2025年03月21日

宇宙天気現象に関するリスク-太陽フレアなどのピークに入っている今日この頃

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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2|最悪シナリオ
現在、太陽活動のピークの期間に入っているとなると、こうした宇宙天気により、われわれの生活や各種公共サービスにも支障がでるリスクがある。その中でも最悪のケースを想定して、対策を立てる必要がある。

そういった観点から、報告書には、極端な宇宙天気現象がもたらす最悪のシナリオとして、以下のようなものが挙げられている(報告書 p.37~39)。ここで言う「極端な」とは、100年に1度またはそれ以下の頻度で発生するもの(エクストリーム・イベント)と評価されるものであるが、被害に関する定性的定量的な想定方法は確立されていないため、引き続き検討していく必要があるとされているものである。
 
〇通信・放送・レーダーへの被害がもたらすもの
・短波帯の通信は、発生直後から全国的に使用不可となる状況が2週間断続的に続く。短波帯の電波を用いる船舶無線、航空無線、アマチュア無線の利用に多大な支障が生じる。

・短波帯の放送は、電離圏伝搬を伴う地域においては、2週間にわたり断続的に使用不可となる。

・VHF帯・UHF帯の周波数を使用する無線システムは、発生直後から太陽フレアの大規模爆発による電波雑音(太陽電波バースト)の影響を受け、昼間の時間帯に断続的に使用できなくなる期間が全国的に2週間続く。このため、防災行政無線、消防無線、警察無線、タクシー無線、列車無線等の通信システムに多大な支障を生じ、これらを用いる都道府県・市町村・公共機関等の公共サービスの維持が困難になる。

・携帯電話システム(UHF帯)には、太陽電波バーストの影響を受け、昼間の時間帯に最大で数時間 
程度のサービス停止が全国の一部エリアで2週間断続的に発生する。その結果、回線のふくそうや通信の途絶が発生し、緊急通報(110番、119番、118番)を含む全ての通信がつながりにくい事態が各地で発生する。またスマートフォンからの携帯電話事業者経由のネット接続も困難になる。

・衛星携帯電話の一部には、断続的に回線を使用できなくなる期間が全国的に2週間続く。このため、航空機、船舶、電力・ガス・石油などのライフライン企業、重要拠点のバックアップ、遠隔地の監視・制御、自治体の防災用途等、衛星携帯電話を利用する分野は活動に著しい制約を受ける。

・船舶無線については、短波通信と衛星携帯電話の両方が使用困難となり、洋上で孤立する船舶が発生し、遭難事故時の救助要請が困難になる。

・一部のレーダーについて、太陽電波バーストにより昼間の観測能力の低下が2週間にわたり断続的に発生する。気象観測用レーダー、航空管制用レーダー、防衛用監視レーダー、船舶用レーダー、沿岸監視用レーダー等の社会生活を支える公共用システムに多大な支障が生じる。その結果、航空機や船舶の運航見合わせが発生し、安全保障分野にも影響が生じる。
 
〇衛星測位への被害がもたらすもの
・衛星測位システム(GPS衛星、準天頂衛星みちびき等)は、測位精度の大幅な劣化や測位の途絶が全国的に2週間にわたり断続的に発生する。

・このため、カ-ナビゲーションや自動運転、ドローンの位置精度が大幅に低下し、衛星測位に係る冗長系や安全対策を持たないシステムを運用した場合、最大で数十メートルの誤差(ずれ)が生じ、衝突事故が発生する。また、安全確保のための運行見合わせが2週間にわたり断続的に発生する。

・衛星測位を利用する農業機械、建設機械、車両(物流、旅客、バスロケーション、配車管理)、ロボット、貨物追跡システム、鉄道、船舶では、測位精度の大幅劣化や測位の途絶に伴い、運行抑制が2週間にわたり断続的に発生し、農作業や建設作業の遅れ、交通・物流の停滞が大規模に発生する。

・スマートフォンの位置情報の精度が劣化するため、緊急通報(110番、119番等)を発信した際、緊急通報位置の制度が劣化し、緊急時の駆けつけが遅れる。フードデリバリーの配達業務において、利用者個人や利用宅への荷物のピンポイント配送が困難になる。
 
〇衛星運用への被害がもたらすもの
・多くの衛星に何らかの障害、不具合、故障が発生し、そのうち相当数の衛星はシステム機能の一部または全部を喪失する。

・全ての衛星について慎重な運用を強いられ、気象衛星の利用制限により、天気予報の制度が劣化する。通信衛星の利用制限により、衛星通信の利用が困難になる。放送衛星の利用制限により、衛星放送の視聴が困難になる。測位衛星の利用制限により、衛星測位の利用が困難になる。観測衛星の利用制限により、リモートセッシング(農業、植生、都市計画、資源探査、海洋監視、防災、防衛等)の利用が困難になる。

・太陽電池の劣化が急激に進行し、衛星の寿命が大幅に短くなる。
 
〇航空運用への被害がもたらすもの
・衛星測位精度の劣化により通常レベルの運航頻度を維持することができなくなるため、世界的に運航見合わせや減便が2週間にわたり多発する。

