2024年12月06日

インド経済の見通し~豊作と政府の設備投資の回復により景気が回復、再び内需主導の高成長軌道へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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GDP統計の結果:7四半期ぶりに+5%台に減速

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) 2024年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比+5.4%となり前期の同+6.7%から低下、Bloombergが集計した市場予想(同+6.5%)を下回った1(図表1)。

7-9月期の実質GDPを需要項目別にみると、内需は民間消費が前年同期比+6.0%(前期:同+7.4%)、総固定資本形成は同+5.4%(前期:同+7.5%)とそれぞれ鈍化した。一方、政府消費が同+4.4%(前期:同▲0.2%)と回復した。

外需は、輸出が同+2.8%(前期:同+8.7%)と鈍化し、輸入が同▲2.9%(前期:同+4.4%)と減少した。
(図表2)インドの実質GVA成長率(産業別) 2024年7-9月期の実質GVA成長率は前年同期比+5.6%(前期:同+6.8%)と低下した(図表2)。

産業部門別に見ると、まず第三次産業が同+7.1%(前期:同+7.2%)と堅調な伸びが続いた。貿易・ホテル・交通・通信(同+6.0%)が加速した一方、行政・国防(同+9.2%)と金融・不動産(同+6.7%)が鈍化した。

第二次産業は同+3.6%(前期:同+8.3%)と低下した。シェアの大きい製造業が同+7.0%(前期:同+8.9%)をはじめとして建設業が同+7.7%(前期:同+10.5%)、電気・ガスが同+3.3%(前期:同+10.4%)、鉱業が同▲0.1%(前期:同+7.2%)と、それぞれ鈍化した。

第一次産業は同+3.5%(前期:同+2.0%)と加速した。
 
1 11月29日、インド統計・計画実施省(MOSPI)が2024年7-9月期の国内総生産(GDP)統計を公表した。

経済概況:消費と投資、財輸出が揃って減速

経済概況:消費と投資、財輸出が揃って減速

2023年度は世界的な景気減速と物価上昇、インド準備銀行(RBI)の金融引き締めが逆風となるなかでも、インド経済は堅調な国内需要に支えられて3年連続で年間+7%以上の成長が続いたが、今回発表されたGDP統計では2024年7-9月期の成長率が前年同期比+5.4%と、2四半期連続で低下した。+6%割れの成長率は2022年10-12月期以来だ。

7-9月期の成長率低下は消費と投資、輸出が揃って減速した影響が大きい。まずGDPの約7割を占める民間消費(同6.0%)は、好調だった前期の同7.4%から鈍化した。食品インフレや南西モンスーンの大雨、ピトリ・パクシャと呼ばれる贅沢を控えて先祖を供養する期間2の大半が9月だったことが消費の重石となった。

投資は4-6月期が同+7.5%と堅調な拡大が続いていたが、7-9月期は同+5.4%となり、6四半期ぶりの水準に鈍化した。高金利や豪雨による新規プロジェクト開始の遅れが影響して政府部門の設備投資が鈍化した影響が大きかった模様だ(図表3)。

他方、政府消費は4-6月期が同▲0.2%と、総選挙期間中につき政府支出が制限されていたが、7-9月期は支出が加速して同+4.4%と上昇した。

純輸出は財・サービス輸出が同+2.8%となり、前期の同+8.7%から大きく鈍化した。通関ベースの貿易統計をみると、財輸出(同▲2.6%)が失速した一方(図表4)、ITサービスが好調を続けるサービス輸出(同+13.6%)は二桁成長だった。一方、財・サービス輸入(同▲2.9%)は内需の弱さを裏付けるように減少、輸出の伸びを下回った結果、純輸出の成長率寄与度は+1.5%ポイント(前期:0.7%ポイント)と拡大した。

以上よりインド経済は7-9月期の成長率が6%割れの低調な結果だった。季節的な要因や一時的な要因、政府部門の設備投資の減速による景気循環的な要因が影響しており、実体経済は表面上の数字ほど悪い状況にはみえないが、景気のモメンタムが低下していることは否定できない。
(図表3)連邦政府の資本的支出/(図表4)インドの貿易動向
 
