2025年05月09日

減速に拍車がかかる米労働市場-足元は堅調維持もトランプ政権の高関税政策が継続する場合に大幅な減速は不可避

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

文字サイズ

1.はじめに

25年4月の雇用統計では雇用者数の堅調な伸びを維持したほか、失業率も低位安定していた。このため、トランプ政権による場当たり的な関税政策に伴う労働市場の影響は4月までは限定的であることを確認した。

もっとも、米労働市場の減速傾向が続く中、不透明な関税政策を背景に企業景況感の雇用指数が足元で悪化しているほか、企業の採用計画は下方修正する動きがみられており、労働需要の低下に拍車がかかる可能性が高まっている。

本稿では労働市場の主要な指標を確認した後、今後の見通しについて論じた。関税政策や移民政策は流動的で現時点で今後を見通すのは難しい。しかしながら、現在の不透明な高関税政策が継続する場合には、労働市場の大幅な減速は不可避だろう。

2.米労働市場は減速継続も足元で堅調を維持

2.米労働市場は減速継続も足元で堅調を維持

(雇用統計)4月の雇用統計は関税政策の影響が限定的であることを確認
非農業部門雇用者数(前月比)は25年4月が+17.7万人(前月:+18.5万人)と前月から小幅に伸びが鈍化したものの、市場予想の+13.8万人を大幅に上回った。また、過去3ヵ月の月間平均増加ペースが+15.5万人と、過去12ヵ月の月間平均増加ペースを僅かに下回るペースで堅調な雇用増加が続いていることを確認した(前掲図表1)。

失業率は4月が4.2%(前月:4.2%)となり、24年5月以降は4.0%~4.2%の狭いレンジでの推移が続いている。4月から「相互関税」、輸入自動車関税等が賦課されており、トランプ政権による場当たり的な関税政策に伴う労働市場への影響が懸念されていたが、雇用統計の結果は4月までは影響が限定的であることを確認した。
(人員削減・失業保険)人員削減は連邦政府職員中心、失業者数の大幅増加の兆候はみられない
民間雇用調査会社のチャレンジャー・グレイ&クリスマスがまとめた米企業の人員削減計画は25年1月の5.0万人から2月に17.2万人に増加した後、3月が27.5万人とコロナ禍で急増した20年5月以来の水準となった(図表2)。2月と3月の急増は主に政府関連で増加したことが大きい。実際に、政府関連の人員削減計画は1月の290人弱の水準から2月に6.2万人、3月が21.7万人に急増し、3月の人員削減数のうち政府関連が8割弱を占める状況となっていた。これはトランプ政権による連邦政府職員の大幅削減の動きを反映しているとみられる。

ただし、4月は政府関連が2,800人弱に急減したこともあって、人員削減数は10.5万人と前月比▲62%の減少に転じた。このため、人員削減数の増加は政府関連が中心でその他の民間部門で急激な増加はみられない。

一方、失業保険申請件数(季節調整済)は5月3日終了週が22.8万件とハリケーンの影響で急増した24年10月の26.0万件を下回っているほか、25年以降は概ね20万件台前半で推移しており、足元で大幅な増加はみられない(図表3)。また、継続受給者数は187.9万件と22年6月の133.9万件を底に上昇基調が持続しているものの、緩やかな増加に留まっている。このため、足元で失業者数が大幅に増加している兆候はみられない。
(図表2)企業人員削減数/(図表3)失業保険新規申請件数および継続受給者数
(求人数・中小企業欠員補充)求人数の低下基調が持続、中小企業の人手不足は継続
求人数は25年3月が719万人(前月:748万人)と22年3月の1,213万人をピークに低下基調が持続しており、コロナ禍前の水準に減少した(図表4)。また、求人数と失業者数の比較では25年3月が失業者1人に対して求人が1.0件と、こちらも既にコロナ禍前の1.2件を下回るなど、労働需要が低下していることを示している。

一方、全米独立業協会の中小企業向け調査で「欠員補充が困難」と回答した割合は25年3月が40%とコロナ禍の22年5月につけた51%のピークからは顕著に低下し、コロナ禍前の水準に戻った(図表5)。もっとも、2010年の10%台に比べて依然として高水準であり、中小企業の人手不足は一頃よりは改善しているものの、続いていると言えよう。
(図表4)求人数および求人数/失業者数/(図表5)中小企業で欠員補充が困難との回答割合
(企業景況感・採用計画)企業景況感の雇用指数は悪化、採用計画も下方修正の動き
ISM景況指数はトランプ政権による関税政策の不透明感を嫌気し25年4月の製造業が48.7と2ヵ月連続で好不況の境とされる50を下回ったほか、非製造業も25年3月が50.8と50に近い水準まで低下、4月は幾分持ち直したものの、51.6と小幅な回復に留まっている(図表6)。

また、景況指数のうち雇用指数は、4月が製造業で46.5、非製造業が49.0といずれも50を下回った。製造業では製造業雇用の増加を目指すトランプ政権が発足した期待感から25年1月に50.3と一時的に50を上回ったものの、2月から3ヵ月連続で再び50を下回って推移している。非製造業も3月以降急落して2ヵ月連続で50を下回っており、雇用指数の悪化が顕著になっている。

