コラム
2024年10月23日

累積発行枚数1億枚を超えたマイナンバーカード (2)-ソーシャルマーケティング視点から見るデジタル行政の現在地

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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1――累積発行枚数1億枚に達したが~根強く残る「マイナ保険証」への統合・一本化反対の声

現在、デジタル庁では「デジタル社会の実現に向けた重点計画1」に基づき、自治体の行政手続の効率化と国民の利便性向上を目指して、関係府省庁と連携して行政手続のオンライン化を推進している。2024年8月にはマイナンバーカードの累積発行枚数が1億枚を超え2、政府のデジタル行政サービスは拡大の機を得ているように見える。しかし一方で、デジタル庁は重点計画の中で、「社会のデジタル化を良いと思わない」といった声が一定数存在することを指摘している。これを裏付けるように、主要紙の世論調査では、マイナンバーカードと健康保険証の統合に対して反対意見が根強い3ことが示されている。冒頭の重点計画でもシステムのユーザビリティの向上や安全性の確保が課題とされているが、実際に人々はデジタル行政サービスに対してどのような意識を持っているのだろうか。

そこで本稿では、デジタル庁が実施した調査データ4(数表1)を用いてその一端を明らかにした上で、ソーシャルマーケティングの視点からデジタル行政サービスの拡大に向けた論点を考察したい。
 
1 「デジタル社会の実現に向けた重点計画」は、2023年6月9日に閣議決定された(デジタル庁)
2 2024年8月31日時点のマイナンバーカード累計交付枚数(再交付、更新を含む過去に交付されたカードの累計枚数)
3 2024年8月2日付 毎日新聞「『マイナ保険証』政府のやり方に不満多数」など<
4 デジタル行政サービスに関する意識調査(デジタル庁)/調査方法 : インターネット調査/調査対象者:全国18歳から79歳男女
(性別×年代×地域ブロックの人口分布に応じて回収)/有効回答数 : 5,600/調査時期 : 2023年7月

2――着実に利用が広がるデジタル行政サービス~課題が残るサービス利用満足度や信頼度

まず、全体の88.3%がデジタル行政サービスを認知して(知って)いる5と回答しており、年齢が上がるにつれて認知度は向上し、特に70代以上では95%以上となり、利用(利用した)率6も高い(65.1%)。しかし、全体の利用率をみると59.3%に留まっており、全体の約1/3は、まだサービスをまったく利用していないことがわかる。層別の利用率をみると、20代以下(51.4%)から60代(66.8%)まで世代で濃淡がある。特に、20代以下(51.4%)と30代(52.0%)はそれぞれ約半数の利用に留まっている。また、利用者のサービス満足度7を見ると、20代以下は40.6%と他の層よりは高めではあるものの、全体では29.5%と3割を下回り、サービス満足度としては決して高い水準とは言えない状況である。
数表1:デジタル行政サービスに対する認知・利用・満足・意識
また、今後のサービスの利用意向(利用したい)を見ると、60代(39.8%)と70代(40.8%)で4割を超えているが、それ以外の年代層では3割前後にとどまっており、若年層と60代以上のシニアの間で利用意向に大きな差が見られる。さらに社会のデジタル化に対する意識の項目を見ると、「社会のデジタル化は良いと思う」は全体では48%だが、「社会のデジタル化に適応できている」は28.8%、さらには「デジタル行政サービスを信頼している」は24.2%にとどまっており、社会のデジタル化には一定の支持が見られるものの、適応やサービスへの信頼の面では慎重な姿勢が伺える結果である。

年代別に見ると、男性60代以上は「良いと思う」が他層と比べて高めであり、社会のデジタル化を比較的ポジティブに受け入れていることがうかがえる一方で、「適応できている」をみると、女性(23.8%)が男性(33.8%)を大きく下回っており、特に40代は、男女を問わず低め(27.7%、20.1%)である。これらの層は、デジタル行政サービスがまだまだ十分に活用できていない可能性もある。

このように、マイナンバーカードの累積発行枚数が1億枚を超え、デジタル行政サービスの基盤は着実に築かれつつあるが、その「利用」や「満足度」「適応」、そしてデジタル化に対する「信頼」という観点では依然として大きな課題が残されているように見える。このような人々の意識が、冒頭で述べた様な「マイナ健康保険証への統合」を始めとする一連のデジタル政策に対して逆風すら感じさせる世論に転化している可能性も否定はできないであろう。
 
5 「知っている」は行政・自治体が提供しているデジタル行政サービスのうち、1つ以上知っている人の合計(%)を示す
6 「利用した」は行政・自治体が提供しているデジタル行政サービスのうち、1つ以上利用したことがある人の合計(%)を示す
7 「満足している」は5段階尺度のうち、上位の「非常に満足している」「まあ満足している」の合計(%)を示す

