2024年12月24日

東南アジア経済の見通し~米トランプ政権発足で景気下振れリスク高まる

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(経済概況:財輸出と製造業の回復により景気上向き)
東南アジア5カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム)は今年景気の上向き傾向がみられる。2023年は財輸出が落ち込み景気が減速したが、2024年に入ると米国の底堅い消費需要や国際的なIT関連需要の増加により財輸出が回復し始めた。また内需は、昨年から金融引き締めの累積効果が家計や企業活動の重石となっているが、インフレ圧力の緩和や労働市場の改善、政府主導のインフラ開発などが下支えとなり堅調な伸びを維持している。
(図表1)実質GDP成長率 2024年7-9月期の実質GDP成長率(前年同期比)をみると、ベトナム(同+7.4%)とタイ(同+3.0%)の2カ国が前期から上昇した一方、マレーシア(同+5.3%)やフィリピン(同+5.2%)、インドネシア(同+4.9%)の3カ国が前期から低下した(図表1)。総じて経済の輸出依存度の高いベトナムとマレーシア、タイは輸出拡大により製造業が回復して景気上向きの傾向がうかがえる。またフィリピンは悪天候の影響で景気の減速が目立ったが、インドネシアは底堅い成長を維持している。
(図表2)消費者物価上昇率 (物価:インフレ率は緩やかな上昇へ)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は落ち着いた動きとなっている(図表2)。2022年は世界的なインフレの波が東南アジアにも到来したが、昨年はエネルギー価格の下落や各国中銀の金融引締め等によりインフレの鈍化傾向が続いた。そして今年前半は天候要因を背景とした食料インフレや通貨安を受けて上昇傾向がみられたものの、インフレは概ね安定して推移した。

先行きのインフレは上昇に転じるが、緩やかな伸びにとどまる展開を予想する。労働市場の改善や賃金上昇など各国の雇用所得環境は改善しており、需要側の要因から徐々にインフレ率が上向くものとみられる。また足元では来年の米国の利下げ観測が後退しており、東南アジア各国の通貨には下落圧力がかかりやすく、輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力がかかる可能性がある。もっとも、これまでの利上げの累積効果が続くほか、来年は外需の下押しにより成長ペースが抑制されるなかで物価上昇が緩やかな伸びにとどまるだろう。
(金融政策:インドネシアとフィリピンが追加利下げ実施へ)
東南アジア5カ国の金融政策は、インフレが加速した2022年に利上げ局面が始まったが、昨年インフレが落ち着きを取り戻すなかで、各国中銀は徐々に利上げ局面を終了させた(図表3)。そして今年後半に米国の利下げ観測が高まったタイミングでは東南アジア通貨が上昇するなど金利引下げ余地が生まれたため、いくつかの国では金融緩和に踏み切っている。フィリピンは米国に先行する形で8月から3会合連続の計0.75%の利下げを実施した。またインドネシアは9月に、タイは景気低迷により10月にそれぞれ0.25%の利下げを実施した。
(図表3)政策金利の見通し 先行きはフィリピンとインドネシアが金融緩和を続けると予想する。先行きのインフレ懸念が強くないため、金融緩和の時期やペースは為替動向に左右される。足元では米国の利下げ観測が後退して東南アジア通貨は再び下落傾向にあり、積極的に利下げを続けられる状況ではなくなってきている。しかし、フィリピンとインドネシアはこれまでの金融引き締めが積極的だったため金利の引下げ余地がある。両国とも国内経済は過熱感がなく、今後の物価上昇は緩やかなものと予想されるため、両国中銀は堅調な成長モメンタムの形成・維持に向けて、来年末にかけてインドネシアは計0.75%、フィリピンは計1%の利下げを実施すると予想する。一方、マレーシアとタイ、ベトナムは金利の引き下げ余地が大きくないことや堅調な輸出より景気見通しが比較的良好であることから金融政策を据え置くと予想する。なお、米トランプ政権の通商措置により成長とインフレ見通しが下振れる展開となれば、東南アジア各国中銀は金融緩和に前向きになるだろう。
(経済見通し:米トランプ政権の通商政策の影響次第では成長下振れの可能性も)
2025年は輸出の増勢が弱まるだろうが、内需を中心に底堅い成長が続くだろう。

外需はIT関連需要の継続的な拡大が予想されるものの、増勢は鈍化する可能性がある。世界経済は米国の政策の不確実性や米中対立の激化、世界的な貿易保護主義的な措置の広がりなどが重荷となり輸出がやや減速しそうだ。もっともインフレ抑制に成功した国の多くで金融緩和が進むなかで景気減速は限定的となり、年末にかけて徐々に景気が上向くとみられる。東南アジア諸国は今のところ米トランプ政権の貿易措置の直接的な対象となっていないため、財輸出は増加傾向を維持するだろう。米国が中国に対して追加輸入関税を課した場合、インドネシアのように対中貿易依存度の高い国はマイナスの影響を受けやすいが、中国からの生産移転先として多国籍企業から投資が流入して成長にプラスの影響をもたらす可能性もあり、国によって影響に差が生じることとなりそうだ。

またインバウンド需要はコロナ禍からの経済正常化により盛り上がりをみせた過去2年間と比べて勢いは落ちるものの、持続的な回復が予想される。特にアジア地域の海外旅行需要はコロナ禍からの回復の途上にあり、今後は中国人観光客の復調が予想されるほか、ビザ優遇措置などの各国政府の観光促進策が外国人観光客の増加に寄与するとみられる。
(図表4)実質GDP成長率の見通し 内需は堅調な伸びを維持するだろう。労働市場の改善や賃金上昇、インフレ圧力の緩和によって家計の実質所得が増加するため、民間消費は堅調に推移するだろう。また投資はグローバルサプライチェーンの再構築やデータセンターの投資ブームなどから域内に海外資本が流入するため底堅い成長が続くと予想する。また金融緩和を実施する国では、これまで家計・企業の活動を圧迫していた金融引締めの累積効果が和らぐだろう。

国別にみると、経済の輸出依存度が高いベトナム、マレーシアは輸出と製造業の回復によって2024年が高い成長となっただけに、2025年は成長率が鈍化しやすい(図表4)。一方、フィリピンとインドネシア、タイのように景気動向が緩慢だった国は堅調な成長軌道が続くだろう。

(2024年12月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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