2024年10月10日

日本の不妊治療動向2022-2022年の総治療周期数は543,630件と、前年より45,490件の増加、治療ピークは42歳で保険適用年齢の制限が影響か-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

2022年4月より不妊治療の保険適用が開始され、早2年半が経過した。

筆者は、これまでに日本の不妊治療に関する動向を紹介してきた。基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?1では、特定不妊治療助成事業2制度下における適用要件の厳格化と緩和の変遷を整理し、今回の保険適用でより一層治療に踏み込みやすくなることが期待される制度改革であることを紹介した。

前稿3では、2021年の日本の不妊治療動向について整理し、2021年の不妊治療周期総数は498,140件と、2021年より48,240件の増加、治療ピークは39歳と2020年より1年前倒しとなっている傾向が明らかとなった。

本稿では、不妊治療が保険適用化されて初めてのART実績データとなる2022年の最新の動向を整理し概説する。
 
1 乾 愛 基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?」(2022年3月1日)
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=70374?site=nli
2 特定不妊治療助成事業は、2004年から2020年までに生殖補助医療における医療費助成制度であったが、2022年4月の保険適用に際し原則廃止されている。
3 乾 愛 基礎研レター「日本の不妊治療動向2021」(2024年8月6日)
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=79307?site=nli

2――2022年不妊治療の特徴

2――2022年不妊治療の特徴

1不妊治療実績件数(年別治療周期総数の推移)
まず、はじめに日本産婦人科学会が公表する2022年最新ARTデータの特徴を図表1へ示した。2022年の不妊治療実績件数(年別治療周期総数4)は、543,630件(前年差:+45,490 件)であった。これを治療法別にみていくと、体外受精を示すIVF(GIFT、,その他を含む)5は、91,402件(前年差:+3,040件)、顕微授精を示すICSI(SPLIT を含む)6は187,816件(前年差:+17,466件)、凍結保存した受精卵を子宮内に移植する凍結融解胚(卵)7は、264,412件(前年差:+24,984 件)となった。いずれも、2021年実績より大幅な増加となっており、2022年からの保険適用によって、受診のハードルが下がり、治療ニーズの顕在化につながったものと推察される。
図表1.不妊治療実績件数(年別・治療法別・総治療周期数の推移)
 
4 治療周期数とは、「月経開始から次の月経開始までを1 周期ととらえ治療する回数」のことを示す。
5 IVF とは、体外受精(in vitro fertilization)の略で、GIFT とは受精卵管内移植法のことを示す。
6 ICSI(SPLIT を含む)とは、卵細胞内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection,ICSI)などの顕微授精を示す。
7 凍結融解胚(卵)とは、妊娠成立時の副作用の重症化予防や妊娠率の向上を目的に、受精卵を凍結保存した後に子宮内に移植する方法を示す。
22022年 年齢別治療実績件数(治療周期総数)
次に、2022年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、各年齢における不妊治療実績件数(治療周期数)を図表2へ示した。

その結果、不妊治療実績件数(治療周期総数)のピークは、42歳における46,095件であり、2021年の治療年齢のピークである39歳から2歳も後ろ倒しとなっている。これは、保険適用の対象年齢(正確には治療開始年齢)が43歳未満と定められていることから、保険適用年齢であるうちに治療を開始しようと、いわゆる駆け込み治療が影響した結果であると言える。現に、保険適用外となる43歳の治療実績件数は、29,849件と3万件を切り、42歳の治療実績件数とは16,246件も減少している。

また、40歳、41歳の治療実績件数が落ち込んでいるのは、40歳~43歳未満の女性の治療は通算3回までと治療回数の制限8が設けられていることが影響したものと推察される。
図表2.年齢別不妊治療実績件数(治療周期総数)
 
8 不妊治療の回数制限は、初めて治療を開始する際の女性の年齢が40歳未満の場合は移植の回数が子ども1人出生に至るまでに通算6回まで、40歳以上43歳未満の場合は移植の回数が子ども1人出生に至るまでに通算3回までという制限が設けられている。
32022年 年齢別治療実績件数(妊娠周期数・流産率・生産周期数)
続いて、2022年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、各年齢における不妊治療の妊娠周期数、流産数、生産周期数について図表3へ示した。

その結果、妊娠周期数は37歳をピークに8,734件、流産数は39歳をピークに2,517件、生産周期数は35歳をピークに6,558件であることが明らかとなった。

さきほどの総治療周期数と合わせて考えると、42歳が保険適用の年齢制限のために駆け込み治療を受ける者が最も多いが、39歳前後は流産件数も多く、治療によって無事に子どもの出生に至る年齢は35歳頃が現実的と示唆されている。

治療のピーク年齢が制度の影響を受けて後ろ倒しとなっても、治療における実績年齢のピークはほとんど変動がないことから、治療数が増加したとしても、直ちに妊孕性の向上には結びつかないと思われる。
図表3.年齢別治療実績件数(妊娠周期数・流産率・生産周期数)
42022年 年齢別治療実績件数(妊娠周期数・流産率・生産周期数)
最後に、2022年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、20歳以下から50歳以上の各年齢における不妊治療の妊娠率・流産率・生産率を図表4へ示した。尚、このデータは、全凍結周期を除いたものあることにご留意いただきたい。
図表4.年齢別治療実績件数(妊娠周期数・流産率・生産周期数)
その結果、妊娠率(赤線)は、22歳頃から34歳頃まで40%前後を推移し、徐々に下降している。また、生産率(緑線)についても、22歳頃から35歳頃まで安定して30%前後を推移したのち、下降している。一方で、流産率(紫線)9は、34歳で 20%に到達し、その後一気に上昇曲線を描いていることが分かる。

特に注目したいのは、不妊治療を経て妊娠をしても無事に出産できる指標となる生産率は、42歳で7.5%であったものが、43歳で5.7%へ下がり、44歳で3.4%と臨界点となる5%を切っていることである。この結果を踏まえると、特定不妊治療助成事業に続き、2022年4月からの保険適用における適用年齢が43歳未満とされていることは、一定の医学的妥当性のある要件であることが分かる。

しかし、保険適用外の43歳の治療周期数は29,849件に上り、全体の5.5%を占めており、保険適用外の43歳以上(50歳以上も含む)を全て合わせると80,685件と全体の14.8%を占める割合となる。妊孕性の限界が訪れる年齢から不妊治療を開始する者が増加すると、成果が得られにくいという現実がある一方で、保険適用外の43歳以上の治療ニーズも無視できない割合となっているのが実態である。2024年現在、不妊治療保険適用の年齢は引き続き43歳未満となっているが、心身ともに大きな侵襲10を受ける不妊治療において、治療ニーズの増大と加齢による妊孕性の低下は、今後も議論の要点となることが推察される。
 
9 この流産率は、流産数を総妊娠周期数で割った値であり、併記している妊娠率と生産率とは分母が異なることに留意。
10 侵襲とは、外的要因や治療等により生体に負担をかける(影響を与える)ことを指す医学用語である。

(2024年10月10日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・不妊治療・月経随伴症状・プレコンセプションケア等

経歴
  • 【職歴】
    2012年 東大阪市入庁(保健師)
    2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
    2019年 ニッセイ基礎研究所 入社

    ・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
    ・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
    ・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

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