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- ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは?
2025年05月02日
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6――名誉毀損に関連する諸問題
1|批判の対象となる者
名誉毀損が成立するためには、毀損された対象が誰かを特定する必要がある(同定可能性という)。誰かを名指ししなくとも他の事情から誰を指しているか推知される場合にはその者に対する名誉毀損が問題となりうる13。また、ネットネームなどの通称でも名誉毀損による不法行為が成立するとした下級審の裁判例がある(東京地裁平15年6月25日)。
なお、「『女性は~』とか『男性は~』」といった表現、あるいは「●●県民は~」といった対象が漠然としている表現の場合は名誉毀損が成立しない14。法人については名誉毀損が成立することは上述の通りである。
なお、私生活上の事実であっても政治家などの公人や著名人などについては公共性・公益性が認められる可能性があるが、元芸能人と芸能人の交際関係に関する報道について公共の利害に関する事実ではないとする下級審裁判例がある(東京地裁平21年8月29日)。したがって、公人たる政治家の資質そのものが問題となるような事実はともかく、それ以外の場合には公人の私生活の暴露についても名誉毀損は成立することとなる15。
13 プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関連ガイドライン」https://www.isplaw.jp/vc-files/isplaw/provider_mguideline_20220624.pdf p29参照。
14 同上
15 ただし、公人サイドが訴訟で争うことで風評被害が拡大すると考え、実際には訴訟に訴えないことも多いであろう。だからといって名誉毀損に該当する投稿をしてもよいということでない。
名誉毀損が成立するためには、毀損された対象が誰かを特定する必要がある(同定可能性という)。誰かを名指ししなくとも他の事情から誰を指しているか推知される場合にはその者に対する名誉毀損が問題となりうる13。また、ネットネームなどの通称でも名誉毀損による不法行為が成立するとした下級審の裁判例がある(東京地裁平15年6月25日)。
なお、「『女性は~』とか『男性は~』」といった表現、あるいは「●●県民は~」といった対象が漠然としている表現の場合は名誉毀損が成立しない14。法人については名誉毀損が成立することは上述の通りである。
なお、私生活上の事実であっても政治家などの公人や著名人などについては公共性・公益性が認められる可能性があるが、元芸能人と芸能人の交際関係に関する報道について公共の利害に関する事実ではないとする下級審裁判例がある(東京地裁平21年8月29日)。したがって、公人たる政治家の資質そのものが問題となるような事実はともかく、それ以外の場合には公人の私生活の暴露についても名誉毀損は成立することとなる15。
13 プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関連ガイドライン」https://www.isplaw.jp/vc-files/isplaw/provider_mguideline_20220624.pdf p29参照。
14 同上
15 ただし、公人サイドが訴訟で争うことで風評被害が拡大すると考え、実際には訴訟に訴えないことも多いであろう。だからといって名誉毀損に該当する投稿をしてもよいということでない。
2|論争がある場合
SNSでは双方が言い合いになる場合がある。この場合に被害者の反論が十分な効果を挙げているとみられるときは社会的評価の低下の危険性がなく、名誉毀損は成立しないと考えられている。これを対抗原理の法理という16。ただし、「自己の意思を強調し、反対意見を論駁(ろんぱく)するについて、必要でもなく、相応しい表現でもない品性に欠ける言葉を用いて…罵る内容」のものにあっては被害者の反論が十分な効果を挙げているとみとめられるとしても、名誉毀損や侮辱が認められた下級審判決がある(東京高裁平13年9月5日)。
また、いわゆる炎上案件、SNSやオンライン掲示板に多数の同趣旨の書き込みがなされた場合、「本件各記事と同趣旨の投稿が多数あることからすれば、それぞれに反論することは不可能ないし著しく困難というべきである」(東京地裁平24年11月22日)として対抗原理の法理の適用を否定している。したがって、炎上に加担することは、特に事実が真偽不確定な場合、名誉毀損のリスクを冒していることに他ならない。法的にはもちろん、道義的にも行うべきことではない。
16 前掲注13 p33参照。
SNSでは双方が言い合いになる場合がある。この場合に被害者の反論が十分な効果を挙げているとみられるときは社会的評価の低下の危険性がなく、名誉毀損は成立しないと考えられている。これを対抗原理の法理という16。ただし、「自己の意思を強調し、反対意見を論駁(ろんぱく)するについて、必要でもなく、相応しい表現でもない品性に欠ける言葉を用いて…罵る内容」のものにあっては被害者の反論が十分な効果を挙げているとみとめられるとしても、名誉毀損や侮辱が認められた下級審判決がある(東京高裁平13年9月5日)。
