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医師の偏在是正はどこまで可能か-政府内で高まる対策強化論議の可能性と選択肢

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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6――医師偏在を巡る最近の動向(2)~財務省の提案~
この問題について、財務省も独自の視点で問題提起した。2024年4月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)の席上、都道府県が診療報酬単価を調整できる「地域別診療報酬制度」を使う可能性とか、医師が過剰地域で開業規制を導入する選択肢が示された。
ここで言う地域別診療報酬制度とは、医療費適正化などを目的に、1点=10円と定められた診療報酬単価を都道府県が操作できる制度。既に高齢者医療確保法(以下、高確法)に根拠規定が設けられており、最近の財務省は都道府県単位で負担と給付を完結させる手段として、地域別診療報酬制度を重視している。これを医師偏在是正でも活用するアイデアであり、2023年11月の建議(意見書)では「診療所の地域間の偏在への対応として、将来的に地域別の報酬体系への移行を視野に入れつつ、当面の措置として、診療所過剰地域における1点当たり単価の引下げを先行させ、それによる公費節減等の効果を活用して医師不足地域における対策を別途強化すべきである」と訴えていた。
この方針は5月の建議にも反映され、「診療所の報酬適正化に加えて、地域別診療報酬を活用したインセンティブ措置を検討する必要がある。診療所不足地域と診療所過剰地域で異なる1点当たり単価を設定し、報酬面からも診療所過剰地域から診療所不足地域への医療資源のシフトを促すことを検討する必要がある」「当面の措置として、診療所過剰地域における1点当たり単価(10 円)の引下げを先行させ、それによる公費の節減効果を活用して医師不足地域における対策を別途強化することも考えられる」と定めた。
さらに、財政審建議ではドイツやフランスでは診療科別、地域別の定員を設ける仕組みを取っているとして、規制的手法の可能性も言及された。
なお、財政審建議では、地域別診療報酬制度に言及する直前に「改革工程に基づく経済的インセンティブ措置として…」という一文が盛り込まれている。ここで言う改革工程とは少子化対策の財源確保策として、2023年12月に定められた「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋」を指しており、ここでは医師の偏在是正に関して、「都道府県知事の権限強化」を検討する旨の文言が盛り込まれていた16。つまり、地域別診療報酬制度の活用案は年末の時点で閣議文書に「ピン止め」されており、今回の建議で引用された形と言える。
16 少子化対策の財源確保では、最大2兆円の社会保障給付費を効率化することになっており、改革工程で見直し策が列挙されている。改革工程の内容や実現可能性などに関しては、2024年2月14日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)」を参照。
こうした財務省の提案に対し、反対意見が広がった。まず、日医が直ちに拒否の反応を示した。元々、地域別診療報酬制度を活用しようとする財務省の提案に対し、日医は反対してきた経緯17があり、今回も日医会長の松本吉郎氏が「わが国では、国民皆保険である公的医療保険制度の下、誰もが、どこでも、一定の自己負担で適切な診療を受けられることを基本的な理念とし、診療報酬について、被保険者間の公平を期す観点から、全国一律の点数が公定価格として設定されている」と解説。その上で、医療機関の分布は各地域の人口に応じて現在の形に落ち着いているとして、「診療所の過不足の状況に応じて診療報酬を調整する仕組みは、わが国の人口分布の偏りに起因するものを、あたかも医療で調整させるような極めて筋の悪い提案だ」と一蹴した18。
病院の経営者などで構成する四病院団体協議会でも、「もってのほかで、やり方が逆だ。都会で最も人件費や経費がかかる病院に影響が出てしまう」との反発が示されたという19。
医師偏在対策に前向きな姿勢を示していた武見氏も記者会見で、診療所の不足地域の患者負担が過剰地域に比べて高くなるとして、「患者の理解を得られるのか」と疑問を呈した20。つまり、財務省の提案に従うと、同じ治療でも医師不足地域で受診すれば患者負担が重くなる一方、都市部では患者負担が低くなるため、患者の理解を得られないのではないか、と指摘したわけだ。
17 ここでは詳しく触れないが、医療費適正化の文脈に限らず。地域別診療報酬制度の実施について、日医は反対し続けている。例えば、奈良県が2020年7月、新型コロナウイルスへの対応策として、地域別診療報酬制度の単価を引き上げることを提案したが、当時の中川俊男会長は「規定を拡大解釈して、あるいは転用して、都道府県間における給付格差をもたらすことに、改めて明確に反対する」と拒否した。地域別診療報酬制度を巡る議論については、2023年8月25日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(下)」を参照。
18 2024年4月17日の記者会見における発言。日医ウエブサイトを参照。
19 2024年5月22日、四病院団体協議会総合部会終了後の記者会見における全日本病院協会会長の猪口雄二氏の発言。同月23日配信の『m3.com』記事を参照。
20 2024年4月19日の記者会見における発言。厚生労働省ウエブサイトを参照。
7――医師偏在を巡る最近の動向(3)~骨太方針策定までの動き~
結局、6月に閣議決定された骨太方針は下記のような表現となり、「総合的な対策のパッケージ」が2024年末までに示されることになった。
医師の地域間、診療科間、病院・診療所間の偏在の是正を図るため、医師確保計画を深化させるとともに、医師養成過程での地域枠の活用、大学病院からの医師の派遣、総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施等の必要な人材を確保するための取組、経済的インセンティブによる偏在是正、医師少数区域等での勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大等の規制的手法を組み合わせた取組の実施など、総合的な対策のパッケージを 2024 年末までに策定する。
