2025年01月24日

トランプ2.0とユーロ-ユーロ制度のバージョンアップも課題に

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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本格的にスタートした新財政ルールの適用

各国の健全な財政運営を担保するためのルールの適用は、コロナ禍への対応で一時停止され、2024年度から再開された。再開に合わせて、コロナ禍前から議論されていたルールも改正され、24年4月30日に新たなルールが発効した。新たなルールに沿って、1月21日には、現在、過剰な財政赤字是正手続き(EDP)の対象国となっているフランス、イタリアなど8カ国(うちユーロ圏は5カ国)に各国毎の過剰な財政赤字解消の期限と過剰な財政赤字是正のための「純支出」の増加率の経路が提示された(図表4)。
図表4 過剰な財政赤字是正手続きの対象国の赤字解消期限と純支出の増加率
「純支出」は、新ルールで財政の健全化の取り組みを判断するベンチマークとなった。利子支出、裁量的な歳入措置、EUの基金からの歳入と完全に一致するEUのプログラムに関する支出、EUが資金を提供するプログラムの協調融資に関する支出、失業給付支出の循環的要素と一時的措置を差し引いた政府支出を指す。改定前のルールは、債務危機の反省から債務残高を重視したために、過剰債務国に厳しく、グリーン化やデジタル化など構造転換と成長の両立のために必要な投資を阻害する傾向が観察された。他方で、財政健全化にも明確な効果は見られなかった。効果が限定された理由としてルールの複雑さも問題とされた。新ルールでは「純支出」をベンチマークとすることで簡素化しつつ、各国の事情やグリーン化、デジタル化などの改革や投資の要因を考慮することになった。

新ルールの下では、EDP非対象国にも「純支出」の参照軌道が示されることになっている。ECBがTPIを発動する際の判断基準として、今後、ベンチマークとの乖離が用いられる可能性がある。

過剰な財政赤字是正手続きの対象国は、4月30日までに純支出の軌道を組み込んだ中期財政構造計画を提出し、その後、少なくとも6カ月に1度、過剰な財政赤字が解消するまで計画の進捗を報告し、欧州委員会が計画の実行状況を評価することになる。

新たなルールに基づく過剰な財政赤字是正手続きの試金石として注目されるのはフランスだ。ユーロ圏で第2位、一般政府債務残高は最大で、市場への影響力の大きいフランスで「純支出」のベンチマークから外れるリスクが高いことは気掛かりである7。2025年度予算案は、内閣不信任で倒れたバルニエ内閣からバイルー新内閣に引き継がれた。23日には元老院(上院)で可決され、1月30日に国民議会(下院)と元老院(上院)からそれぞれ7人の議員が参加する両院協議会(CMP)での一本化作業が予定されている。一方化で合意した場合、予算案は、2月3日の週に国民議会に戻され、投票に付される8。上院で可決した予算案は、過剰な赤字の2029年度までの解消という目標(図表3)に適合し、2025年の財政赤字のGDP比5.3%への削減のための歳出削減計画が積み増されているが、国民議会での可決には、社会党が求める歳出削減計画の一部撤回も必要になると見られ、合意が成立するのか見通せない状況にある。但し、政党間の対立は、主にアプローチの違いによるもので、財政赤字の削減の必要性についての一致は見られることは一定の安心材料と言えよう。
 
7 UK can rejoin EU ‘in a century or 2,’ Juncker says POLITICO Brussels Playbook July 4, 2024
8 Par Simon Barbarit “Budget 2025 : après le vote du Sénat, quelle est la suite ?” 23/01/2025, Public Senat

必要とされるトランプ2.0対応のユーロ制度のバージョンアップ

必要とされるトランプ2.0対応のユーロ制度のバージョンアップ

欧州の主流派の政治指導者や政策当局者は、トランプ大統領の就任演説や大統領令のリスト、ダボス会議での発言などから、EUが基本的価値として尊重する民主主義や法の支配、戦後のルールに基づく国際秩序を否定し、修正に動こうという意思を強く感じ取ったことだろう。反DEIやパリ協定の離脱と化石燃料の推進、国際保健機関(WHO)からの離脱、反多様性・公平性・包摂性(DEI)や大手ハイテク企業との接近など、トランプ2.0とEUは真逆の方向に動き出している。欧州の民主主義への挑戦であり、EUにとっての脅威9という受け止めもあるほどだ。

トランプ2.0の米国はEUよりも中国・ロシアなど修正主義国家10との距離が近いという印象すら抱かせる。ダボス会議の演説後の質疑応答でも貿易不均衡、北大西洋条約機構(NATO)の国防費ほか、米国の大手ハイテク企業への制裁金などへの不満を表明した。中国については、巨額の貿易赤字の是正の必要性を述べる一方、習近平主席を称賛し、中国とは常に素晴らしい関係を築いたとし、ロシア・ウクライナ戦争の停戦のための尽力への期待も述べた。

トランプ1.0と対峙したEUの執行機関・欧州委員会のユンカー前委員長は、トランプ大統領は「EUは米国に対抗するためのヨーロッパ人の発明」であり「常に敵」と考えていたと述べている11。EUを米国の挑戦と見るトランプ大統領が、ユーロを基軸通貨ドルへの挑戦と見ても不思議ではない。

安全保障体制での自立性の向上、競争力の回復のための構造改革に加えて、銀行同盟の完成や資本市場同盟の加速などによるユーロ制度の更なるバージョンアップも、トランプ2.0の世界に対応するEUにとって優先度の高い課題となっている。

米欧間の乖離の拡大は、西側の一角を占める日本にとって「漁夫の利」を得る機会というよりは、憂慮すべき事態と言え、注視する必要があると思われる。
 
9 Heather Grabbe and Jean Pisani-Ferry “Political contagion in Europe: can the European Union survive Trumpism?” Bruegel First glance, 16 January 2025
10 Angela Stent “Russia and China: Axis of revisionists?” Brookings Research, February 2020
11 UK can rejoin EU ‘in a century or 2,’ Juncker says POLITICO
 
 

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(2025年01月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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