コラム
2024年10月16日

累積発行枚数1億枚を超えたマイナンバーカード (1)-ソーシャルマーケティング視点から見るデジタル行政の現在地

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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1――ついに累積発行枚数が1億枚を超えた「マイナンバーカード」 

2024年10月にいよいよ新政権が発足したが、この12月に控えている「マイナンバーカードの健康保険証」(マイナ保険証)を基本とする仕組みへの切り替えや、年度内に予定されている運転免許証とマイナンバーカードの一体化(マイナ免許証)といった「行政サービスのデジタル化」に関連する一連の施策は、新政権においても引き続き注視すべき課題として挙げられるだろう。

現在、デジタル庁は2023年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」に基づき、自治体の行政手続きの効率化とユーザーの利便性向上を目指して行政手続きのオンライン化を推進している。今後、労働力不足により公共サービスの維持が困難になることが多くの自治体で懸念されているが、行政手続に残る無駄や不便を解消しながら、地方や離島に住む人々も平等で均質な公共サービスを利用していくことは、持続可能な社会の基盤強化に向けて重要な論点でもある。

そのデジタル行政サービスの核となるのが「マイナンバーカード」である。マイナンバーカードは本人の申請に基づき交付される(マイナンバー法1第17条)もので、取得は任意であるが、2016年1月の交付開始から約8年8か月を経て、2024年8月末時点で、ようやく累積発行枚数21億枚の大台に達した。また、この時点で保険証としての利用登録率(有効登録率)3も保有枚数の80%に達しており、既に多くの人が健康保険証として使用できる状態にある。

今後、この利用が進むことで診療や調剤業務の効率化が進み、医療、製薬、保険、ヘルスケア関連業界にも恩恵が広がると考えられる。さらに、スマートフォン上の「デジタル認証アプリ」の導入により、スマートフォンでの簡便な認証が実現すれば、行政手続きのさらなる簡略化が期待される。これらの取り組みは、持続可能な行政サービスの提供に不可欠な基盤を形成し、人々にとって住みやすさやウェルビーイングにつながる重要な政策課題といえるだろう。
 
1 正確には「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(デジタル庁)
2 2024年8月末時点のマイナンバーカード累計交付枚数(再交付、更新を含む過去に交付されたカードの累計枚数)。
なお、保有枚数(累積交付枚数から死亡や有効期限切れによる廃止を除く)は93,470,356枚(2024年9月27日現在)
3 健康保険証としての利用登録がなされたマイナンバーカードの枚数を現在保有されているカードの枚数(交付枚数から
死亡や有効期限切れなどにより廃止されたカードの枚数を除いたもの)で除した割合(%)のこと

2――2016年1月交付開始から8年余の道程~カード普及に寄与した「マイナポイント事業」

全国・地域別マイナンバーカードの累積交付率の推移*グレー枠は、マイナポイント事業実施期間 しかし、この普及の経緯を振り返ると、必ずしも順風満帆ではなかったといえる。2016年1月に交付が開始されたものの、2020年3月時点での累積交付率4は全国でわずか15.5%に過ぎず、普及は低調であった。

この転機となったのがマイナポイント事業である。これは、マイナンバーカードを取得した消費者が、電子決済サービスからマイナポイントの還元を受けられる制度であり、第一弾(2020年7月1日開始)と第二弾(2022年1月1日開始)が実施された。これ以降、累積交付率は年率平均15%以上の伸びへと急拡大し、さらに、第二弾事業では当初のポイント申請期限であった2023年2月末から延長を繰り返し、同年9月末まで延長されていることから、本事業がマイナンバーカードの普及に大きく寄与したことは間違いないように思われる。
 
4 各年3月末日時点の累計交付枚数を、その前年1月1日時点の住民基本台帳人口で除した割合(%)のこと

3――インセンティブと損失回避の心理が決め手?~ソーシャルマーケティング視点で見る普及の鍵

それでは、これらの実態について、ソーシャルマーケティング5の視点からはどのような考察ができるだろうか。たとえば、キャッシュレス決済ポイントという金銭的なインセンティブを提供したことで、消費者に具体的かつ即時の利益を提示し、カード取得に対する行動変容を引き出すことに成功したと考えることができるかもしれない。金銭的インセンティブはソーシャルマーケティングにおける重要なツールであるが、この提供により、人々が行動を起こさない理由(たとえば、手間や時間のかかる手続きなど)を克服し、自ら行動を変えた可能性がある。

また、第二弾事業においてポイント申し込み期限が幾度となく延期された影響についても興味深い。ソーシャルマーケティングや行動経済学において、行動に対するインセンティブに時間制限を設けることは、意図した行動を促進するための効果的なアプローチとして知られているが、申請期限の度重なる延長によって人々に生じた「今、行動しないと機会を失う」という緊迫感が取得行動を促したという見方もできるだろう。実際、2023年度の年間発行枚数1426万枚のうち、83.5%が申請期限の9月末までの期間に集中していたことからも、その駆け込み度合いが見て取れる。つまり、申請期限の設定とその延期が、ポイントを得る機会を逃すことが人々に損失として認識され、それを回避するために、具体的な行動を起こす動機付けに繋がった可能性がある6

この様にマイナンバーカードの普及が進み、政府のデジタル行政サービスは信任を得て、大きく前進する機を得た様に見える。しかしその一方で、デジタル庁は冒頭の重点計画の中で、「社会のデジタル化に対して良いと思わない」との声が一定数存在することを指摘している。そこで次回は、デジタル行政サービスに対する人々の意識の観点から、行政のデジタル化の「今」を考察してみたい。
 
5 マーケティング手法を用いて、社会課題に対する生活者や関係者のポジティブな行動変容を目指すアプローチのこと
6 損失回避の法則:人間が得をすることより「損をしないこと」を選んでしまう心理現象。リスクを回避しようとする人の特性を表す。

(2024年10月16日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に「持続可能な消費」~エシカル消費・サステナブル・マーケティング、デジタル消費、消費者問題)

経歴
  • 【経歴】
    2024年7月より現職
    ----------------------------------
    1997年~商社・電機メーカー・コンサルティング会社において電力エネルギー、企業情報システムの営業開発、地方自治体の公共マーケティング支援を推進
    2008年 株式会社日本リサーチセンター(自動車、広告、エンタテイメント・デジタルコンテンツ市場担当)
    2019年 株式会社プラグ(FMCG、食品・飲料、デジタルサービス・SaaS市場、AI導入・DX支援担当)

    2021年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)

    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2006年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化評価・推進委員会 委員
    2006年~2008年(一社)中小企業基盤整備機構 専門アドバイザー

    【加入団体等】
    ・日本行動計量学会
    ・日本マーケティング学会

    【学術研究実績】
    ・「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年/日本行動計量学会*)
    ・「生成 AI の創造性寄与に関する一考察」(2024年/日本マーケティング学会*)
    ・「デザイン制作へのAI活用と討議」(2024年/日本感性工学会 新商品開発部会講演)
    ・「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年/人工知能学会*)
    ・「マーケティングにおけるデータ市場活用に向けた課題分析」(2018年/日本⾏動計量学会*)
    ・「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年/電子情報通信学会*)
    ・「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年/人工知能学会*)
    ・「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年/日本マーケティング・サイエンス学会*)/
    ・「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年/日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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