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欧州の自然災害リスクへの取り組み-気候変動による自然災害への対策は段階的アプローチで

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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こうした経緯を経て、2024年12月にECBとEIOPAは、保険や基金を通じた気候変動リスクへの対応の強化策を提案した。そこでは、官民再保険スキームと公的災害融資基金の2本の柱が示されている。
保険適用範囲が狭い自然災害リスクに対して、それを拡大することを目的として、官民再保険スキームを設立する。このスキームは、EU全体で民間保険のリスクをプールし、国レベルでの解決策を奨励して保護する。市場の細分化に対するリスクベースの価格設定の潜在的な影響を考慮しつつ、(再)保険会社または国のスキームからリスクベースの保険料によって資金を調達する。このスキームへのアクセスは任意である。EUの官民パートナーシップと同様に、EUレベルで高リスクをカバーするための規模の経済と多様化を達成するための安定化メカニズムとして機能する。
(2) 公的災害融資基金 : 損失の大きい自然災害後の復興を対象としリスク軽減措置を条件とする
加盟国における公的災害リスク管理の改善を目的とする。この基金からの支払いは、リスク適応や気候変動緩和措置を含む慎重なリスク緩和政策の下で、損失の大きい自然災害後の復興活動を対象とする。EU基金は、それぞれのリスクプロファイルを反映するように調整された加盟国の拠出金によって賄われる。基金の支払いは、国の適応・回復力計画の下で事前に合意された具体的なリスク軽減措置の実施を条件とする。これにより、災害の前後で、加盟国レベルでの野心的なリスク軽減が促進される。
2本の柱は、自然災害保険のギャップを縮小する既存の国家的取り組みを補完することを目的としている。現在、国家レベルの解決策を持っていない国は、2本の柱によって保険の補償能力を高め、耐性のあるインフラに投資して、災害の予防措置を講じることが可能となる。
また、2本の柱は、災害後の資金調達の責任を民間・公共間、損害のレベル感で明確にし、将来の災害のコストを抑えるのに役立つ。資金拠出には、強力なリスク軽減インセンティブが含まれている。
さらに、これらのシステムは、国家を超えてプールとリスク共有のメリットを活用し、リスク分散能力を高めることができる。また、解決策を具体化する際には、オープンソース・ツールや自然災害モデルの開発、データの使用などの面でさらなる取り組みが促進される可能性がある。
なお、この提案は議論の基盤として、他の解決策と比較されることを目的としている。今回の提案は、国家の保険制度と解決策を維持しながら、保険の保護ギャップを削減する可能性のある方法について、議論に貢献することを目指したものとされている。6
6 提案されたソリューションは、国とEUレベルで進行中の開発に影響を与えるものではなく、提案をさらに進める場合、既存の国の制度との相互作用についてより詳細な調査が必要となる。EUメカニズムが確立されるかどうか、およびその設計と実装は、すべての加盟国と意思決定者の関与を得て、政治レベルで決定される。
4――おわりに (私見)
自然災害への対策の特徴として、災害の頻度や損失の大きさごとに、多様な準備をしておくべきことが挙げられる。特に、低頻度だが影響が大きい損失(高損失層)については、民間保険で対処することには限界があり、国家や国際的な枠組みのもとで対処していくことが有効となる。
こうした保険や基金等の機能拡充においては、リスク軽減インセンティブの付与についても検討することが求められる。自然災害のリスクにさらされる個人や企業等が、みずからリスク軽減に取り組むよう促すことが、効果的な対策となるためだ。
今後、気候変動が激しくなる中で、自然災害による損害の深刻度は高まっていくことが考えられる。これは、ヨーロッパだけではなく世界各国で生じうる。その意味で、EUでの自然災害リスクへの取り組みは、各国の参考となるだろう。その動向について、引き続き、ウォッチしていくこととしたい。
(参考資料)
“Policy options to reduce the climate insurance protection gap”(Discussion Paper, ECB, EIOPA, April 2023)
「スペインで非常事態宣言 過去100年最悪の干ばつ」(日本経済新聞, 2024年2月3日)
“Prolonged drought and record temperatures have critical impact in the Mediterranean”(EU Science HUB, 20 February 2024)
“Return to the exceptional stage of the drought protocol in Barcelona”(InfoBarcelona, 13/05/2024)
「ギリシャで空前絶後の早すぎる熱波 行方不明になる観光客」森さやか (YAHOO! JAPANニュース, 2024年6月15日)
「40度超の猛暑でアクロポリス遺跡が一時閉鎖。観測史上最も早い熱波がギリシャを襲う」(ARTnews JAPAN, 2024.06.14)
「ギリシャ山火事、1人死亡 消火進展も15日まで厳戒態勢」(ロイター, 2024年8月14日)
「首都アテネに迫る山火事、瞬く間に延焼 住宅焼失、1人死亡 ギリシャ」(CNN.co.jp, 2024年8月14日)
「中・東欧の広範囲で豪雨、洪水で少なくとも17人死亡」Jason Hovet, Jan Lopatka, Pawel Florkiewicz, Anna Wlodarczak-semczuk, Luiza Ilie (Reuters, 2024年9月17日)
「ヨーロッパ東部や中部 大雨被害拡大“21人が死亡 停電断水も”」(NHK NEWS, 2024年9月18日)
「暴風雨『ボリス』 欧州中部で大規模洪水 死者22人に」(AFP BB News, 2024年9月18日)
「スペイン水害死者205人 50年超で『欧州最悪』」(日本経済新聞, 2024年11月2日)
“Towards a European system for natural catastrophe risk management”(ECB, EIOPA, December 2024)
“Disaster Insurance Set to Test Italy’s Business Backbone in 2025” Alberto Chiumento and Andrea Mandala (Insurance Journal, December 16, 2024)
“European Central Bank Pitches Plan to Boost Coverage for Climate Losses” Gautam Naik (Climate Journal, December 16, 2024)
“ECB proposes EU scheme to expand climate insurance uptake” Simon Jessop, Kate Abnett and Virginia Furness (Reuters, December 19, 2024)
“Senate Committee Reveals Climate Change Danger to Financial System” Don Jergler (Insurance Journal, December 20, 2024)
「〔海外〕2024年の災害を振り返る」(RESCUE NOW, 2024年12月31日)
「2024年 海外で起こった自然災害を振り返る」(防災情報新聞, 2025年1月3日)
(2025年02月10日「基礎研レター」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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