割にとどまり、大半が宿泊・飲食・娯楽等を中心としたサービス消費で構成されている(国土交通省「観光白書(令和6年版」)。なかでも「娯楽等サービス費」は13.5%を占め、日本の約3倍にのぼる。この背景には、特にナイトタイムエコノミー(夜間消費)に関連するサービスの不足が指摘されている3。夜間消費の拡大は訪日客1人当たりの消費額をさらに押し上げるうえで、今後の潜在的な成長余地となりうる。
図表7 訪日外国人旅行消費額の費目別構成比の推移
 
3 久我尚子「インバウンドで考えるナイトタイムエコノミー-日本独自の夜間コンテンツと街づくりの必要性?」、ニッセイ基礎研究所、研究員の眼(2024/7/24)や観光庁「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」など。
2国籍・地域による特徴~モノ消費は中国が最多で東南アジアで、サービス消費は欧米諸国で多い
2025年1-3月期の訪日外国人旅行消費額の内訳を国籍・地域に見ると、アジア諸国ではモノ消費が多く、欧米諸国ではコト消費が多い傾向が見られ、この傾向は過去も同様である(図表8)。

なお、「買い物代」、すなわちモノ消費の割合が圧倒的に高いのは中国(40.8%)で、唯一4割を超えて、全体平均を約1割上回っている(図表8)。次いで台湾〈33.2%〉、マレーシア(32.8%)、フィリピン(32.5%)、香港(32.3%)、ロシア(32.3%)、タイ(31.6%)と続き、これらの国・地域はいずれも3割を超えて全体平均を上回り、「買い物代」の割合が他の費目を上回って最も高い割合を占めている。

一方、サービス消費(「宿泊費」「飲食費」「交通費」「娯楽サービス費」)の割合が最も高いのはオーストラリア(85.2%)で、次いでスペイン(83.5%)、フランス(82.5%)、インドネシア(82.0%)、ドイツ(81.7%)が続いている。なお、サービス消費の内訳では、「宿泊費」の割合が特に高いのは英国およびフランス(どちらも42.2%)、「飲食費」はベトナム(30.7%)、「交通費」はインドネシア(15.8%)、「娯楽サービス費」はオーストラリア(9.5%)で多い傾向がある。
図8 国籍・地域別旅行消費額の費目別構成比(2025年1-3月期)

5――おわりに

5――おわりに~持続可能なインバウンド成長に向けて、「おもてなし」の再評価と価格戦略の再構築

本稿では、政府統計に基づき、2025年1~3月期までの訪日外国人旅行消費の動向を分析した。

消費額は、足元でドル安傾向も見られるものの、依然として円安水準にあることでの割安感や国内の物価上昇の影響で、四半期で初めて1千万人を超え、消費額は引き続き2兆円を超えた。

この期間のインバウンド消費額は引き続き2兆円を超え、四半期としては初めて訪日外客数が1,000万人を突破した。背景には、依然として続く円安水準による割安感や、日本国内の物価上昇が相対的に抑制されていることなどがある。なお、足元ではドル安の兆しも見られるものの、全体としては円安基調が続いている。

また、2025年1-3月期の訪日外国人消費額の増加率(対前年+28.4%)は、外客数の増加(同+23.1%)と比べて大きく、1人当たりの消費額(22万1,285円)が前年より約1万円増加した。消費額の内訳では、「買い物代(モノ消費)」が全体の3割、サービス関連(「宿泊費」「飲食費」「交通費」「娯楽等サービス費」)が7割を占めた。

今期の特徴として注目されるのは、前期に続いて訪日外客数の首位が韓国であった点である。かつて圧倒的な存在感を示していた中国からの旅行客は回復基調を強めているものの、現時点では韓国人観光客の伸びがそれを上回り、訪日客全体の約4分の1を占めている。ただし、韓国人の平均宿泊日数は約4日と短いため、平均9日の全体と比べて消費額は相対的には少ない。一方、中国人観光客は宿泊日数が長く、購買意欲も強いことから、消費額における存在感が依然として大きい。特に「買い物代」が内訳の4割を占めて、他国と比べて突出している。

引き続き、インバウンド需要は拡大傾向にある中で、人手不足や混雑の緩和といった課題への対応がより重要になっている。特に、デジタル技術の活用による業務の効率化とともに、サービスの質やコストに見合った価格設定の見直しが求められる。これにより、システム整備や人材確保のために必要な安定的な原資の確保が可能とある。

インバウンド対応においては、多言語対応や宗教的配慮、訪日客専属のガイドサービスなど、追加的な対応が求められる場面も多い。これらに要するコストについては、合理的な根拠に基づき、適切な価格転嫁が認められるべきである。日本では「おもてなし」が文化的な美徳として、しばしば無償で提供される傾向があるが、近年は原材料費や光熱費、人件費の高騰により、こうしたサービスが企業収益を圧迫している現状がある。消費者からは高品質なサービスとして評価されているものの、「おもてなし」を前提とした価格体系については、他国のインバウンド市場の動向を参考にしながら、グローバルな視点で再検討すべき時期に来ているだろう。

今期と同程度の成長が続けば、2025年のインバウンド市場は10兆円規模に達する見通しであり、日本経済への波及効果への期待も高まる。一方で、こうした需要の受け皿となる供給体制には、更なる工夫と改革が求められる。持続可能な観光の実現には、単なる量的拡大ではなく、単価の引き上げによる質的な成長への転換が必要であり、そのためには適切な価格転嫁に加えて、日本独自の付加価値の創出が不可欠である。例えば、文化芸術や地域文化の伝承を核としたサービスの提供は、競争力の強化に大きく寄与するだろう。

こうした付加価値の高いサービスを訪日客向けに充実させることは、結果として日本人の消費拡大にもつながり、国内市場の活性化にも貢献する。インバウンドと国内消費の相乗効果を促進しながら、観光・サービス産業全体が持続可能な成長を実現していくことが求められる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月28日「基礎研レポート」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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