・高緯度領域での飛行に伴う搭乗員の人体被ばくを避けるため、迂回航路を選択することに伴い飛行時間が長くなり、消費燃料も増加する。

・航空管制レーダーが太陽電波バーストの影響を受けて使用困難となり、観測能力の低下が各地域で2週間にわたり断続的に発生する。これに伴い、数時間単位での出発便の空港待機、到着便の上空待機が2週間にわたり断続的に発生し、運行スケジュールや計画が大幅に乱れる。混乱や事故リスクを避けるため、航空機の運休が2週間にわたり発生する。
 
〇電力分野への被害がもたらすもの
・電力系統においては、磁気圏じょう乱により地磁気誘導電流(GIC)が発生し、設備上・運用上の対策を措置していない電力インフラにおいては、保護装置の誤作動が発生し、広域停電が発生する。

・誤作動が起きなかった場合も、一部の変圧器の加熱による損傷が発生し、電力供給に影響が出る。

・電力供給の途絶や逼迫に伴い社会経済や全産業が広範囲に影響を受ける。
 

4――各段階における危機管理

4――各段階における危機管理

1|対応方向
前項で最悪シリオとされている事項を紹介したが、これらに対して具体的にどのような方策を取りうるのかという点に関しては、今のところ決定版と言えるものはなく、今後の研究、検討を待っている段階である。

基本的には国、関係企業・関係団体、学界等がこうしたリスクを理解し、効果的な対策を講じることに「着手すべき」という段階である。国家としてあるいは国際協力によって長い時間軸の中での取り組みを産官学の連携体制を整えるところから始まるようだ。

最悪シナリオにあるような被害・支障が発生するとなると、宇宙天気現象のリスクは、先例となる地震・津波、水害・土砂災害、火山噴火等の大規模自然災害と並ぶようなリスクであり、それらと同様の国家的、制度的な対策を講じる必要がある。

わが国の場合、例えば各種災害対策の根幹となる災害対策基本法では、対象とする災害を「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象」と定義しているが、それに宇宙天気現象による災害を組み込むことも視野にいれた検討が必要とされている。
2|社会インフラに関して実施されるべき共通の対策
対応の方向として、他の自然災害と同様に、宇宙天気現象のハザードそのものをなくすことは困難であるので、社会インフラの脆弱性をできる限り小さくすることで、リスクを低減させる必要がある。 
 
具体的には以下のような項目が挙げられている。(報告書 p.44~45)
 
専門組織の設置、専門人材の配置、宇宙天気現象に対する社内の理解増進
被害発生の事前想定、インフラの脆弱性評価、リスク評価
評価を踏まえた事前対策の実施、耐性の強化、代替手段の確保
被害発生時の対応マニュアル、所管省庁への被害報告手順、復旧・回復計画等の整備、自社の事業継続計画(BCP)への反映
定期的な訓練・演習の実施、訓練後の振り返り
宇宙天気予報等の専門サービスの活用
リスクファイナンス(損害保険等)の活用
分野(業界)毎の標準ガイドラインの策定、演習方法やそのガイダンスの開発
社会インフラにおける現象の共同観測、共同モニタリング
国民や消費者に対する周知徹底(インフラ被災時の二次的影響に関する情報)
3|保険の活用
上記に挙げた中に損害保険の活用も挙げられているので、触れておく。

現在の損害保険においては、人工衛星やロケットに生じた損害を補償するためのいわゆる宇宙保険というものが、すでに販売されている。一般的に言って宇宙産業の発展のためには多様化するリスクに対応して、損失が発生した場合でも金銭面で対応するというリスクファイナンスが重要ではある。

宇宙保険の保険料率の算出にあたっては、通常想定されている宇宙環境(日常的に発生する宇宙天気現象)については想定内のものとして前提とされている上に、想定外の事態(これが大規模なあるいは極端な宇宙現象にあたるものと考えられる。)に備えた上乗せ部分(マージン)も織り込まれている。

ここから発展して、今後の調査研究の進展によって、想定外のものを、想定内として確率的に取り扱うことができれば、予防対処の可能性が増し、結果として衛星等の全体コストの低下や保険料率の低下を見込むことができるようになるとされている。

5――私見など

5――私見など

太陽活動がまさか地球上の人間の活動にこんなにも影響するとは、過去には想像しにくかったかもしれないが、電磁気、放射線などを使った技術の進展により接点ができてしまった。

通常の天気予報が、我々の生活になくてはならないものとなっているのと同様に、日常生活が情報通信技術に多く依存している現代においては、宇宙天気の様子を知っておくこともまた重要となる。しかし、過去いくつかの被害が実際にあったにせよ、宇宙天気現象が大規模な通信障害などを引き起こして、大きな被害を被ったと一般に認知されている例は少ないのではないか。現時点では、深刻に受け止められるのは、通信事業者であるとか、飛行機・船舶などの運航関係者にとどまっているのではないだろうか。あるいは、そうした分野では、既に予報を充分活用して、一般市民の生活に影響が及ばないように、影響をとどめて頂いているのかもしれない。

2025年は太陽活動のピークとされており、例えばスマホの通信が一時的に不安定になる程度の軽微な影響が広い範囲で発生するなどすれば、真剣に取り組むべき課題として、一般市民や国の政策担当者にも、受け止められる機会になるかもしれない。(なお、筆者の生活もスマホに依存しており、支障が出ることを望んでいるわけでは決してないのだが。)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月21日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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