コラム
2025年04月14日

「トキ消費」の広がりとこれから-体験が進化、共有が自然な消費スタイル、10年後は?

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――「トキ消費」は「モノ消費」「コト消費」に続いて登場

新しい消費スタイルが生まれるたびに「○○消費」という言われ方をされますが、昔から消費の大きな潮流として、所有にお金を使う「モノ消費」、体験にお金を使う「コト消費」があります。そして、これらに続く形で、2017年に博報堂生活総合研究所が「トキ消費」という新たな概念を提唱しました。

このほかにも、「エシカル消費」「イミ消費」「シェア消費」「ファスト消費」「ソロ(おひとりさま)消費」など、「○○消費」と名のつくスタイルは数多くあります。一方で、「モノ消費」と「コト消費」は、消費者がそれぞれに費やす支出額のバランスこそ変化しても、今後も消費行動の基盤としてあり続けるでしょう。また、「コト消費」は「モノ消費」からの価値観のシフトと捉えられ、「トキ消費」はその「コト消費」をさらに発展・深化させたものであるため、他の「○○消費」とは一線を画す存在であると言えます。

新年度が始まり、多くの人が新たな体験に向かう今、あらためてこの「トキ消費」について考えていきたいと思います。

2――「トキ消費」を求める理由、SNSであらゆる体験に既視感

「トキ消費」とは、博報堂「キーワード解説」によると、「同じ志向を持つ人々と一緒に、その時、その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ消費」ということです。

具体的な例としては、音楽フェスやライブ、聖地巡礼、アイドル総選挙、ワールドカップ観戦、コラボカフェ、ファンミーティング、応援上映、さらにはハロウィンイベントへの参加などが挙げられます。このほか、少し時間軸を広げて捉えるなら、クラウドファンディングのように「今この瞬間だからこそ支援する」といった行動も含まれるのかもしれません。

「トキ消費」にはいくつかの特徴がありますが、中でも重要なのは「今ここでしか体験できない」「同じ体験は二度と味わえない」という非再現性です1。つまり、体験の限定性に意味を見出すという点で、これは「コト消費」にプレミアム感やライブ性が加わった進化系とも捉えられるでしょう。

このように体験を重視する志向は、バブル期に見られたモノ中心の消費とは大きく異なります。その背景には、特に若い世代を中心に、モノのスペックよりも心に残る体験や他者と共有できる体験に価値を見出すようになったことが挙げられます。

さらに、スマートフォンやSNSの普及によって、個人の体験が可視化され、いつでも誰かの体験を目にする時代となりました。こうした状況では、あらゆる体験がすぐに共有され、ありふれた体験として既視感を生みやすくなります。その結果、「自分だけの」「今しかできない」体験への欲求が高まり、再現性が低く、限定性の高い体験を求める「トキ消費」への関心が一層強まっているのではないでしょうか。
 
1 参考:「モノ、コトに続く潮流、「トキ消費」はどうなっていくのか/夏山明美(連載:アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点 Vol.13)」(2020/10/22)など。

3――なぜ消費に一体感を求めるようになったのか?

また、「トキ消費」の特徴として、「非再現性」に加え、不特定多数の人たちと感動を分かち合う「参加性」、そして、盛り上がりに貢献しているという実感を味わう「貢献性」も挙げられます。この「参加性」や「貢献性」は、ファンミーティングを例に挙げると分かりやすいでしょう。共通の趣味を持つ他の人々との交流をし、共に感動や楽しさを共有することで参加性が満たされ、また、コミュニティやその場を盛り上げることで貢献性が実感できるのです。

なぜ、このように消費に一体感が求められるようなったのでしょうか。

それは、先に指摘したように、SNSの普及が大きな影響を与えていると言えます。特に若者は、何をしている最中でも、常に他者と情報や体験を共有しており、このような状況では、個人の消費行動が他者と共有されることが日常的で一般的となっています。その結果、一体感が自然なものと認識され、「一体感はあって当然のもの、ない方が不自然だ」と考えられるようになったのではないでしょうか。

