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欧州の自然災害リスクへの取り組み-気候変動による自然災害への対策は段階的アプローチで

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
ヨーロッパでも、近年、度重なる極端な気象により大きな損害が発生している。こうした極端な気象への対処として、欧州中央銀行(ECB)と欧州保険・年金機構(EIOPA)は、保険や基金等を通じた対策を議論している。本稿では、その内容を見ながら、気候変動問題の対策のあり方について考えてみることとしたい。
2――ヨーロッパで頻発している自然災害
1 本章で参考とした各種報道等の資料は、稿末の(参考資料)に挙げている。
2024年10月29~30日に、スペイン東部のバレンシア州や南部のアンダルシア州で記録的な豪雨が続いた。バレンシア州の西部では、過去20年間で最も多い雨量を観測した地域もあった。豪雨の原因は北側から地中海への冷たい空気が生み出す寒冷低気圧とされている。 豪雨の影響で、複数の河川で氾濫や鉄砲水が発生、特にバレンシア州で被害が多発した2。11月3日までに210人以上の死亡が確認され、一時10万軒以上が停電した。この被害規模は2021年にドイツで発生した洪水(180人以上が死亡)を超え、1970年にルーマニアで発生した洪水(209人が死亡)に匹敵するもので、ヨーロッパ全体で見ても半世紀に1度クラスの被害と見積もられている。
2 第5節にもあるように、スペインではここ数年深刻な干ばつに襲われてきた。それにより、地面が固くなっていて雨を吸収できずに鉄砲水が発生したとも指摘されている。
2024年9月13~16日に、中・東欧の広い地域で低気圧「ボリス」による豪雨が発生し、ポーランドとチェコの国境地域では洪水により橋が崩壊。同地域の住民は避難を余儀なくされた。ルーマニアからポーランドにかけて発生した洪水で22人の死亡が確認された。ポーランドのニサでは付近の堤防が損壊したことを受け、当局が住民に直ちに避難するよう呼びかけた。9月16日には、チェコ北東部のオストラバで、オドラ川とオパヴァ川の合流地点の堰堤(えんてい)が決壊して市内の工業地帯が浸水した。住宅地からは数百人が避難した。同国のリトヴェルでは市内の70%が1メートル浸水した。
2024年6月11~14日に、ギリシャで熱波が襲来。アテネの最高気温は、連日40度前後となった。深夜でも気温は30度以下に下がらなかった。この暑さにより、同国で観光スポットとして人気のあるアテネのアクロポリスの丘は、正午から17時までの一般公開を中止した。各地の小学校も、同時間帯の一時閉鎖や休校となった。また、地中海のクレタ島やシミ島では、暑さのために観光客など4人が死亡した。同様の規制は2023年にも行われたが、2024年はそれよりも時期が早まることとなった。
2024年8月11~13日に、ギリシャのアテネ近郊で山林火災が発生し、森林や住宅が焼失した。アテネ郊外のハランドリでは焼け跡のオフィスから1人が遺体で見つかった。ギリシャ国立天文台は、延焼面積は約1万ヘクタールに達すると発表。同国政府は家屋や財産を失った人を対象に補償と救済策を講じることを発表した。
2024年2月1日に、スペインのカタルーニャ州は、「過去100年で最悪の干ばつに見舞われた」として非常事態を宣言した。貯水池の貯水率は16%以下に落ち込んだ。非常事態宣言はバルセロナを含む多くの地域に適用され、給水が制限された。家庭などで使用できる1日の水の量を制限し、プールや洗車で水を使うことも禁止された。同州ではこれまでの3年間、降水量が平均を下回る状態が続いており、乾燥が進んでいた。非常事態宣言は3ヵ月以上に渡り発令された後、5月中旬に解除された。
3――保険や基金等を通じた極端な気象への対応
2023年4月のペーパーでは、EUでは極端な気象や気候関連事象に起因する損失の約4分の1しか保険が適用されていないなど、災害保険の保護ギャップが深刻であることが強調されている。また、気候変動に起因する自然災害の深刻さと頻度の増加により、同ギャップは拡大すると予想されている。
さらに、このペーパーでは、保護ギャップがマクロ経済、金融、財政に影響を及ぼすことが示されている。具体的には、災害は、直接的な経済的損失だけではなく、災害後の経済活動やサプライチェーンを阻害し、経済成長率やインフレ率に間接的に悪影響を及ぼす。そしてこれは、短中期的に生産・消費を変化させて間接的損失をもたらすとしている。
自然災害保険は、不確実性を軽減し、経済のより迅速な回復を可能にするため、これらの悪影響を緩和する。自然災害の影響に対する脆弱性が高まると、地域によっては成長やイノベーション能力が制限される可能性があるため、保険の欠如は市場競争を阻害する可能性もある、としている。
3 方策として、インパクト査定と呼ばれる保険契約者が事前の (構造的な) 措置を実施し、気候関連のハザードへのエクスポージャーを削減するようにインセンティブを与えることを目的とした引き受けと価格設定の戦略を活用することなどが挙げられている。
4 具体的には、官民保険スキーム(官民再保険スキームを含む)の設立や官民パートナーシップの実施が挙げられている。
ディスカッション・ペーパーには、保険会社、業界団体、NGO、国際機関、学界、個人を含むさまざまな関係者から多くの回答が寄せられた。このペーパーが民間部門だけではこのリスクに対処できないことも強調したうえでアプローチを示している点について、多くの回答は肯定的な見解を示している。次の点を指摘する回答もあった。
・予防措置に対する保険会社のリスクベースのインセンティブ (「インパクト・アンダーライティング」) を支援するために空間配置や建築の規制などの公共セクターの適応策が重要である
・予防の意識を高めて、地域の状況、異なる危険や事業に応じたボトムアップの解決策を見つける必要がある
・ヨーロッパが(再)保険資本にとって、さらに魅力的な場所になるチャンスである
・リスクインセンティブを維持し、回復力への投資を促進するEUのプーリングメカニズムは妥当
保険とは別に、大災害時に緊急救援と復興のための財政援助を行うための制度としてEU連帯基金がある。だが、その効果は限られている5。
2024年9月に中・東欧諸国、10月にスペイン(前章第2節と第1節にて概観)で発生した大規模な洪水では、このEU連帯基金の限界が浮き彫りになった。2002年創設の同基金は、洪水被害の一部を補償するにとどまった。今後数年間、EU連帯基金の予算を増額することとされたものの、大規模な自然災害後の復興に貢献するには、基金の財源は少なすぎると指摘されている。欧州委員会は、影響のあった中・東欧諸国がEU結束基金からさらに180億ユーロを受け取ることを提案している。だが、この基金は低所得国支援のものであり、特定の災害に対応するように設計されたものではない。すべてのEU加盟国が利用できるわけでもない。
このように、度重なる大災害を受けて、保険とともに、基金の機能拡充も必要との認識が広がっていった。
5 災害後の最初の支払いは、想定拠出総額の25%を上限とし、加盟国ごとに1億ユーロを超えてはならないとされている。
(2025年02月10日「基礎研レター」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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