一方、大企業の採用計画はトランプ政権発足に伴う税制改革や規制緩和などに対する期待を背景に24年10-12月期には67.3(前期:54.8)と前期から大幅な上方修正となり、22年7-9月期以来の水準に改善していた(図表7)。しかしながら、関税政策の不透明感などから25年1-3月期は54と前期から▲13.3ポイントの急落となるなど下方修正の動きが強まっている。

また、中小企業の採用計画も25年3月が12と、24年12月の19から3ヵ月連続で低下して24年4月以来の水準となった。中小企業では人手不足の状況は続いているものの、関税政策の伴う先行きの不透明感から採用に慎重になっている姿勢が窺える。

このため、労働需要は低下基調が持続していたが、トランプ政権による関税政策に伴って低下に拍車がかかる可能性が高い。
(図表6)ISM製造業・非製造業/(図表7)大企業、中小企業の採用計画
(労働参加率・移民流入)プライムエイジ労働参加率は02年以来の水準も移民減少から低下へ
労働供給を示す労働参加率は25年4月が62.6%とコロナ禍前の63.3%を下回る状況が続いている(図表8)。これは主に高齢化の進展などもあって55歳以上の回復が遅れているためだ。一方、働き盛りのプライムエイジ(25-54歳)では83.6%と24年7月の83.9%からは小幅低下したものの、コロナ禍前の水準(83.0%)を上回り02年5月以来の水準を維持している。プライムエイジの回復は不法移民の流入も含めた外国生まれの労働力人口の増加が指摘されている。

実際に不法移民に寛容とみられたバイデン政権が発足した20年以降にメキシコ国境からの不法越境者数が増加するのに連れて、外国生まれの労働力人口は20年4月の2,630万人から25年3月には3,370万人まで増加したことが分かる(図表9)。
(図表8)労働参加率(年代別)/(図表9)不法越境者および米労働力人口(外国生まれ)
もっとも、不法移民の急増に伴い治安悪化懸念などでバイデン政権に対する批判が強まったことを受けて、同政権下で不法移民対策が厳格化されたほか、25年1月に発足したトランプ政権が厳格な不法移民対策を実施した結果、南部国境からの不法越境者数は23年12月の25.0万人のピークから25年3月には0.7万人まで急減した(前掲図表9)。また、トランプ政権は積極的に強制送還を行う方針を示していることから、外国生まれの労働力人口は減少に転じる可能性が高く、プライムエイジの労働参加率は今後低下しよう。労働需要の低下に弾みがかかるとみられる中、移民政策に伴う労働供給の低下がどのようなペースになるのか、今後の労働需給をみる上で注目される。
(賃金)賃金上昇圧力の緩和が継続
雇用統計における時間当たり賃金は25年4月が前年同月比+3.8%と24年11月の+4.2%から5ヵ月連続で低下した(図表10)。また、賃金・給与に加え給付金も含めた雇用コスト指数は25年1-3月期が前年同期比+3.6%(前期:+3.8%)と、こちらも22年10-12月期の+5.1%をピークに低下基調が持続しいる。生産性を加味した場合のFRBの物価目標(2%)と整合的な賃金上昇率は+3%~+3.5%とみられており、賃金上昇率は概ね物価目標と整合的な水準近くまで低下したと言えよう。

さらに、アトランタ連銀の賃金追跡指数で過去3ヵ月以内に転職した人(転職者)の賃金上昇率は25年3月が前年同月比+4.2%となったのに対して、転職していない人(非転職者)が+4.4%を転職者の伸びが2ヵ月連続で非転職者の伸びを下回った(図表11)。このため、転職市場もこれまでの売り手市場から買い手市場に転換した可能性を示唆しており、今後も労働需要の低下に伴う労働需給の緩和から賃金上昇圧力の緩和継続が見込まれる。ただし、移民政策によって労働供給が大幅に低下する場合には、移民労働シェアの高い一部業種を中心に労働需給の逼迫から賃金上昇圧力が高まる可能性は燻る。
(図表10)賃金上昇率および失業率/(図表11)転職者および非転職者の賃金伸び率

3.今後の見通し

3.今後の見通し

労働市場は減速傾向が続いているものの、4月の雇用統計にみられるように関税政策による影響は限定的で、足元は依然として堅調を維持している。ただし、不透明な関税政策を背景に企業景況感の雇用指数悪化や企業の採用計画の下方修正がみられており、労働需要の低下に拍車がかかる可能性が高まっている。今後もトランプ政権による不透明な高関税政策が継続する場合には、労働市場の大幅な減速は不可避だろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【減速に拍車がかかる米労働市場-足元は堅調維持もトランプ政権の高関税政策が継続する場合に大幅な減速は不可避】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

減速に拍車がかかる米労働市場-足元は堅調維持もトランプ政権の高関税政策が継続する場合に大幅な減速は不可避のレポート Topへ