また、「トキ消費」が進化する中で、情報や体験だけでなく、感想や感動も共有できると認識され、「コト消費」のように個人的な体験として得られる満足感よりも「他者と体験だけでなく、感動も共有できる」満足感が勝ると認識されたことでも、より一体感が求められるようになったと考えられます。その方法論が今「トキ消費」として確立されているということでしょう。

4――SNS疲れで「ソロ(おひとりさま)消費」も

一方で、他者との一体感を求める「トキ消費」の存在感が増す中で、現在では「ソロ活」という消費スタイルも一般的なものとなっています。この現象については、どう考えれば良いのでしょうか。

「ソロ活」はもともと「おひとりさま消費」として、消費志向の変化というよりも単身世帯の増加を背景に広まりました。国勢調査によると、2020年で単身世帯は2,115万世帯、総世帯の38.0%を占めています。単身世帯では、一人で行動する機会が必然的に増えることが多いでしょうが、一人旅やソロキャンプ、一人カラオケなど、積極的に一人の時間を楽しむ行動も支持されています。その理由は、SNSの普及による「SNS疲れ」が逆効果となって現れたことも影響していると考えられます。一人で静かな時間を過ごしたり、自分のペースでリラックスできる「ソロ活」がSNSから逃れるための避難場所として機能している側面もあるのでしょう。

5――10年後の「トキ消費」、VR・ARとの融合とグローバル化

さて、最後に、「トキ消費」の10年後について考えてみたいと思います。その頃には、さらに新しい消費スタイルが登場し、「〇〇消費」といったキーワードも増えているでしょうが、「トキ消費」に加わるであろう要素が2つほど挙げられます。

1つ目は仮想現実(VR)や拡張現実(AR)との融合です。現在、これらの技術を取り入れた「トキ消費」が全く存在しないわけではありませんが、現時点では「トキ消費」に該当するイベントは基本的にリアルの場で行われることが多いでしょう。今後、さらに技術が発展することで、VRやARを活用したイベントが普及し、仮想空間での共有体験が一般化する可能性があります。

2つ目はグローバル化です。VRなどの仮想空間でのイベントが一般化すると、物理的な空間を超えた集まりが日常的になるため、共通の趣味や関心ごとを持つ世界中の人々が同じイベントに参加しやすくなります。同時通訳技術などがさらに高度化することで、地理的な障壁に加えて、言語の壁も低くなり、異文化交流や国際的なコラボレーションが一層促進されると予測されます。

6――これからの消費トレンドを牽引するのは?

技術進化が消費スタイルに大きな影響を与える中で、今後も消費のトレンドを生み出すのは若者だと考えるべきでしょうか。いえ、必ずしもそうとは言えないでしょう。

これまで日本では、消費のトレンドは主に若者が牽引してきましたが、今後は一層、高齢化が進む中で、高齢者の存在感が消費市場で増していきます。10年後、バブル世代など、消費意欲や好奇心が旺盛な世代が高齢者となる中で、高齢者発の新しい消費スタイルも登場することが予想されます。そうなれば、これまで所有を謳歌してきた世代が、今までとは異なる形で所有に価値を見出す、新しい「モノ消費」の形が生まれるかもしれません。

例えば、Z世代の特徴とされる消費スタイルの一つには、お金を使うかどうかを社会貢献性で判断する「イミ消費」があります。社会貢献意識が相対的に薄く育った世代においては、Z世代のように社会貢献意識を行動原理にする姿勢を眩しく感じることがあるかもしれません。その影響を受けて、シニアが社会貢献を念頭にお金を使う「シニア・イミ消費」も登場する可能性があります。もし、所得が比較的高いシニア世代が社会貢献を意識してお金を使うようになれば、その社会的インパクトは非常に大きなものとなるでしょう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月14日「研究員の眼」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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