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少子化対策をめぐる不都合な(?)真実

上智大学 経済学部 中里 透
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こうしたもとで少子化への対応が急務と認識され、岸田総理は今年の年初に「異次元の少子化対策」の実施を表明した。これに沿って、少子化対策予算の「倍増」に向けた取り組みが進められている。はたしてこの対応はうまくいくのだろうか。以下ではこの点について考えてみたい。
少子化対策は伝統的には男女共同参画の文脈のもとで論じられてきた。最近はそこに地方創生の視点が加わった。前者におけるテーゼは「女性が働きやすい社会をつくることが出生率の引き上げにつながる」というものであり、保育所の整備によって待機児童の解消を図ることが重要な課題とされてきた。この観点から少子化対策が論じられる際にしばしば用いられてきたのが、「先進国(OECD加盟国)では女性の就業率と出生率の間に正の相関関係がみられる」ということを示すグラフである。
このことから示唆されるのは、女性が働きやすい社会をつくることは大事なことであるが、そのことをことさら少子化の問題と結びつけて考えないほうがよいということだ。保育所の整備をはじめとする子育て支援策は、出生率を引き上げるための政策というよりは、子どもを持つ女性の就業環境を整えるための施策ととらえるほうがよいだろう。この10年ほどの取り組みの結果、待機児童の問題は相当程度緩和されたが、そうした中にあっても出生率はむしろ低下してしまったという事実にも留意が必要となる。
後者、すなわち地方創生と少子化対策を結び付ける議論のテーゼは「東京一極集中を是正し地方分散を進めることが希望出生率1.8の実現につながる」というものだ。この議論では都道府県別の出生率において東京都が最下位となっていることがしばしば指摘される。だが、ここで留意が必要なのは、合計特殊出生率を計算する際の「分母」、すなわち出産可能年齢の女性の数には未婚者も含まれるということである。実際、有配偶者のみを対象として出生率を計算すると、東京都の出生率は全国平均かそれをやや上回る水準となっている。
ここからわかるのは、東京が「人口のブラックホール」であるというのはやや偏った見方であること、もし仮にそうだとしても、その場合には未婚者の結婚を支援する取り組みを少子化対策の柱にしないといけないということだ(日本では婚外子はとても少ないことに留意)。
「異次元の少子化対策」では2030年代初頭に予算を「倍増」させることが謳われているが、実はこの10年ほどの間に少子化対策の予算が2倍近くになった国がある(2013年度と2023年度で比較)。それは日本だ。それにもかかわらず出生率は低下を続けている。現実的に考えれば、2025年に実現するとされている希望出生率1.8の達成は見込めそうにない。出産可能年齢の女性の数が大きく減り(「1.57ショック」が話題になった1990年と比べると約700万人の減少)、今後もさらに減少していくと見込まれることを併せて考えると、出生数の回復は出生率以上に厳しい状況にある。
少子化対策をめぐる議論では財源確保の問題ばかりがクローズアップされるが、はたして予算の「倍増」によって所期の目的を達成することができるのか、それは費用対効果に見合うことなのかを改めて考えてみることが必要だろう。人口減少を前提に、社会の仕組みを変えていくことに政策の重点を移すことと比べた場合の得失も冷静に見極める必要がある。
1 この点についてはKögel,Tomas(2004)"Did the Association between Fertility and Female Employment within OECD Countries Really Change Its Sign? , Journal of Population Economics, 17(1) を参照のこと。
2 この点の詳細については 足立泰美・中里透(2017) 「出生率の決定要因:都道府県データによる分析」『日本経済研究』No.75,日本経済研究センター を参照のこと。
(2023年12月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)
上智大学 経済学部
中里 透
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