2025年03月07日

始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂

基礎研REPORT(冊子版)3月号[vol.336]

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

1―はじめに

2025年1月20日、米国で第2期トランプ政権(トランプ2.0)が始動した。

EUはトランプ2.0で予想される政策転換[図表1]に身構えてきたが*始動から1カ月足らずで、安全保障の共同体としての米欧関係は揺らぎ、価値共同体の亀裂も浮き彫りになっている。
[図表1]トランプ2.0政策へのEUの懸念・対応・影響など

2―トランプ2.0始動後の米欧の対立軸

[安全保障]
トランプ大統領がロシアのプーチン大統領と直接交渉に乗り出す方針を示した(2月12日)ことで、ウクライナとEUの頭越しでの停戦協議の懸念は、現実味を帯びた。同日、ヘグゼス国防長官は、北大西洋条約機構(NATO)の国防相会合に先駆けて開催された「ウクライナ防衛コンタクトグループ」の会合で、「ウクライナのNATO加盟は現実的でない」と断じ、停戦後のウクライナの安全保障の保証のための「NATOの平和維持部隊や米軍の派遣」を否定、「欧州がウクライナ支援の圧倒的割合を提供せねばならない」とし、国防支出の目標を現状のGDP比2%から5%に引き上げることを求めた。

ウクライナ停戦協議の具体的な内容を巡っては、トランプ政権内でも必ずしも一致を見ていない段階だが、頭越しでの停戦と欧州の防衛・安全保障への米国の関与の低下の可能性は排除できない。国防費の5%は大半の欧州のNATO加盟国にとって高すぎる目標だが[図表2]、6月の首脳会議で米国も含めて全会一致で新目標での合意を形成できるよう欧州側は努力を迫られている。
[図表2]NATO加盟国の国防支出
[価値観]
トランプ2.0の自国第一主義は国際秩序・規範を軽視する傾向が顕著である。

EUがグローバルな規範を形作る能力も圧力を受け、特に、デジタル関連の規制は、米国の大手ハイテク企業への影響が大きいため、トランプ2.0からの厳しい批判に晒されている。

バンス副大統領は、パリで開催されたAIサミットの演説(2月12日)で、AIのリスクよりも機会に焦点を当て、技術の発展を促進すべきとして、EUによる米国のテクノロジー企業への締め付けを批判した。その後のミュンヘン安全保障会議での演説(2月14日)では、「欧州で最も懸念している脅威はロシアでも中国でもない。(欧州の)内側にある脅威だ」と切り出し、欧州は「米国と共有する最も基本的な価値観から後退している」と断じた。バンス氏は、デジタル規制を「デジタル検閲」と表現、言論の自由と民主主義を脅かすとして批判、移民問題への人々の懸念に耳を傾けるべきと述べた。こうした言説は右派ポピュリスト
政党と一致するものである。

ドイツ・メディアのZDFは、バンス演説を、安全保障と価値の共同体の終わりを告げる歴史的な演説と報じた。
[通商]
トランプ2.0は関税引き上げ措置を矢継ぎ早に打ち出している。2月1日からメキシコ、カナダへの25%関税(3月4日まで猶予)、中国への10%の追加関税を発動、同月10日に鉄鋼・アルミニウムへの25%の関税の適用(発動は3月12日から)と自動車、医薬品、半導体にも同様の措置を課す方針を発表した、さらに同月13日に貿易相手国と同水準まで米国の関税を引き上げる「相互関税」の導入を指示した。

相互関税は、関税率の差だけでなく非関税障壁も考慮に入れるもので、EUは、中国と並ぶ主要な標的と考えられる。米国の対EU貿易赤字は中国に次いで大きく[図表3]、関税率は最恵国税率の単純平均で米国3.3%、EU5.0%とEUが高い。非関税障壁としては補助金や各種の規制、為替操作、付加価値税などを考慮する。欧州の高い付加価値税率を「輸出補助金」、デジタル規制を米国企業への差別と見なし、国防費の不均衡も関税引き上げの根拠とするかもしれない。
[図表3]米国の主要貿易相手国・地域別貿易収支
EUは、液化天然ガス(LNG)や防衛装備品の輸入増などによる関税引き上げ競争の回避を優先する立場だ。

しかし、相互関税を巡る決定など内容次第では、EUが経済的威圧に対抗する規則の活用で応じるなど米欧間の対立が先鋭化し得る。

3―VDL2.0のEUの対応

24年12月1日に始動した2期目のフォンデアライエン欧州委員会体制(VDL2.0)は、防衛・安全保障面での自立性の向上と、脱炭素化と競争力、経済安全保障の強化という3つの課題を同時に実現する鼎立(ていりつ)を急ぐ必要に迫られている。

防衛・安全保障面では、2月3日に防衛問題を主題とする初の非公式首脳会議を開催、3月初旬には防衛・安全保障戦略の指針となる「欧州の防衛の未来に関する白書」公表を予定する。白書では「欧州防衛同盟」を掲げ、欧州軍の補強と強化、主要防衛プロジェクトを通じた能力の向上、防衛分野における単一市場形成などを盛り込むと見られる。

競争力強化の戦略は、1月29日に「競争力コンパス(羅針盤)」として示された。単一市場の統合深化に関するイタリアのレッタ元首相の報告書(24年4月公表)、競争力強化に関するECBのドラギ前総裁による報告書(24年9月公表)を叩き台とする。米中とのイノベーション格差縮小などの3つの目標と規制や行政手続きの簡素化、単一市場の障壁の削減などの5つを推進手段とする[図表4]。

戦略の実現にあたっては、必要とされる多額の投資の財源をいかに捻出するかが関門となる。

今後の進路の試金石として注目されるのが、2025年半ばに始まるEU予算の2028~2034年の次期「多年次財政枠組み(MFF)」を巡る議論である。EU予算のプログラムを改変し、防衛・安全保障、競争力強化のための財源を確保し、効果的な運用のためのガバナンス改革を推進できるかが問われる。
[図表4]EUの競争力コンパス(羅針盤)の概念図

4―おわりに

始動から1カ月のトランプ2.0によるEUへの圧力は事前の予想以上に厳しい。米国内の保守派とリベラル派の対立の構図がそのまま持ち込まれた印象すらある。

EUにとって、ウクライナ停戦協議でのロシアとの直接交渉に垣間見える大国主義、関税の引き上げを税制や規制に関わる政策変更のツールにし、選挙干渉を厭わないトランプ2.0の姿勢は受け入れ難い。EUにとって価値観は、存立の基盤であるだけに、経済や国防費の負担問題よりも遥かに妥協が困難であろう。

米欧の対立の先鋭化は、ロシアや中国など強権国家を利する面もある。日本にも関わる問題として意識したい。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月07日「基礎研マンスリー」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂のレポート Topへ