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タイパ時代の「脱タイパ」消費とは-「消費に失敗したくない」Z世代

生活研究部 研究員 廣瀬 涼
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5――「損」をしたくない
失敗に関する問いを見ると、「購入後に安い価格で同じ商品を見つけたら、失敗したと思う」は62.5%、「事前に調べた情報で期待していたほどの商品ではなかった」は52.2%、「購入後に、より自分に合っていそうな別の選択肢を見つけた」は51.0%となっている。また、面白いのが、「周囲の友人にSNS等で商品を共有したら、予想よりも反応が悪かった」が29.3%と、3割近くが他人からの評価が、消費が失敗だったと判断する要因になっていると回答しているのだ。
ここまで紹介した3つのケースや各所の調査から、若者の消費に失敗したくないという心理は、従来の費用対効果に見合わないという視点に加えて、その消費を行ったことで発生する他の消費機会での損失、自分は一切関与していなくとも他人が得をしている状態など、消費によって生まれる負の影響により左右されており、この「損(マイナス)」を回避する事が消費を決定づける大きな要因になっていると考える。
6――脱タイパの背景
一方で、2020年8月13日にオンラインで開催された“Intel Architecture Day 2020”で公開された「人類が生み出すデジタルデータ量の推移」13をみると、2020年、世界のデジタルデータの年間生成量は50ZB(ゼダバイト)を超え、2025年には175ZBに到達すると予想されている。我々の馴染み深いGB(ギガバイト)で換算すると1ZB=1兆GBとなり175ZBが途方もない数字であることがわかる。当然、日々のエンタメから最新スイーツも含めて昔に比べて圧倒的に情報量が増えていることになるが、それは興味を持つモノ(消費したいモノ)が必然的に増えるということを意味しており、使えるお金は有限なのに消費したいモノが溢れている状態になってしまっているのである。自由に使えるお金が限られているという事は、無駄な支出をしたくないという事でもある。また、SNSなど情報ソースとして参照できるものも多く、豊富な情報収集が可能ということは、調べれば何かしらの答えがすぐわかる時代であるともいえる。今やYouTubeのコメント欄などはそのような他人にとっての答えになるような情報で溢れている。さらに、プレゼントの評価にしても、自分の消費したモノの評価にしても、周りがその良し悪しを判断する機会も多く、周りの目を気にするという事は、消費結果を否定されたくない、という意識に繋がることになる。
つまり、「無駄な支出をしたくない」は「支出先を間違えたくない」、「調べれば答えがすぐわかる時代」は「選択(答え)を間違えたくない」、「消費結果を否定されたくない」は「間違っていると思われたくない」と言えるのではないだろうか。消費に失敗したくないということは、「消費を間違えたくない14」という事でもあるのだ。
12 http://tfpu.or.jp/wp-content/uploads/2022/04/2021kakeifutan20220406.pdf
13 https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2102/16/news047_2.html
14 SHIBUYA109 lab.所長の長田麻衣も若者消費を表す4つのキーワードの1つとして、「間違えたくない消費」を挙げている。ちなみに4つとして(1)体験消費・参加型消費、(2)間違えたくない消費、(3)メリハリ消費、(4)応援消費・親近感消費を挙げている。https://webtan.impress.co.jp/e/2021/09/09/41056
15 久保田進彦(2019)「消費環境の変化とリキッド消費の広がり― デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討」に準拠するのならば、リキッド消費は(1)短命性:価値が文脈特定的となり寿命が短くなる、(2)アクセス・ベース:所有権の移転が生じない取引によって構成される商品・サービスが増える、(3)脱物質的:同じ水準の機能・効能を得るために、物質をより少なく(あるいはまったく)使用しなくなる傾向が見られる、の3つの性質から定義される。リキッドが流動性という意味を擁しており、情報の多さが我々の消費対象に対する興味の移り変わりの速さや、サブスクやデジタルデータへのアクセス(消費)が所有を必ずしも必要とさせなくなったことで、軽やかなライフスタイルを享受できたり、コスパ良く商品やサービスの機能・効能を受容できるようになったことを指している。