ここでは既に「医師確保計画を深化」「地域枠の活用」「リカレント教育の実施」など政策の方向性が示されているが、詳細は後述することとし、この決定を通じて、総合的な対策が2024年12月末までに示されることが確定したことになる。
21 2024年5月23日、経済財政諮問会議議事要旨における東大教授の柳川範之氏の発言を参照。
22 同上における発言を参照。
8――医師偏在を巡る最近の動向(4)~武見氏のプランと推進本部の設置~
その後、2024年8月には武見氏によるプランとして「近未来健康活躍社会戦略」(以下、近未来戦略)が公表された。近未来戦略では、医療・介護分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)など様々な施策23が打ち出されており、必ずしも医師の偏在是正だけに力点が置かれたわけではない。
このうち、医師偏在是正に関しては、骨太方針の表記に従うような形で、図表3の通り、「総合的な対策のパッケージ骨子案」として、(1)医師確保計画の深化、(2)医師の確保・育成、(3)実効的な医師配置――の3つに関して施策の方向性が盛り込まれるとともに、2024年末までに総合的なパッケージを策定すること、さらに2027年度までに実施するという工程表も示された。
次に、2番目の医師の確保・育成では、▽医師少数区域などでの勤務経験を求める管理者要件の大幅な拡大、▽外来医師多数区域の都道府県知事の権限強化、▽保険医制度に関する規制的手法の確立、▽臨床研修の広域連携型プログラムの制度化、▽中堅医師に対し、全人的かつ継続的なケアを提供する総合診療能力に関わる再教育、▽医師多数県の臨時定員地域枠の医師少数県への振り替え――が列挙された。
このうち、総合診療能力に関わる再教育では、中堅医師の学び直しが意識されている。一般的に医療資源が不足している地域では、住民の健康上の悩みや課題を少ない資源で広範囲に対応する必要があるた。このため、高度に専門分化した医師よりも、日常的なケガや病気に対応する総合診療能力を持った医師の方がベターであり、大学病院などで勤務している医師が開業医にキャリアチェンジする際の選択肢を広げる方策として、リカレント教育を通じて総合診療能力を身に着けてもらう必要性が言及されている。この関係では、2025年度予算概算要求で必要経費が盛り込まれている。
3つ目の実効的な医師配置では、地域医療介護総合確保基金などを通じた経済的なインセンティブの付与とか、医師少数区域などに医師を派遣する中核的な病院への支援、全国的なマッチング機能、大学病院との連携パートナーシップに向けた検討が示された。
ここで言う地域医療介護総合確保基金とは、引き上げた消費税収の一部を活用しつつ、都道府県に設置されている財政支援制度。地域医療構想の実現に必要な病床再編や医師・介護職の確保。医師の働き方改革の推進などに使われている。近未来戦略では、医師少数区域などに医師を誘導するための手段として、同基金を活用する可能性が示されたことになる。
23 ここでは詳しく触れないが、近未来健康活躍社会戦略では、医療・介護のDX化に加えて、▽不正や品薄が指摘されている後発医薬品(ジェネリック)産業の再編、▽女性・高齢者・外国人の活躍促進、▽医療イノベーションの推進、▽海外で認可されている薬が日本で使えない「ドラッグ・ラグ」「ドラッグロス」の解消も含めた創薬イノベーションの推進、次の大規模感染症を備えた対策の強化、▽外国医療人材の育成などの国際貢献――といった分野で方向性が示されている。
2024年9月には「医師偏在対策推進本部」(以下、推進本部)が発足した。本部長に就いた武見氏は「医師の偏在是正対策はもはや待ったなしの課題」「この解消なしに国民皆保険制度を維持することはできないとの切迫感を持っている」「私が本部長として全体の指揮をとり、医師偏在の解消を実現すべく具体的な検討を加速化させていく。医師の偏在を何としても解消するという強い覚悟と決意を持って、精力的な検討をお願いしたい」と改めて強調した24。
さらに、推進本部では近未来戦略の内容をベースにしつつ、詰めなければならない論点が提示された。その内容は概ね図表3と重なっており、1番目の医師確保計画の関係では、都道府県が主体的に取り組む上での国の支援策が示された。
2つ目の「医師の確保・養成」では、医師少数区域などでの勤務を後押しするため、臨床研修の広域連携型プログラムの制度化などが改めて列挙された。さらに、外来医療計画の強化に向けて、「外来医師多数区域における新規開業希望者に対する医療機能の要請等の現行の仕組みをより実効力のあるものとする等の規制的手法について、医療法等における位置づけを含めて検討すべきではないか」とされた。ここの部分では、外来医師多数区域で新規開設を希望する者に対し、地域で不足する医療機能を担うように要請する現行制度の強化を意味している。
3番目の「医師の実効的な配置」でも、図表3に盛り込まれた通り、地域医療介護総合確保基金の活動を通じた経済インセンティブの付与や中核的病院への支援などが言及された。敢えて図表3の近未来戦略との違いを挙げると、推進本部のペーパーでは、診療報酬を通じた対策の可能性が言及された程度である。
以上のような経過を見ると、武見氏の主導で議論が本格化した経過を見て取れる。結局、武見氏は2024年10月の新内閣発足で厚生労働相から退いたが、骨太方針や推進本部の設置などを通じて、偏在対策を強化する下地が固まっており、大枠が変わることはないと思われる。厚生労働省事務次官の伊原氏も「今までできていない工夫が必要になっている」と述べている25。
24 2024年9月21日『社会保険旬報』No.2940を参照。
25 2024年9月1日『社会保険旬報』No.2938におけるインタビュー記事を参照。
(2024年11月11日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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