2025年01月17日

トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1――はじめに

2025年1月20日に始動する第2期トランプ米政権(トランプ2.0)の政策は2025年のグローバルな経済・金融政策の見通しの不確実性を高める最大の要因だ。

欧州連合(EU)と米国の安全保障、貿易・投資を通じた結びつきは強く、バイデン政権(21年1月20日~)とは、対ロシア制裁、ウクライナ支援、中国リスクの軽減(デリスキング)で共同歩調をとってきた。トランプ2.0の政策転換は、EUに直接的・間接的にさまざまな影響を及ぼす見通しである。米国に比べて停滞する欧州経済(図表1)をさらに下押しし、各国の内政の混迷やEU内の対立をエスカレートさせ、EUの分裂を促すリスクも懸念される。他方で、過去の経験から、トランプ2.0という危機はEUの結束を促すという見方もある。
図表1 主要国・地域の実質GDP
EUではトランプ2.0よりも一足早い24年12月1日に第2期フォンデアライエン体制(VDL2.0)が始動した。

以下、本稿では、トランプ2.0の予想される政策への欧州の対応や影響を概観した上で、VDL2.0のEUの進路と日本への示唆について考察する。

2――トランプ2.0の政策への欧州の対応、影響

2――トランプ2.0の政策への欧州の対応、影響

トランプ2.0の政策について、次期大統領のこれまでの発言などを元に図表2にまとめた1

それぞれの概要と欧州の対応や影響は以下のとおりである。
図表2 トランプ2.0の予想され得る政策と欧州の対応・欧州への影響など
 
1 それぞれの政策実現の可能性、公約等に対する達成度、実現する場合のタイミングについては本稿では立ち入らない。
1|安全保障
安全保障面では、次期大統領は、ウクライナにおける早期の戦闘停止2、中東和平の実現、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防費の増額を求める方針に言及してきた。

うち、ウクライナにおける戦闘停止とNATO加盟国の国防費の増額は、欧州の安全保障に直結する問題である。

欧州にとって、ウクライナでの戦闘が早期に停止し、復興の段階に入ること自体は望ましいが、トランプ2.0が欧州の同盟国の頭越しにロシアとディールをまとめることを懸念する。ロシアに停戦を受け入れさせることを優先するために譲歩する一方で、米国がウクライナへの関与を弱めることは、国境に隣接する国々を中心に欧州の安全保障面での脅威の増大につながる3

欧州が、ウクライナ支援で米国の肩代わりをすることには限界があるが、ギャップを埋める努力は必要になる。1月14日にはフランス、英国、ドイツ、イタリア、ポーランドの5か国の国防相が会談をし、15日にはドイツのピストリウス国防相がキエフを訪問した。フランスのマクロン大統領は、23年2月にウクライナへの平和維持部隊の派遣構想を打ち出しており、ゼレンスキー大統領は、同構想について、マクロン大統領と14日に協議したことも明らかにしている4。同構想は、欧州とロシアの直接対決につながるとの懸念などから欧州諸国の反発を招き、現時点でも、広く賛同を得るには至っていない模様だ。

NATO加盟国の国防費の2%目標は、オバマ政権期の2014年9月に合意し、2024年を期限とするが、次期大統領には1期目で「NATO離脱」をカードに引き上げを迫ったことが目標の達成を促したとの自負がある5

トランプ次期大統領は、カナダやグリーンランド、パナマ運河を巡る物議を醸す発言が飛び出した今月7日の会見6で、NATOの国防費の目標について「5%まで引き上げるべき」との考えを述べている。

2章で見る通り、VDL2.0では、欧州レベルでの防衛・安全保障体制の強化を進める方針である。NATOの国防費の目標は、今年6月開催の首脳会議での合意を目指し、2030年までに3%に引き上げる案を検討し始めていると報じられている7。トランプ2.0の要求水準と現実的な妥協点を探ることが目標となる。
 
