2025年02月28日

トランプ政権2期目の通商政策-矢継早の関税政策と度重なる関税実施の延期で通商政策の動向は非常に不透明

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

トランプ大統領は就任初日に大統領覚書として「米国第1の通商政策」に署名し、当面の通商政策における優先事項を示した。その後、覚書に沿う形で不法移民や違法薬物問題に関連してカナダ・メキシコからの輸入品に25%、中国からの輸入品に対して10%の関税、安全保障を理由とした鉄鋼・アルミニウム製品に対する25%関税、関税負担を相手国と対等にすることを目指す相互関税に関する大統領令に署名したほか、自動車や半導体などに25%の関税を賦課する方針を示すなど矢継早に関税政策を打ち出している。

これらの関税政策方針に対して、中国からの10%関税が実施された一方、カナダ・メキシコの25%関税の賦課が延期されるなど、実際にどの程度関税が賦課されるのか非常に不透明な状況となっている。

本稿ではトランプ大統領就任からこれまでの通商政策についてまとめたほか、関税実施に伴う経済への影響についても示した。関税実施に伴いGDPが押し下げられるほか、インフレが押し上げられるとみられるものの、現時点で関税政策に伴う景気腰折れリスクは限定的とみられる。今後の関税政策の動向を占う上ではカナダ・メキシコに対する25%関税が実施される予定となっている3月4日が試金石となろう。

2.トランプ政権2期目の通商政策

2.トランプ政権2期目の通商政策

(通商政策関連の大統領令):就任初日に大統領覚書「米国第1の通商政策」に署名
トランプ大統領は1月20日の就任初日に大統領覚書「米国第1の通商政策」に署名し、今後の通商政策の当面の優先事項を示した(図表2)。
(図表2)大統領覚書「米国第1の通商政策」の概要
同覚書では「不公平で不均衡な貿易」、「中国との経済貿易関係」、「追加の経済保障問題」の3分野を掲げ、それぞれについて影響の報告と是正措置の提案を求める報告担当部署と報告期限を明確に示している。

具体的に「不公平で不均衡な貿易」分野では商務長官、財務長官、USTRに対して米国の貿易相手国との貿易不均衡を評価し、世界的な追加関税を含む是正措置を勧告することを求めているほか、輸出業者からの関税を徴収するための外国歳入庁(ERS)の設立可能性について調査・検討するよう指示した。また、すべての貿易相手国による不公正な慣行を評価し、是正措置を提案するほか、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直しに向けた協議プロセスの開始や主要貿易相手国の為替政策の評価、必要な是正措置の提案などを含む。

「中国との経済貿易関係」分野では商務長官とUSTRに対して、20年に合意した米中の「第1段階合意」の中国の義務履行状況の評価及び是正措置の提案を求めるほか、24年に発表された通商法301条に基づく追加関税措置の見直し報告書の評価、追加関税率の変更を検討するよう指示した。また、中国の不公正な貿易慣行の調査、中国との相互的な知的財産権の保護を確保するための提案、中国への恒久的正常貿易関係(PNTR)の付与に関する提案の評価などが含まれる。

「追加の経済安全保障問題」分野では、商務長官や行政管理予算局(OMB)長官に対して、米国の産業および製造基盤を経済・安全保障の観点から全面的に見直し、通商拡大法232条に基づく調査の必要性を評価するよう指示したほか、輸出管理の強化、バイデン政権で発表された対外投資に関する大統領令および関連規則の見直し、外国政府による補助金が連邦政府の調達プログラムに及ぼす影響の評価、適切な貿易および国家安全保障措置の勧告を指示した。さらに、カナダ、メキシコ、中国からの不法移民や合成麻薬フェンタニルの流入を評価し、適切な通商・国家安全保障上の措置を提案するよう指示した。

以上の報告や勧告については、外国政府による補助金の影響にはついては4月30日、それ以外については4月1日を期限に設定している。
(カナダ・メキシコ・中国関税):不法移民、違法薬物問題に関連してカナダ・メキシコに25%、中国に10%関税を賦課する方針。中国に対する関税は2月4日から実施済み
トランプ大統領は前述の大統領覚書「米国第1の通商政策」で言及された不法移民や違法薬物が米国に流入している問題に関連して、覚書で設定された4月1日を待たず、2月1日に3件の行政命令に署名して2月4日からカナダ・メキシコからの輸入品に対して25%(ただし、カナダからのエネルギー製品に対しては10%)、中国からの輸入品に対して10%の関税を賦課する方針を示した(図表3)。