7――「わざわざ」が意味する事
他人の消費結果を参照し、「わざわざ」自分が消費する必要があるか検討する上で、消費者は(1)価値、(2)動機、(3)比較、(4)効用の高次化、(5)正しく消費、の5つの要素を検討していると筆者は考えている。まず、(1)価値とは、ここまでの説明でも触れたように、どのような消費結果が待ち受けているかを認識したうえで、わざわざ自分がお金や時間を消費してまでも経験すべきかという必要性を検討することである。
(2)動機とは、シンプルに消費欲求を充足したいと思うことであって、消費結果を知ったからこそ喚起されたものである16。
(3)比較とは、手間や費用を要する消費を検討する際の費用対効果や、その消費を行わなかったことで行える消費の検討である。限られた予算の中で「Aはやってみたいけど、Bはわざわざ自分がやるほどのことでもないな」「AをやるとBができなくなるがそれでいいのだろうか」、と消費のプライオリティを天秤にかけることであり、極めて日常的なことである17。
(4)効用の高次化とは、実際に消費する際は、他人の消費結果を参照した上で、もしくは情報を収集した上で消費を行うことでよりお得に、より効果的に消費、しようとするモチベーションである18。
(5)正しく消費とは、他人の消費の失敗を顧みて間違いのないように消費をすることである。身長170㎝でMサイズのズボンを買ったら丈が短かった、というレビューがあったとしたら、170cmの自分がわざわざ同じ商品を買うのにMサイズを選択して失敗する必要はないだろう。
他人の消費を踏まえて消費をすることは正しい(間違いのない)消費をする上での指標となるのと同時に、積極的に消費をしない理由を検討することにも繋がっているのである。
16 消費結果を知っている上で、それでも尚わざわざ消費をしたいと思うのは、その消費を行う上での動機が存在するからだろう。例えば有形物ならば単純に欲しいから、食べたいからと、消費欲求を充足することそのものが目的(動機)と言えるだろうし、上記したメントスコーラで言えば、実際に見てみたい、子どもにやってあげたい、という事もわざわざ消費=再現 する目的になるだろうし、たまたま手元に2つそろっているからということも動機になり得るだろう。
17 「わざわざ」は、興味対象に対する自身の能動性(興味度合い)を自分自身に問いかける行為でもあり、その興味対象に対するスタンスが明確化するため、積極的に自分に消費を諦めさせる要素となりうると筆者は考える。
18 わざわざ他人と同じ消費をするのだから、情報取得によって回避できる損を回避したり、より高い水準で消費を行い、効用を高次化させようとする意識になると考えられる。
8――さいごに
しかし、これは当然と言えば当然の話なのだ。そこまで重要度が高くなく、処理するだけで済む情報ならばそこまで時間はかけないし、それこそ家や車などを購入する際は調べすぎるに越したことはない。タイパ時代だからと必ずしも何でもかんでも時間の効率化が求められている訳でなく、自分にとってプライオリティが高ければ自然に多くの時間をかけている。ただ、Z世代にとっては、そのようなプライオリティの高さを生み出す要因が、他世代に比べ極めて強い「消費に失敗したくない」という意識なのである。
19 購買行動に使ったお金や時間・後悔に使う時間
20 SHIBUYA109 lab.「Z世代の時間の使い方に関する意識調査」2024/09/25 https://shibuya109lab.jp/article/240925.html
21 「消費の質」の事
(2025年02月17日「基礎研レポート」)

03-3512-1776
- 【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
ニッセイ基礎研究所入社
・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員
【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会
廣瀬 涼のレポート
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【タイパ時代の「脱タイパ」消費とは-「消費に失敗したくない」Z世代】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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