2024年10月30日

不適切な「No.1表示」を生み出す構造的背景と今後の道筋-デジタル時代の「消費者の脆弱性」に向き合う試金石となるか

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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3――No.1表示の健全化に向けた動き~広告主・広告会社・代理店・調査会社、各プレーヤーの思惑~

1|調査会社の動向~健全化に向けて動く日本マーケティング・リサーチ協会と非会員社の存在~
このようなNo.1表示に関する諸問題の背景には、広告主と広告会社・代理店、調査会社といった複数のプレーヤーが関わっており、No.1表示に主観的評価を用いる場合、調査設計やデータ処理の客観的な妥当性が重要であることから、特に、実際に調査を行う調査会社の立ち位置が重要となる。

この点に関して、調査会社の業界団体である日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)は、2022年に「No.1調査」について、その手法自体は商品・サービスの不当表示から一般消費者の利益を保護するために有用であるとした上で、「No.1を謳うために結果を誘導するような調査に強く反対する」という抗議声明11を発表している。また、その後に「ランキング広告表示に使用する調査データ開示ガイドライン12」を策定し、主観的評価による調査で適切な手法を求める行動規範をJMRAに加盟する調査会社およびリサーチャーに対して示しており、その翌年の2023年に「恣意的で不公正な調査を行った調査会社が協会の懲罰委員会の審査対象となる可能性がある」ことを提言している。この提言は、会員外の企業やリサーチャーなど、すべての調査関係者に対する行動規範として示されている。

しかし、この問題は先の通り決して調査会社だけにとどまるものではない。JMRAは2022年のガイドラインにおいて、「調査会社には、ランキング調査に関して市場調査の専門家として広告主および広告代理店に適切に助言する責務がある」としているが、同時に「一般にクライアントが調査結果(「No.1表示」を含む)を公表する意向があるかどうか、受注時に確認することは困難であり、その表示の前提となる調査を行った調査会社には原則として責任はない」というスタンスを示している。つまり、業界として不公正なNo.1調査に協力しないという方針や、広告主や広告代理店への助言義務はあるものの、問題解決には広告主、広告会社など業界全体で取り組むべきだとする立場をとっている。

また、先のガイドラインは、JMRA非会員社を含むすべての調査会社やリサーチャーに向けた提言であるが、JMRAは、正会員110社、賛助法人54社等(2024年7月現在)で構成されるマーケティング・リサーチ業界を代表する団体ではあるものの、実態はJMRA非会員の調査会社も多く存在している。

実際に消費者庁から開示されている措置命令の事例をみると、JMRA非会員社による調査が関与しているケース13が散見される。これらの非会員社は、JMRAが定めるガイドラインに違反した場合のペナルティが課せられないという現状があり、この点は調査業界全体によるNo.1表示問題の解決に向けた取り組みを難しくしている要因ともいえるだろう。
 
11 日本マーケティング・リサーチ協会「非公正な『No.1 調査』への抗議状」(2022年1月18日)
12 日本マーケティング・リサーチ協会「ランキング広告表示に使用する調査データ開示ガイドライン」(2022年5月26日)
13 たとえば「太陽光発電システム機器等及びそれらの導入に伴う施工に関する優良誤認」(2023年)のケースなど
2|広告主企業の動向~調査の詳細まで把握している広告主は一部に留まる~
一方、先の消費者庁の実態報告書では、広告主側へのヒアリング14も実施されている。しかし、そのヒアリングの結果、多くの広告主は、「調査会社がインターネット上で消費者に対してアンケートを実施していること」自体は把握していたものの、主観的評価によるNo.1表示を行う際に、特に、調査の客観性を確保するために留意すべき点については、「調査会社が行った調査設計を深く理解していない」という現状が浮かび上がってくる。たとえば、ヒアリングを受けた広告主企業のうち、調査票の具体的な内容や、調査対象企業の選定基準、さらにその調査がイメージ調査であった場合にWEBページのどの部分を見たかまで把握していた事業者は、わずか1社のみであったという。その理由としては「(専門的知見を持つ)調査会社による調査であり、信頼していた」といった声が挙げられており、多くの広告主は表示の根拠を十分に確認していない実態を伺わせる結果となった。

一般的に、調査業務はリサーチャーという専門職が行うが、広告主は調査結果こそが求める成果であり、実務上、調査実務の過程で厳密な確認を入れることは多くはないと考えられる。「調査会社を信頼している」というコメントには、こうした業務上の慣習が表れているともいえ、このような慣習がNo.1表示に関わる問題の一因となっていることも、また否定できない事実であろう。
 
14 消費者庁「広告主に対するヒアリング調査」 対象企業:事業者の規模及び業種並びに調査を実施した委託先が偏らないよう選定された広告主企業 計10社

4――今後に向けて

4――今後に向けて~デジタル時代の消費者の脆弱性に向き合う試金石に~

消費者庁は、今回の実態報告書の中で、「No.1表示などの根拠を確認する際には、単に調査会社や第三者機関による調査が実施されたことを確認するだけでは不十分であり、広告主は、調査内容が表示内容と適切に対応しているか、またそのNo.1表示が合理的な根拠を有しているかを自らの責任で確認する必要がある」と指摘している。また、調査会社は市場調査の専門家として、広告主や広告代理店に対して適切な助言を行う責務を負っており、自主的なガイドライン策定を機に、運用に対する意識を高めているが、JMRAの非会員社に対しては各企業の良識に委ねられている部分も多く、これが不適切なNo.1表示に繋がる抜け道となるリスクがある。

したがって、この問題は、広告主、広告会社や代理店、調査会社の関係者が協力して健全化を図る必要があるが、実際は多くの場合、専門的知見を持つ調査会社への信頼に依存している面があり、広告主が調査実務の詳細にまで深く関与することは少ないという現状も垣間見える。

今後、オンラインで商品やサービスを購入する消費者が増えると予想される中で、事業者にとってもデジタル広告を使って商品の訴求を行う機会は増加すると思われる。「No.1表示」に関する諸問題への対処は、デジタル消費社会において消費者が直面する脆弱性に対して、事業者や関係者がどのように対応していくかという観点でも、大きな問題意識を投げかけたと言えるのではないだろうか。

(2024年10月30日「基礎研レター」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴
  • 【経歴】
    1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

    2008年 株式会社日本リサーチセンター
    2019年 株式会社プラグ
    2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

    2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

    【加入団体等】
     ・日本行動計量学会 会員
     ・日本マーケティング学会 会員
     ・生活経済学会 准会員

    【学術研究実績】
    「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
    「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
    「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
    「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
    「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
    「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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