行政命令ではカナダとメキシコに対してほぼ同様の文面で、カナダ、メキシコに2月4日から関税を賦課すること、これらの関税措置が国際緊急経済権限法(IEEPA)および国家緊急事態法(NEA)などに基づくこと、カナダおよびメキシコ政府が関税に対して報復措置を実施する場合に関税を引上げること、十分な措置を講ずるまで関税を継続することなどが明記された。また、中国に対する追加関税では800ドルまでの小額輸入に対する関税の減免措置(デミ二ミス待遇)が不適用となることが示された。これらの関税措置の根拠法となっているIEEPAは米国に対する異例かつ重大な脅威に対して、大統領が非常事態宣言をした後、国際商取引を規制する権限を大統領に付与することを規定している。また、NEAは国家緊急事態の宣言に関する手続きを規定している。
(図表3)カナダ、メキシコ、中国の関税に関連する大統領令
もっとも、トランプ大統領は当初の関税開始日の前日である3日にカナダとメキシコ政府の不法移民と違法薬物の流入問題への対処を評価するとし、関税開始を3月4日まで延期する内容を盛り込んだ行政命令に署名したため、両国に対する関税は一旦先送りされた。中国に対する10%の関税措置は当初予定通り2月4日に発効した。ただし、前述のデミ二ミス優遇については通関処理の混乱などを受けて、2月5日の行政命令で商務長官が関税の徴収方法を決定するまで関税を付与することを延期することが決定された。

なお、カナダとメキシコからの輸入品に対する関税については関税賦課の直前に延期されたこともあって、不法移民や違法薬物問題で対応を迫るためのブラフとの見方もでている。ただし、2月25日にトランプ大統領が両国に対する関税を予定通り実施するとの意向を示したほか、後述するようにトランプ大統領はさらなる関税期限の延長も示唆しており、情報が錯綜している。
(図表4)米財輸入金額シェア(24年) 一方、米国の財輸入金額(24年)に占める国別のシェアはメキシコが16%で最多となっているほか、中国とカナダが13%と2位、3位となっており、仮に3ヵ国に対して関税が賦課される場合には財輸入全体の42%が関税対象となるなど影響が大きい(図表4)。

また、米国の平均関税率は24年が2.3%程度とみられているが、カナダ、メキシコに25%、中国に10%の関税が賦課される場合には平均関税率は10.5%に増加することが見込まれている1(前掲図表1)。これは1943年以来の高水準となり、戦後に自由貿易を推進し関税率を引き下げてきた従前の通商政策方針からの大転換となる。
(鉄鋼・アルミニウム関税):通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミ製品への関税策を強化
トランプ大統領は1期目の18年3月に鉄鋼・アルミ製品の輸入が米国の国家安全保障を脅かすとし、通商拡大法232条に基づき、鉄鋼製品に25%、アルミ製品に10%の関税を賦課した。同法は米国の国家安全保障を損なう恐れがある場合に関税等の是正措置を発動する権限を大統領に付与することを定めている。

その後、バイデン政権はEU、英国、日本など一部の国・地域からの鉄鋼・アルミ製品輸入に対する関税の適用を除外していた。しかしながら、鉄鋼製品に対する2月10日、アルミ製品に対する2月11日に署名された行政命令では、これらの適用除外を廃止するほか、これまで米国内で十分に生産できない製品や安全保障上の考慮を要する製品などを申請することで適用が除外された措置を廃止することが示された。さらに、申請不要で製品別に適用除外となる一括承認除外(GAEs)も終了する(図表5)。また、アルミ製品に対する関税率をこれまでの10%から25%に引き上げたほか、鉄鋼・アルミ製品ともに従前から関税の適用対象を拡大する変更を行った。ただし、鉄鋼・アルミ製品に対する関税ともに、米国で溶解・精錬・鋳造された鉄鋼・アルミを利用して他国で製造された製品は除外される。これらの措置は3月12日に発効するとしている。
(図表5)鉄鋼・アルミニウム関税に関連する大統領令
一方、米国の鉄鋼・アルミ製品の主要国別輸入金額のシェアをみると、鉄鋼製品、アルミ製品ともにカナダからの輸入が最も高くなっている(図表6)。とくに、アルミ製品ではシェアが55%と突出しており、これまでUSMCAで関税が免除されていたカナダ製品に対する25%関税は影響が大きい。また、メキシコ、中国も上位に入っており、鉄鋼・アルミ製品の関税と不法移民、違法薬物問題に関連した追加関税と併せて影響が大きいだろう。
(図表6)米国の鉄鋼・アルミ製品の主要国別輸入額およびシェア

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(2025年02月28日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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