2025年01月17日

トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

2|独仏政府不安でもEUの「危機バネ」は働くか?
VDL2.0のEUの指針の実現には、これまでとは次元の違うレベルでEUが結束する必要がある。

過去において欧州の統合の過程では危機が深化の「バネ」として働いてきたことから、トランプ2.0が結束を促すと見ることは可能である。2000年代には、ギリシャに端を発する政府債務と銀行危機の共振がユーロ圏の予算案の事前審査制の導入や銀行監督と破綻処理制度の一元化による銀行同盟を後押しし、コロナ禍は復興のためのユーロ共通債を財源とする時限的な復興基金「次世代EU」を生み出した。

しかし、VDL2.0では「危機バネ」は働かないとの見方もある。EUでは、伝統的に加盟国間の利害対立、欧州委の権限の強大化に対する加盟国の抵抗が制約要因となってきた。英国が離脱した後も、EUは27の主権国家からなる大所帯であり、制約要因は強まっている。

こうした制約要因を超えて統合を推進する牽引力が弱まっている問題もある。第2章2項で触れたとおり、EUの統合を支えてきた中道右派、中道左派の政党への支持は細っており、過去の危機対応でリーダーシップをとってきた独仏の政治基盤が弱体化していることも「危機バネ」が働きづらいと考えられる理由である。

ドイツは昨年11月に3党連立政権が崩壊し、2月23日に連邦議会選挙を予定する。ZDFによる最新の世論調査(25年1月10日公表分)24によれば、中道右派のキリスト教社会・民主同盟(CDU/CSU)が支持率30%で第1位、極右ポピュリスト政党のドイツのための選択肢(AfD)が21%で第2位、ハーベック副首相兼経済・気候保護相の「緑の党」が15%で、ショルツ首相の社会民主党(SPD)は14%で後塵を拝している(図表10−左)。CDU/CSUとSPDという「大連立」でも支持率は50%を下回るが、連立を離脱した自由民主党(FDP)と昨年6月の欧州議会選で躍進した急進左派の新党ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)、左派党は4%で、議席獲得に必要な5%に満たさず、議席を得られないことで、大連立ないし、CDU/CSUと緑の党の連立であれば、議席の過半数を獲得できる可能性はある。しかし、小党に票が割れた場合、AfDとの連立を拒否する姿勢を貫く限り、3党連立しか選択肢がなくなる。総選挙を経ても、3党の綱引きによる政策の迷走が続く可能性も排除できない。

政権の求心力も高まらない可能性がある。次期首相には、CDUのフリードリヒ・メルツ党首が就任する可能性が濃厚だが、世論調査で「望ましい首相」としてメルツ党首を選択する割合は最新の世論調査では27%でハーベック副首相兼経済・気候保護相と並んでいる(図表10−右)。幅広い支持を得られる首相が誕生する可能性は低いと考えられる。
図表10 ドイツ世論調査
フランスは昨年6~7月の総選挙で国民議会の議席が極右の国民連合(RN)、大統領与党、左派連合の3つに割れた(図表11)。バルニエ首相は内閣不信任案の可決で退陣、2025年度予算案はバイルー首相に委ねられた。バイルー首相は1月14日に施政方針演説を行い、国民の関心が高い年金改革については、3カ月かけて労使と協議するとして時間を確保した。調査会社ELABEがバルニエ前内閣の不信任可決後の24年12月10~11日に実施した調査25からは、8割近くの国民が、一連の政治的な混乱が財政やフランスの経済的な魅力、経済成長などに悪影響を及ぼすと考えていることが確認された。国民連合と社会党が様子見の姿勢をとったこともあり、バイルー内閣は、直ちに不信任を突きつけられる事態はとりあえず回避したものの、支持基盤は引き続き弱い。今年後半には、再選挙が可能になることが意識される中で、2025年度の予算の審議と年金改革を巡る協議がどのように展開して行くのかが当面の注目点である。

昨年6月の前倒し選挙の決定以降のフランスの政治的な不透明感は、企業や家計のマインド、信用力に影響を及ぼしている。10年国債利回りの格差が、信用力の高いドイツに対して拡大し、フランスよりも格付けが低いイタリアに対して縮小していることは(図表12)、市場の警戒姿勢を反映したものだ。2024年7~9月期までは、パリ五輪もあり、フランスはユーロ圏を牽引する側にあったが(前掲図表1)、10~12月期以降は、ドイツとともにブレーキ役に回る可能性が高まっている。
図表11 フランス国民議会議席構成/図表12 10年国債利回り
ユーラシア・グループは、少なくとも2025年については「ヨーロッパの分裂」は「リスクもどき」で「分裂よりも統合に向かわせる可能性が高い」と分析する。「欧州の統一にとってこれまでで最も深刻な試練の1つとなる」が、VDL2.0の立場は強固であり、ドイツで2月の議会選挙後、メルツ氏率いる「機能不全の少ない」連立政権が誕生し、独仏関係の立て直しに貢献することなどから、「なんとか切り抜ける」という。「マクロンは国内で深刻な問題を抱えるものの、2027 年の選挙が近づくまでは、フランスの EU、外交、国防に関するリーダーシップを継続することに影響は受けない」と予想する。

但し、EU分裂が「リスクもどき」であるのは、あくまでも2025年など短期の視点であることに留意が必要だろう。長期的な視点から、中西輝政26は、「EUの分裂と欧州統合の挫折」を「中東秩序の大混乱とテロの蔓延」、「ロシア民主化の挫折と独裁への回帰」、「中国の膨張と軍事大国化」、「超大国・米国の衰退と「孤立主義」化」とともに世界秩序の「暗転の5つのシナリオ」の1つ、「すべてがいよいよ現実のものになっている」という。