2 ピトリ・パクシャの期間は2024年が9月18日~10月2日、2023年が9月29日~10月14日。

物価の動向

(物価の動向)穀物供給の拡大により食品インフレが鈍化

(図表5)消費者物価上昇率 インフレ率(消費者物価上昇率)は、昨年後半から食品価格の高騰が続いており、今年前半は概ね前年同月比+5%前後の水準で推移していた。7-8月は同+3%台まで低下したが、10月には同+6.2%まで上昇し(図表5)、1年2ヵ月ぶりにインド準備銀行(中央銀行、RBI)の物価目標の上限である+6%を上回った。インフレ率が上下に振れる形となっているのはベース効果による影響が大きいが、物価上昇の主因は野菜価格の高止まりと食用油の国際商品市況の上昇である。特に野菜価格は日持ちしないため一時的な価格高騰が起こりやすい。10月のCPIの内訳をみると、主に野菜や食用油といった食品価格(同+10.9%)の上昇が全体を押し上げた。コアCPI(同+3.7%)は上向いているが落ち着いた水準にあり、燃料・電力(同▲1.6%)はマイナス圏での推移が続いている。

先行きは野菜価格の高止まりが続く可能性はあるものの、カリフ(雨期)作の農作物の到来によって穀物供給が増加するため、11月以降はインフレ圧力が和らぎ、4%台まで低下していくだろう。ラビ(乾期)作も順調な生育が予想されている。農業生産の増加によって農村部の需要が増加するため、インフレ率は徐々に下げ止まり、再び上向きに転じるだろう。また異常気象や地政学的緊張を背景とする食品価格やエネルギー価格の不確実性は引き続きインフレリスクとなるだろう。

結果として、インフレ率は食品価格の高騰が和らぐため23年度の+5.4%から24年度が+4.7%、25年度は4.5%と低下すると予想する。

金融政策の動向

(金融政策の動向)来年2月に利下げ開始

(図表6)政策金利と銀行間金利 RBIは2022年にコロナ禍からの経済回復とインフレ加速、米国の利上げに伴う自国通貨安を受けて金融引き締めを開始すると、2023年2月にかけて政策金利(レポレート)を4.0%から6.5%まで引き上げた(図表6)。その後はCPI上昇率を4%の目標水準に引き下げることを目指してタカ派的な姿勢を維持してきたが、今年10月の金融政策委員会(MPC)では先行きの食品インフレに対する警戒感の後退から、RBIは金融政策のスタンスを「緩和策の撤回(引き締め的)」から「中立」に変更している。12月の会合ではインフレの高止まりを理由に利下げを見送ったものの、預金準備率を0.5%引き下げた。

先行きは、RBIが利下げを開始すると予想する。カリフ作の穀物供給が増えて今後数カ月で食品インフレが和らぐみられるため、来年2月の会合で政策金利の引下げを実施するだろう。RBIは2025年度末にかけて計3回の利下げを実施すると予想する。

経済見通し

(経済見通し) 豊作と政府の設備投資の回復、そして利下げにより成長加速へ

先行きのインド経済は高金利の長期化やインフレの高止まり、天候不順の影響が引き続き景気の重石となるが、10-12月期は農業生産の増加や政府支出の回復に支えられる形で景気回復に転じるだろう。来年には段階的な金融緩和が始まり、内需が順調に推移して6%台後半の成長ペースが続くと予想する。

今年のカリフ作の穀物生産量は南西モンスーンの良好な降雨と作付面積の増加により前年比+5.7%と好調が予測されている。ラビ(乾期)作も貯水池や地下水の水量の増加による順調な生育が予想されており、作物が市場に供給されることで食品インフレが和らぐと共に農家の収入が増えることで農村部の需要が回復するとみられる。また都市部も7-9月期の失業率が6.4%と低水準で推移するなど雇用環境は安定している(図表7)。10月以降はインド人が高額商品を購入する祝祭シーズンや結婚シーズンに入るため民間消費が活発化するものとみられる。

投資については高金利環境の長期化が重石となるが今後は政府部門の設備投資が拡大して復調するだろう。今年度は総選挙や大雨などにより予算の執行が遅れて4月~10月の政府部門の設備投資は前年同期比▲14.7%の減少となった。24年度後半は予算執行の加速により中央政府と州政府の両方の設備投資が拡大すると予想される。もっとも24年度予算の資本支出11.1兆ルピー全額を消化するのは難しく、政府がどれだけ予算執行を加速させられるかによって景気回復が左右されることになりそうだ。

外需は、ITサービス輸出の好調を維持するだろうが、米国における緩やかな景気減速を主因に財輸出が伸び悩み、財・サービス輸出全体では緩やかな増加にとどまるだろう。しかし輸入は内需の回復により順調に推移するとみられるため、外需の成長率寄与度は再びマイナス寄与となりそうだ。

以上の結果、成長率は23年度(前年度比+8.2%)から低下するものの、24年度が同+6.5%、25年度が+6.7%と高めの成長を維持すると予想する(図表8)。
(図表7)都市部の失業率と労働参加率/(図表8)経済予測表
 
 

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(2024年12月06日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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