3――利用者層で異なるニーズ~ソーシャルマーケティングの視点から考える利用促進の決め手

それでは、これらの結果を基に、ソーシャルマーケティングの視点を踏まえて、デジタル行政サービスの利用経験・利用意向の向上に向けた考察をしてみたい。

まず、ユーザー(ターゲット)となる利用者層において、若年とシニアでは異なる課題を抱えていると考えられる。たとえば若年層は、行政サービスに限らず一般的にデジタル化による効率化や利便性の向上に期待を抱いている傾向があり、その期待がデジタル行政サービスの利用意向の高さに反映されているとも考えられる。自治体の事業や業務でのマイナンバーカードを活用したサービス数8は、2022年度の293サービスから、2024年の792サービスに大幅に増加しているが、たとえば、医療機関でのスムーズな手続きや薬の情報共有などの具体的な利用メリットやサービス事例を、これまで以上に訴求していくことで、さらなる利用促進につながる可能性がある(数表2)。
数表2 :自治体においてマイナンバーカードを活用するサービス数の推移
一方、シニア層については、男女で異なるアプローチが求められているように見える。たとえば、女性は「デジタル社会に適応していない」と感じる人が一定数おり、この状況は利用者にとってデジタル行政サービスへの自己効力感9の低下を招き、サービスの利用意向の向上を阻む要因となっている可能性がある。そのため、特にこの層のサービス利用時にはきめ細やかなサポートが欠かせないであろう。

その一方で、男性のシニア層はデジタル行政を他の層より高く評価しており、システムの認知・利用経験・利用意向も同様に高めである。しかし、サービス満足度が3割を下回っている点は、システム全体への信頼や利用意向を損ねる要因となっている可能性がある。デジタル庁の重点計画でも、デジタル行政サービスのユーザビリティの向上や安全性確保が課題とされているが、満足度を下げる要因を特定して改善を図ること、そして信頼を高めるための透明性の高いリスクコミュニケーションが、この層の利用意向と期待を高め、着実な行動変容に繋げるためには不可欠であると言えるだろう。
 
8 デジタル庁「自治体におけるマイナンバーカードの活用事例」(2023年11月15日時点)より作成
9 目標達成のための能力を自らが持っていると認識する心理のこと。「自分ならできる」「きっとうまくいく」と思える認知状態を指す。

4――社会のデジタル化の一層の推進に向けて~課題は人々のきめ細かなニーズの把握と対処

社会のデジタル化は、持続可能な社会の実現に欠かせない政策課題であり、その核の1つが「マイナンバー」である。マイナンバーを媒介して様々な社会システムがスムーズに連携していくことで、行政手続に残る無駄や不便を広く解消され、平等で均質な公共サービスを提供できる足掛かりが築かれることになる。たとえば、マイナ保険証への統合やその利用が人々に広がることで、診療や調剤業務の効率化が進み、医療、製薬、保険、ヘルスケア関連業界にも恩恵があると考えられる。これらは人々にとってのウェルビーイングにも繋がる重要な課題であるといえるだろう。

しかし、今回の意識調査からわかる様に、そこに向けた人々の眼差しや想い、そしてニーズは一様ではない。それぞれの層の利用意向や信頼を高めるために、ソーシャルマーケティングの視点から、個々のニーズに向き合い、対処すべき課題を明らかにしていくことも、デジタル行政サービスが社会に広く受容されていく上での有効なアプローチと言えるのではないだろうか。

(2024年10月23日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に「持続可能な消費」~エシカル消費・サステナブル・マーケティング、デジタル消費、消費者問題)

経歴
  • 【経歴】
    2024年7月より現職
    ----------------------------------
    1997年~商社・電機メーカー・コンサルティング会社において電力エネルギー、企業情報システムの営業開発、地方自治体の公共マーケティング支援を推進
    2008年 株式会社日本リサーチセンター(自動車、広告、エンタテイメント・デジタルコンテンツ市場担当)
    2019年 株式会社プラグ(FMCG、食品・飲料、デジタルサービス・SaaS市場、AI導入・DX支援担当)

    2021年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)

    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2006年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化評価・推進委員会 委員
    2006年~2008年(一社)中小企業基盤整備機構 専門アドバイザー

    【加入団体等】
    ・日本行動計量学会
    ・日本マーケティング学会

    【学術研究実績】
    ・「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年/日本行動計量学会*)
    ・「生成 AI の創造性寄与に関する一考察」(2024年/日本マーケティング学会*)
    ・「デザイン制作へのAI活用と討議」(2024年/日本感性工学会 新商品開発部会講演)
    ・「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年/人工知能学会*)
    ・「マーケティングにおけるデータ市場活用に向けた課題分析」(2018年/日本⾏動計量学会*)
    ・「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年/電子情報通信学会*)
    ・「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年/人工知能学会*)
    ・「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年/日本マーケティング・サイエンス学会*)/
    ・「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年/日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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