また、いわゆる炎上案件、SNSやオンライン掲示板に多数の同趣旨の書き込みがなされた場合、「本件各記事と同趣旨の投稿が多数あることからすれば、それぞれに反論することは不可能ないし著しく困難というべきである」(東京地裁平24年11月22日)として対抗原理の法理の適用を否定している。したがって、炎上に加担することは、特に事実が真偽不確定な場合、名誉毀損のリスクを冒していることに他ならない。法的にはもちろん、道義的にも行うべきことではない。
16 前掲注13 p33参照。
3|事実を適示しない場合
SNSで言い合いが続き、もはや最初に適示した事実とかかわりなく相手を罵倒する場合や、上述のような炎上に便乗して、他のSNSユーザーが攻撃的言辞を投稿するケースもある。この場合は事実を適示していないが、刑法の侮辱罪と同様、「公然と人を侮辱する」ことだけによっても不法行為は成立する。事実の真偽や公共性・公益性を論じる余地がないため、他者への批判・非難が社会的相当性を欠くことで責任が生ずることとなる。
ところで、「人を侮辱する」言動について個人間で行われることがある。この場合、たとえば専ら相手方に不快感を与えることが目的の場合は、外部的な名誉(社会的評価)の低下としてではなく(あるいは外部的な名誉の低下とあわせて)、名誉感情の侵害として不法行為が認められる17。また、少数の友人間で言い合いになったような場合において、当初適示した事実とは関係なく発せられた侮蔑的な表現も、この名誉感情の侵害に該当するかどうかが問題となる18。
17 石橋秀起「名誉毀損と名誉感情の侵害」(立命館法学2015年5・6号)p49参照。
18 同上
SNSで言い合いが続き、もはや最初に適示した事実とかかわりなく相手を罵倒する場合や、上述のような炎上に便乗して、他のSNSユーザーが攻撃的言辞を投稿するケースもある。この場合は事実を適示していないが、刑法の侮辱罪と同様、「公然と人を侮辱する」ことだけによっても不法行為は成立する。事実の真偽や公共性・公益性を論じる余地がないため、他者への批判・非難が社会的相当性を欠くことで責任が生ずることとなる。
ところで、「人を侮辱する」言動について個人間で行われることがある。この場合、たとえば専ら相手方に不快感を与えることが目的の場合は、外部的な名誉(社会的評価)の低下としてではなく(あるいは外部的な名誉の低下とあわせて)、名誉感情の侵害として不法行為が認められる17。また、少数の友人間で言い合いになったような場合において、当初適示した事実とは関係なく発せられた侮蔑的な表現も、この名誉感情の侵害に該当するかどうかが問題となる18。
17 石橋秀起「名誉毀損と名誉感情の侵害」(立命館法学2015年5・6号)p49参照。
18 同上
7――誹謗中傷投稿への対処
自身がSNSでいわれのない誹謗中傷を受けた場合にはどのような手段があるだろうか。主には、(1)規約に基づくプラットフォーム提供者(以下、提供者)に対する削除申請申し立て、(2) 特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(情報通信プラットフォーム対処法、2025年4月1日に施行済)による送信防止措置の申立、(3) 情報通信プラットフォーム対処法に基づくIPおよびAP開示を通じた損害賠償請求権の行為、(4)刑事事件として警察への被害届の提出(あるいは告訴)がある。
(1)SNSを運用するプラットフォーム提供者はユーザー向けの規約を有している。そのなかで人を不当に攻撃する類の投稿は削除するという旨の規約はほぼすべての提供者が取り入れている。ただし、上記で述べてきた通り、誹謗中傷(名誉毀損)に該当するかどうかの判断基準として、真実相当性がある。個人間のトラブルなどでは提供者は事実を確認しようがない場合があり、一定の限界がある。
(2)2025年4月から施行された情報通信プラットフォーム対処法(以下、本項で「法」という))では、大規模プラットフォーム事業者は、被侵害者から侵害情報の送信防止措置を講ずるための申出方法を定め公表を行うこととされている(法22条1項)。そして送信防止停止措置の申出を受けた場合には、大規模プラットフォーム事業者が選任した専門調査員が遅滞なく調査を行う(法23条・24条)。そして申出日より、14日以内に送信防止措置を行うかどうかの決定を申出者に通知し、送信防止措置を行わない場合はその理由も通知しなければならない(法25条1項)とするものである。上記(1)を精緻化して、制度化したものと言えよう。
(3)上記(1)(2)の効果は投稿を削除するにとどまる。毀損された名誉について民事上の責任を問うためには、投稿者の住所・氏名などの情報が必要である。投稿を発信するのはコンテンツプロバイダ(SNS事業者)であるが、投稿者の個人情報を保有していない。これを保有するのはアクセスプロバイダ(NTTのフレッツ光など)であるので、両者に対して発信者情報開示命令申立てを行う (情報通信プラットフォーム対処法(以下、本項において「法」という)5条1項・2項)。申し立てに基づいて、裁判所はコンテンツプロバイダとアクセスプロバイダの保有する個人を特定できる情報の開示命令を出すことができる(法8条)19。
(4)は刑事事件とする場合である。被害届を出すか、告訴状を出すことになろう。誹謗中傷した加害者が不明でもこれらを出すことは可能である。なお、捜査の円滑化のために上記(3)の手続を経て、特定しておくことが有用であろう。
19 詳細は、基礎研レター「ネット上の権利侵害者開示請求制度の簡易化・迅速化」https://www.nli-research.co.jp/files/topics/68422_ext_18_0.pdf?site=nli 参照。
(1)SNSを運用するプラットフォーム提供者はユーザー向けの規約を有している。そのなかで人を不当に攻撃する類の投稿は削除するという旨の規約はほぼすべての提供者が取り入れている。ただし、上記で述べてきた通り、誹謗中傷(名誉毀損)に該当するかどうかの判断基準として、真実相当性がある。個人間のトラブルなどでは提供者は事実を確認しようがない場合があり、一定の限界がある。
(2)2025年4月から施行された情報通信プラットフォーム対処法(以下、本項で「法」という))では、大規模プラットフォーム事業者は、被侵害者から侵害情報の送信防止措置を講ずるための申出方法を定め公表を行うこととされている(法22条1項)。そして送信防止停止措置の申出を受けた場合には、大規模プラットフォーム事業者が選任した専門調査員が遅滞なく調査を行う(法23条・24条)。そして申出日より、14日以内に送信防止措置を行うかどうかの決定を申出者に通知し、送信防止措置を行わない場合はその理由も通知しなければならない(法25条1項)とするものである。上記(1)を精緻化して、制度化したものと言えよう。
(3)上記(1)(2)の効果は投稿を削除するにとどまる。毀損された名誉について民事上の責任を問うためには、投稿者の住所・氏名などの情報が必要である。投稿を発信するのはコンテンツプロバイダ(SNS事業者)であるが、投稿者の個人情報を保有していない。これを保有するのはアクセスプロバイダ(NTTのフレッツ光など)であるので、両者に対して発信者情報開示命令申立てを行う (情報通信プラットフォーム対処法(以下、本項において「法」という)5条1項・2項)。申し立てに基づいて、裁判所はコンテンツプロバイダとアクセスプロバイダの保有する個人を特定できる情報の開示命令を出すことができる(法8条)19。
(4)は刑事事件とする場合である。被害届を出すか、告訴状を出すことになろう。誹謗中傷した加害者が不明でもこれらを出すことは可能である。なお、捜査の円滑化のために上記(3)の手続を経て、特定しておくことが有用であろう。
19 詳細は、基礎研レター「ネット上の権利侵害者開示請求制度の簡易化・迅速化」https://www.nli-research.co.jp/files/topics/68422_ext_18_0.pdf?site=nli 参照。
8――おわりに
YouTubeやXを見ていると、その時々に話題となる人物に対する批判が多数投稿されている。筆者個人の感覚では、論評の域を越えたり、勝手な推測を述べたりしたり、法的に大丈夫なのかと疑問に思える投稿も多々ある。
SNSがないころの事例ではあるが、松本サリン事件においては、事件にまったく関係のない人物がサリンを製造したと決めつけた過剰報道がされ、深刻な人権侵害が生じたことがあった。現在でいう炎上状態になったことで、個人である報道被害者にはなすすべがなかったと思われる。今でも、炎上に訴訟で立ち向かうより、一刻も早く鎮静化させるために法的措置を取らず、ただ静観せざるを得ない誹謗中傷の被害者は少なからず存在するように思われる。
また、誹謗中傷とは別の話にはなるが、不適切な投稿というものがある。たとえば災害や事故など死亡者や被害者がいる事案を冗談のネタにするようなものである。このような投稿や遺族や被害者の心情を全く配慮せず、発せられるものである。居酒屋で話題にするなら不快なだけであるが、不謹慎なものを公のプラットフォームに投稿する神経はどうにも理解しにくい。ネット社会における健全な言論環境の構築が期待される。
SNSがないころの事例ではあるが、松本サリン事件においては、事件にまったく関係のない人物がサリンを製造したと決めつけた過剰報道がされ、深刻な人権侵害が生じたことがあった。現在でいう炎上状態になったことで、個人である報道被害者にはなすすべがなかったと思われる。今でも、炎上に訴訟で立ち向かうより、一刻も早く鎮静化させるために法的措置を取らず、ただ静観せざるを得ない誹謗中傷の被害者は少なからず存在するように思われる。
また、誹謗中傷とは別の話にはなるが、不適切な投稿というものがある。たとえば災害や事故など死亡者や被害者がいる事案を冗談のネタにするようなものである。このような投稿や遺族や被害者の心情を全く配慮せず、発せられるものである。居酒屋で話題にするなら不快なだけであるが、不謹慎なものを公のプラットフォームに投稿する神経はどうにも理解しにくい。ネット社会における健全な言論環境の構築が期待される。
(2025年05月02日「基礎研レポート」)
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経歴
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
2025年4月 取締役保険研究部研究理事
2025年7月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
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出版社:保険毎日新聞社
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