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東京の出生率はなぜ低いのか ――少子化をめぐる「都市伝説」
上智大学 経済学部 中里 透
だが、これらの理由は出生率の数字を見て、後から理由を考えているようなところがある。たしかに東京の住居費は嵩むが、その分だけ総じて収入も多い。満員の通勤電車は大変だが、どこに行くにも車が必要で、車がないと生活できない地域も不便だ。混雑がひどく過密なのが問題ということであれば、東京都中央区の出生率が全国平均を上回っているのはなぜなのだろう。
これらのことからすると、よく見かける「分かりやすい」説明を鵜呑みにせず、冷静にデータをながめて出生率の問題を考えるほうがよいということになる。
ここまで「出生率」と書いてきたのは、合計特殊出生率と呼ばれる指標のことだ。「特殊」とあると馴染みがないもののように思われるかもしれないが、ふだん最もよく目にする出生率の指標である。合計特殊出生率とはどのようなものか、ここで改めて確認しておくと、15~49歳の女性を対象に、各年齢層の女性が1年間に産んだ子どもの数とその年齢層の女性の数から年齢層ごとの出生率を求め、それを足し上げて算出される出生率の指標である。忘れてはならないのは、合計特殊出生率を計算する際の「分母」には未婚の女性も含まれるということだ。このことが、以下の議論のポイントとなる。
そこで、15~29歳と30~49歳の年齢層に分けて合計特殊出生率の内訳をみると、30~49歳については、東京都、東京都区部、全国の出生率がいずれも0.83となる。これに対し、15~29歳については全国が0.50であるのに対し、東京都は0.28、東京都区部は0.26となっている(上記のデータは「平成30年~令和4年人口動態保健所・市区町村別統計」(厚生労働省)をもとに算出)。ここからわかるのは、東京都の出生率が低いのは、20代の女性の出生率が低いからだということになる(15~19歳については結婚・出産をする人がそもそも少なく、この年齢層の出生率が15~49歳全体の出生率に与える影響はとても小さいことに留意)。
20代の女性は未婚率が高く、進学や就職で他地域へ転居をする人も多い。したがって、この年齢層の女性が数多く流入する地域では、データとして観測される出生率は自ずと低くなる。合計特殊出生率を計算する際の「分母」には未婚の女性も含まれるため、未婚女性が多い地域では出生率の数値が低くなりがちだ。そのような地域の典型例が東京都ということになる。
東京都に住んでいる女性の大きな特徴は、大卒・大学院卒の割合が他の地域に比べて高いということだ。25~29歳の女性について見ると、出生率が高いとされる県に比べ大卒・大学院卒の割合が1.5倍、場合によっては2倍近い水準となる。一般に学歴が高くなるほど初婚年齢が高くなる傾向があるから、このことを踏まえると、東京都に住む20代の女性の未婚率が他の地域に比して高く、出生率が低くなるのは自然な話ということになる。
「東京は生活環境や子育ての環境に恵まれないから出生率が低くなる」という説明が妥当なものであるかを確認するには、結婚している女性を対象にした出生率(有配偶出生率)のデータを見ることが役に立つ。もしこの説明が正しければ、子育ての環境に恵まれない東京都の有配偶出生率は低くなるはずだ。だが、東京都区部(23区)の有配偶出生率は一部の区を除き全国の平均的な値を上回っている(図表)。この中には有配偶出生率が高いにもかかわらず、合計特殊出生率で見ると全国平均を大きく下回る区があるが(新宿区や渋谷区など)、それはこれらの区が、独身の女性が好んで住む場所でもあるからだ。
出生率が低い東京から出生率が高い地方への人口移動を促せば少子化と人口減少の問題が解決できるという話は分かりやすいが、出生率が人口移動の結果として決まる指標でもあることを考慮しないと、思わぬ判断ミスをすることになりかねない。東京一極集中と地方創生をめぐる議論においては、これらのことを踏まえ、誤りのない政策対応がなされることが望まれる。
(2024年12月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)
上智大学 経済学部
中里 透
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日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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