2 大統領選挙期間中は24時間以内と述べてきたが、今月7日の私邸「マルアラーゴ」での会見(Donald Trump full speech at Mar-a-Lago ahead of inauguration)では「6カ月以内」に発言を後退させている。
3 小泉悠「ウクライナ「停戦」シナリオを読む」『中央公論』2025年2月号36-43頁が様々な停戦のシナリオについて論じている。トランプ2.0が早期停戦を優先し、ウクライナを信頼に足る安全保障の保証がない状態に放置することが将来のより深刻な事態につながるリスクを論じたものとして、Orysia Lutsevych OBE “A rapid ceasefire in Ukraine could lead Donald Trump into a Russian trap“ Chatam House Expert comment, 9 January 2025
4 Zelensky Macron discuss Western troops deployment in Ukraine before German defense chief visits, AP, January 15, 2025
5 NATO Defence Expenditure of NATO Countries (2014-2024) によれば、2014年には2%を超えていたのは、米国、英国、ギリシャの3カ国のみであったが、2024年にNATO加盟32カ国のうち23カ国の達成が見込まれるようになった。ロシアのウクライナ侵攻という欧州の安全保障環境の激変が後押した面も大きい。
6 前掲注2参照。カナダについては軍事力の行使は否定する一方、グリーンランドとパナマ運河については領土的野心を実現するための軍事力の行使や経済的威圧を行う可能性を排除しなかった。
7 Nato’s European members discuss 3% target for defence spending, Financial Times, December 12 2024。2024年の米国の国防費のGDP比も3.38%で5%とは距離がある。欧州のNATO加盟国では、7カ国が2024年目標に未達であり、スペインが1.28%で最下位、大国ではイタリアが1.49%に留まっている。
2|政治・外交
トランプ2.0は、スローガンのMAGA(Make America Great Again〈米国を再び偉大にする〉)を推進する。外交政策においては自国第一主義の抑制主義的傾向を強めると見られ、次項の関税政策をカードとして活用する。国務長官にマルコ・ルビオ氏、国家安全保障担当の大統領補佐官にマイク・ウォルツ氏など対中強硬派を指名した。ルビオ氏、ウォルツ氏は、自国第一の抑制主義とは一線を画し、同盟国との連携を重視するスタンスとされる8。中国との関係はG7で合意したデリスキング(リスク軽減)よりもデカップリング(分断)を指向する傾向が強まると見られている9

バンデン政権との違いは、同盟国・同志国がディールの対象となる点である。

対欧州では、トランプ1.0でEU離脱を決めた英国を賞賛し、分裂を支持するような言動をとった。次期大統領はハンガリーのオルバン首相、イタリアのメローニ首相など右派の政治家と近い関係にある。24年6月の欧州議会選挙でも極右ポピュリスト政党が勢いづき、イタリア、オランダのように右派ポピュリスト政党が第1党となり、連立政権で重要なポジションを占めるケースも増えている。トランプ2.0では、EUの統合を推進してきた主流の中道派ではない非主流派の立場を強化する可能性がある。

但し、それにより、EUの分裂圧力が一気に強まるということにはならないだろう。24年6月の欧州議会選挙では右派~極右会派が勢力を伸ばしたが、会派は3つに分裂、広範な連携に至らなかった10。右派の主流化とともに、極右を阻止する防疫線(コルドンサニテール)はかつてほど強固なものではなくなり、親EU、法の支配の尊重、ウクライナ支持などで一致できるかなどの条件に基づく現実的なパートナーシップに形を変えつつある。24年9月に総選挙を実施したオーストリアでも、右派ポピュリスト政党が主導する連立政権の樹立が見込まれるようになっている。オランダの事例のように、極右ポピュリスト政党が第1党になった場合でも、他党との連立が必要になることが、政策の急展開の歯止めとして働く。
 
8 渡部恒雄「アメリカ外交はどこへ向かうのか-弱い政権基盤と矛盾する政策志向」『中央公論』25年2月号を参考にした。
9 米コンサルティング会社ユーラシア・グループは、2025年の10大リスクのトップを世界的なリーダーシップの欠如という「Gゼロ世界の混迷」とし、第3位を「米中決裂」とした。他方で、トランプ氏の方針によって米中がディールに動くとの見方もある(垂水秀夫「米中のディールに取り残されるな!」『Voice』 令和7年2月号16-25頁)
10 メローニ首相の「イタリアの同胞」はECR、オルバン首相の「フィデス」はフランスの国民連合などとともにPfEを形成、ドイツのAfDは他国の少数の極右政党とともにESNを形成している。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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