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生理を止めるという選択肢-低用量ピルからディナゲストへのパラダイムシフト、積極的に子宮や卵巣を守る時代へ-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛
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1――はじめに
現代の日本では、結婚し子どもを産む選択肢が必ずしも当たり前ではなくなってきた上に、結婚・出産を選択する者においても、自身の学歴やキャリアを優先し社会的基盤を築いてから家族計画をはじめて意識するなどの後ろ倒し傾向が認められている。
この様なライフスタイルの多様化が及ぼす弊害のひとつとして、月経困難症や子宮内膜症などの月経随伴症状の発症リスクが指摘されており、仕事との両立の観点からも無視できない疾患となっている。一方で、これら疾患に対応する日本の治療トレンドも転換期を迎えており、最新の知識をうまく活用すれば女性のQOLを格段に向上させることができる段階にまで来ている。
本稿では、月経困難症や子宮内膜症の機序とその要因、治療トレンドの変遷や治療薬に関する最新知識について概説する。
1 厚生労働省 令和4年人口動態統計(報告書)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html
2 厚生労働省 令和5年(2023)人口動態統計月報年計(概数)の概況,結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai23/index.html
2――月経困難症・子宮内膜症と現代女性のリスク
まず、月経困難症とは3、月経に付随して生じる病的な症状のことであり、月経時あるいは月経直前より始まる強い下腹部痛や腰痛を主症状として、腹部膨満感や嘔気、頭痛や疲労などの様々な症状が出現することが報告されている。筆者が実施した調査4においても月経に付随した症状として23症状が認められており、月経中は下腹部痛が7割、月経前にはイライラ症状が2割強ほど出現することが確認されている。日本産婦人科医会によると5、月経困難症は16歳~49歳の生殖年齢女性の25%以上に認められており、若年女性ほどその頻度が高いことが報告されている。
また、月経困難症は、子宮内膜症などに起因する器質性月経困難症と、特定の疾患により起因しない機能性月経困難症に区分される。若年女性では、機能性の発症頻度の方が高いが、稀に子宮内膜症や子宮筋腫、子宮腺筋症などの器質性が隠れていることもあり、近年では10~20歳代の女性において子宮内膜症が増加していることも報告されている。子宮内膜症は、子宮の内膜が本来あるべき場所以外に発生し発育してしまう疾患であり、女性ホルモンの影響で月経周期に合わせて増殖し、月経時に排血されずに蓄積されてしまい、周期の組織と癒着し様々な痛みを引き起こす病状が知られている。加えて、子宮内膜症患者の約30%に不妊症があると報告されており、早期の治療が望まれるものである。
3 日本産婦人科医会 (1)月経困難症 https://www.jaog.or.jp/note/%EF%BC%881%EF%BC%89%E6%9C%88%E7%B5%8C%E5%9B%B0%E9%9B%A3%E7%97%87/
4 乾 愛 基礎研レポート「日本の10歳代女性における月経に伴う諸症状に関する実態調査(1)」(2023年2月28日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74017?site=nli
5 日本産婦人科医会 5.月経困難症 https://www.jaog.or.jp/lecture/%e6%9c%88%e7%b5%8c%e5%9b%b0%e9%9b%a3%e7%97%87/
上述した月経困難症や子宮内膜症が増加している要因のひとつに、現代女性の月経回数の増加が指摘されている。現代の女性は、生涯に経験する月経(生理)が450~500回ほどとされており、平均月経回数が50回であった1900年代と比較すると、実に9~10倍以上の頻度で月経を経験していることとなる。また、1970年代と比べ、2020年代では月経期間が長くなっている。
本来であれば、月経が発来する平均12歳ごろから閉経する平均50歳頃までの約38年間の間に、妊娠により約10カ月×複数回の期間において月経は停止し、女性ホルモンに曝されないはずである。
しかし、現代では、妊娠・出産年齢の後ろ倒し、もしくは妊娠を選択しない、また妊娠・出産回数の減少、さらには産後に人工乳を選択することにより、月経の再開が早くなり、女性ホルモンの長期的な影響を受けることになり、その結果、子宮内膜症や子宮筋腫、卵巣がんや乳がんなどの発症リスクが増大するのである6。
6 日本産婦人科腫瘍学会「子宮内膜症と卵巣がんとの関係について」https://jsgo.or.jp/public/naimaku.html
3――月経困難症や子宮内膜症に対する治療法
では、月経困難症や子宮内膜症のリスクを抱える現代女性には、どの様な治療法があるのか。まずは従来の治療薬をみていく。まず、月経困難症や子宮内膜症への治療として、低用量ピルの内服が第一選択となっている。元々低用量ピルは、避妊薬として開発された薬剤であるが、現在では月経痛(生理痛)の緩和に効果を発することが判明しており、月経困難症の治療薬として使用されている。