2025年のEUが、トランプ2.0と対峙し、「危機バネ」を働かせて単一市場の完成度を高める政策協調に歩み出すことができるのか。EUは重要な分岐点に差し掛かっているように思われる。
 
24 ZDF Politbarometer(25年1月14日アクセス)
25 Les Français et les conséquences économiques de la crise politique
26 中西輝政「パックス・アメリカーナ」の本当の終わり」『Voice』令和7年2月号48頁
3|「ブリュッセル効果」はどうなるか?
トランプ2.0は、コロンビア大学のアニュ・ブラッドフォード教授が「ブリュッセル効果」27と名付けたEUのグローバルな規範を形作る能力に挑戦する圧力となる可能性もある。トランプ2.0は規範と多様性を重んじるリベラル民主主義への嫌悪感を隠そうとしていない。

加えて、政府効率化省(DOGE)を起業家のビベック・ラマスワミ氏とともに率いるイーロン・マスク氏やメタのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)ら(テクノロジーで自由の領域の拡張を目指す)テクノ・リバタリアンが政権に近づき、EUのデジタル規制への攻撃を強めようとしているからである28

欧州の主流派にとっては世界最大の富豪でありインフルエンサーでもあるイーロン・マスク氏が、欧州の政治への介入を強め、「右傾化」していることへの懸念も高まっている。マスク氏は、英国では労働党のスターマー政権の早期退陣を求め29、連邦議会選挙を控えるドイツでは「ドイツを救えるのはAfDのみ」と主張、XでAfDの共同党首のワイデル氏とライブチャットを開催30し波紋を広げている。

VDL1.0のEUでは、デジタル関連法の整備が進み、VDL2.0では着実な適用が期待されているが、デジタル領域では米国に大きな差をつけられ、大手テック企業を生み出すことも出来ていない。橘玲31によれば、テクノ・リバタリアンは、「貧困や戦争、気候変動などの問題は技術的に解決する」ことができ、より効果的により多くの不幸な人たちを救うには「テクノロジーの進歩を加速させなければならない」という思想に基づいて、生き残りをかけた激しい競争を繰り広げている。その結果、テクノロジーの進歩が加速しているという。技術革新を競い合うテクノ・リバタリアンが、EUのデジタル関連規制を嫌悪するのは当然とも言え、EUの規制への攻撃にトランプ2.0を利用することは十分考えられる。

大手テック企業にトランプ1.0は厳しい姿勢をとり、共和党内でも大手テック企業への懐疑的な見方が支配的とされる32が、2.0ではMAGAの牽引役として、より近い関係を築くことになるのか。EUの規範パワーにどのような影響を及ぼすのかも含めて注目されよう。
 
27 アニュ・ブラッドフォード (著), 庄司 克宏 (監修, 翻訳)「ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか」白水社
28SNS投稿管理、米欧に溝 マスク氏「反検閲」にメタ追随」日本経済新聞2025年1月10日
29 Musk examines how to oust Starmer as UK prime minister before next election, Financial Times, January 9 2025
30 アニュ・ブラッドフォード (著), 庄司 克宏 (監修, 翻訳)「ブリュッセル効果 EUの覇権戦略:いかに世界を支配しているのか」白水社
31 橘玲「テクノ・リバタリアンの「危険な賭け」」『Voice』令和7年2月号108-115頁
32 Brandon Bohrn and Peter Walkenhorstv “Trump 2.0: What is at Stake for Europe and Germany” Bertelsmann Stiftung Polocy Brief, October/November 2024

4――おわりに−日本への示唆

4――おわりに-日本への示唆

トランプ2.0は、政治的な目的のために関税という手段を用いる経済的な威圧、領土的野心の実現のための軍事力行使を選択肢として排除していない。中国、ロシアという軍事的にも強大な権威主義、専制主義国に対峙する上で、強気の姿勢が必要とされることは理解できる。しかし、攻撃の対象が、隣接するメキシコ・カナダ、欧州という同盟国・同志国、リベラル民主主義、規範に向いていることは、国際秩序の混乱をもたらすものであり、憂慮すべき事態と言わざるを得ない。

トランプ氏は、「国際政治は大国が牛耳るものであり、小さな国は従うべき」という世界感の持ち主で、第2次世界大戦末期に米英ソ首脳がクリミア半島のヤルタに集まり密約を交わしたような「大国外交を望んでいるフシがある」との見立てもある33

日本にとっての米国の重要性は言うまでもなく、トランプ2.0の米国との対立は回避すべきだが、日米の国力の差を考えれば、交渉だけで問題を解決できると考えるのは楽観的過ぎるだろう。

トランプ2.0に向き合うために力を入れるべきことはEUや日本に限らず、多くの国に当てはまる。まず、グローバルな環境変化に対応した防衛・安全保障体制の整備である。自立を守り、外交を展開するための不可欠な要件となった。

経済・産業・通商政策の面では3方面での努力が必要だ。第1に同盟国・同志国間に対して、連携を通じて米国に対する交渉力を高めることだ。第2にルールに基づく自由貿易や自由な資本移動の恩恵を経済的な発展に結び付けたいと願い、今後のグローバル経済における比重を高めて行くことが見込まれるグローバルサウスの国々に対して、関係を強化することだ。多角化は、トランプ2.0の政策から派生するリスクを軽減することにつながる。第3に国内では、EUで単一市場完成への取り組みが求められるように、日本もトランプ2.0を構造問題解決の好機とし、自由な貿易や自由な資本移動による恩恵を享受できる体制の強化に動くことが望まれる。
 
33 秋田浩之「トランプ「いじめ外交」の本質」日本経済新聞2025年1月14日
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?-のレポート Topへ