しかし、近年、月経困難症や子宮内膜症の治療法に「月経を止める」という革新的な治療法が登場した。ディナゲスト(ジェノゲスト)は、従来の低用量ピルとは異なり、卵胞ホルモンであるエストロゲンが含まれておらず、黄体ホルモンであるプロゲステロンのみで生成されているという特徴がある。これによって、卵巣の働きを抑えて排卵を停止させ、月経を引き起こさないように働きかけることが可能となった。近年、月経そのものが子宮や卵巣にダメージを与えていることが判明しており、自身が分泌するエストロゲンによって子宮内膜症や子宮筋腫などのエストロゲンに依存する疾患が増幅することが分かってきた。前述した低用量ピルの内服についても、基本的に毎月月経を引き起こす周期投与から、3~4か月ごとに月経を引き起こす連続投与に移り変わりつつあり、これも月経の回数を減少させることで子宮や卵巣を保護することを目指したものである。その点、ディナゲストは、内服を開始すると完全に月経が停止されるため、子宮や卵巣を守る効果が非常に優れていると言える。月経の期間が長くなり回数が増加した現代女性に対して最適な選択肢となりうる。
また、低用量ピル同様に、子宮内膜や病巣に直接働いて増殖しないように抑制させる効果も期待できる。通常、子宮内膜が肥厚化すると排出しようと子宮を収縮させる痛みの原因となる物質が放出されるが、ディナゲストでは、子宮内膜の肥厚化を抑制させることで、内膜排出のために生じる過度な子宮収縮を緩和させることができる。また、低用量ピルでは、その重篤な副作用として血栓症の発症リスクがあげられ、高脂血症や高血圧の持病を抱える方や肥満の方、子宮頸がんや乳がんのある方、肝機能障害や腎機能不全の方などは内服できないなどの制約がある。しかしディナゲストでは、血栓症のリスクが生じない為、初経を経験したばかりの10歳代から閉経間近の50歳頃まで幅広い年齢層に適用できるというメリットがある。
一方で、生理が来なくなることに不安を抱く声も聞かれるが、排卵した結果、子宮内膜が肥厚し、その排出に伴い生じる毎月の出血や子宮収縮の痛みは、妊娠するためには不要な現象である。妊娠するか否かに必要なのは、生理ではなく排卵であり、その排卵を適切にコントロールすることで、無駄な排卵を抑制することができる。基本的に、妊娠のしやすさである妊孕性は、卵巣の卵子の数に依存し、毎月の排卵によって閉経までに徐々に減少していく。そのため、排卵を停止することで、無駄な卵子の損失を回避し、妊娠を望むタイミングで内服を辞めると再度排卵が再開され、効率的に妊娠に結びつく可能性がある。
また、不妊症リスク回避の他にも、低用量ピルと比較し鎮静効果が高いことが報告されており、月経が停止されるため体内のホルモン変動が消失するため、PMS(月経前症候群)などの症状も基本的には消失すると言われている。さらに、低用量ピルは内服開始後の「吐き気」が酷く、内服を継続できない事例が散見されるが、ディナゲストは嘔気が生じにくいため低用量ピルの副作用が生じた方にも勧められる。同様に、骨代謝回転7を下げないデータもあり若年女性にも使用可能で、更年期症状も出にくいため50歳代の女性にも使用しやすい。その上、ディナゲストは、2020年5月から保険適用となり、同年6月からはジェネリック処方も開始されており、保険診療のため自己負担も軽減できる。
一点、ディナゲストの副作用として、内服開始後に9割の方が不正出血を経験することが報告されている8。これは、内膜を偽脱落膜化させる作用と、卵胞の発育を抑制しエストロゲンの上昇を抑制させる作用が影響し、内膜が薄くはがれやすい状態になるからである。しかし、不正出血のリスクは低用量ピルの内服についても同様であり、効果と副作用について正しく理解した上で、必ずかかりつけ医と相談しながら治療薬の種類や内服可否を決定する必要がある。
本稿では、子宮や卵巣を積極的に守るために「生理を止めるという新しい選択肢」をご紹介した。しかし、いまだ日本では国際指標では当たり前である「かかりつけ婦人科を持つ女性の割合」や「低用量ピルの内服率」に関する実態調査さえも実施されていない。子どもの婦人科受診行動は、親のヘルスリテラシーに左右されるという文献報告もあり、適切なプレコンセプションケア教育を受けていない成人層から子どもへの知識伝聞の機会は少ない。また、親世代もかかりつけ婦人科がない場合も多く、本稿の様な最新の知識を得る機会も非常に少ない。今回ご紹介した新たな選択肢が、月経に伴う諸症状で苦しんでいる、もしくは受験や社会生活の中で不利益を被っている女性の一助になることを願うものである。
7 骨代謝回転とは、骨の吸収と骨形成の繰り返しのことを指す医学用語である。エストロゲン(女性ホルモン)には骨形成を促進し骨吸収を抑制する作用があり、不足すると骨代謝回転に影響し、骨粗しょう症になりやすくなる。低用量ピル等を月経開始間もない女性に使用する際には留意が必要と記載されているが、ディナゲストは骨代謝回転に影響を及ぼさないデータが得られている。
8 Irahara M, et al. Reproductive Medicine and Biology 2007; 6: 223-8.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1447-0578.2007.00189.x
(2024年12月17日「基礎研レター」)
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03-3512-1847
- 【職歴】
2012年 東大阪市入庁(保健師)
2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)
【資格】
看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者
【加入団体等】
日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会
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