コラム
2024年10月07日

商品とネーミングの恣意性について考える-“ホームステイ先で食べた〇〇〇〇〇”

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――ホームステイ先で食べたスペアリブ

我々は、実態をなさない記号からコンテクストを汲み取って、消費する上での情報として読み取ることがある。過去のレポート1で社会学者のJ.ボードリヤールの「消費されるためには、モノは記号にならなくてはならない」2という言葉を引用し、我々は消費において、そのモノやサービスが保有する実質的な機能的価値や使用価値を評価するだけでなく、むしろそのモノやサービスが保有しているコンテクスト=意味 の方を熱心に消費していると論じた。その主たる例がブランドであり、我々はブランドの名称、ロゴ、意匠などから、それが保有する対外的に発信されているメッセージを読み取り、購入(消費)し、他の消費者にそのメッセージを発信するために、その購入したブランド品を自身のアイデンティティの一部として宛がうのである。我々のこのような記号に基づく消費はブランドに留まらず、「どこの産地なのか」「誰が作ったのか」「何でできているのか」といったことまで関心となり、同ジャンルの商品との「違い」を「消費」することが商品やサービスを選好する上での大きな要素となっているのだ。実態はどうあれ「創業3年」よりも「創業120年」のうなぎ屋の方がおいしそうに感じるし、支払ってもいいと思う金額も多くなるだろう。同じ市販のパスタソースでも「3つ星レストラン○○監修」と書いてあれば、それ自体が購入動機になり得る。その商品の他の商品と違う部分が“何なのか”を如何に表すのかが、消費者に選んでもらうための差となるのだ。このワードもわかりやすいほうが大衆的にその魅力(差の部分)がリーチできる訳だが、昨今ではマスにリーチさせるのではなく、特定のコンテクスト(文脈)を共有できる消費者“だけ”に向けて発信されているキーワードが宛がわれている商品が散見される。

例えばSL Creationsグループが展開する「Z's MENU」3のラインナップには『ホームステイ先で食べたスペアリブ』なる冷凍食品がある。スペアリブを説明するキーワードが「ホームステイ先で食べた」というなんとも曖昧でありながら、一方で具体的すぎる印象を受ける。言語学者のフェルディナン・ド・ソシュールに準拠すれば、言語には、シニフィアン(signifiant)とシニフィエ(signifié)が存在する4。シニフィアンは、ある物事を表す言葉そのものを指し、シニフィエはその言葉を聞いた際にイメージする概念を指す。ここで言う、「スペアリブ」という言葉自体がシニフィアンで、「スペアリブ」という音を聞いた時に頭に浮かぶイメージがシニフィエだ。
図1 「シニフィアン」と「シニフィエ」の違い
スペアリブに対して「ベタベタする」「手間がかかる」「味が濃い」「アメリカン」など、想起するシニフィエ(イメージ)は消費者によって異なる。実際にスペアリブを食べたことがある人がいる一方で、映画やテレビなどでしか見たことがない人、その名前すら聞いたことがない人がいるなど、各々が構築してきた「それ」に対するイメージは、その消費者の生育背景・文化的背景が影響しているからだ。

ここで先ほどの「ホームステイ先で食べたスペアリブ」に話を戻そう。おいしい、スモーキー、などその商品自体の特徴を表すある意味主観的な言葉であれば、万人にその商品の特徴が伝わるだろう。本場アメリカ5と書いてあれば、洋画などでよく目にするバーベキューで焼かれるスペアリブのイメージを共有できる消費者も数多くいるかもしれない。では、「ホームステイ先で食べた」と書いてあったら、あなたはどのような印象を受けるのだろうか。日本トレンドリサーチと株式会社インターナショナルアドミッションズセンターによる「留学に関するアンケート」6によれば、全体の8.4%が、留学をしたことが「ある」と回答している。
図2 あなたは「留学」をしたことがありますか  (n=1837)
少し古いデータではあるが日本学生支援機構が過去15年以内に海外留学経験のある20~40代に対して行った「平成30年度海外留学経験者追跡調査」7によれば現地住居形態において「ホームステイ」は全体の38.5%となっている。
図3 現地での主な住居はどこでしたか (n=1001)
消費者全体の10%程度しか留学経験がなく、且つその内の4割前後しかホームステイ経験がなく、さらには留学先がスペアリブをよく食べる国ではない場合もあるし、よく食べる国であっても滞在先の家庭では出ない事もあるだろうし、出てきたとしても口に合わない場合もある。ちなみに、前出の日本学生支援機構の調査によれば、留学先の国(地域)として、「アメリカ」は2割程度となっている。
表1 あなたが留学した国(地域)はどこですか
この「ホームステイ先で食べたスペアリブ」という具体的過ぎる記号から実体験をもとにポジティブなメッセージを受け取ることができるのは本来極々わずかな消費者だけなはずである。となると、この商品を購入する消費者の多くは実体験=具体性が購買動機になっているわけではなく、このキーワードから抽象的で曖昧な魅力を感じ取り、自分が期待する「ホームステイ先で食べたスペアリブ」と、経験したことがない虚構としての「ホームステイ先で食べたスペアリブ」を答え合わせするという消費体験をしているわけである。例えば一時期流行った香辛料が効いた東南アジアの麺料理「ラクサ」や、中国の幅広麺「ビャンビャン麺」など、観たことも聞いたこともない食べ物を体験して「こういう味なのか」と感じるのと、スペアリブは知ってるけど、「留学先で食べる味はこんな感じなんだね」と感じるのとでは同じ食体験でも大きく異なる。前者はそれぞれの味が提供する直接的価値が消費そのものの目的となる一方で、後者においては、スペアリブそのものは知っているけれども、留学先の“”こんな感じ、という記号によって生み出される「差」を消化することが目的となっているのだ。

ホームステイ経験者(ホームステイ先で食べたスペアリブにポジティブな印象を持つ消費者)にとっては、懐かしさや当時を回顧できるトリガーとしてノスタルジア消費を目的としたり、実体験でおいしいことを知っているからあの味をまた食べたいという欲求や、本当に「あの」味かお手並み拝見と行こうかとその商品に対する挑戦心が消費される動機になっていると推測できる。一方で、ホームステイの経験がない層にとっては、「ホームステイ先」という言葉から、地域に密着した、家庭で食べられているような、ローカル感を読み取り、「本場」「現地の人に愛された」「本格的な」味を期待して消費していると推測できる。この商品の面白いところは、あの国のあの店の味を再現、あの国のあの家庭の味を再現という訳ではなく、共有できるはずがないN=1のホームステイの経験を普遍的なモノとして記号化し、再現している点にある。どこかの家の味を再現していないのならば、そのスペアリブをホームステイ先で食べたことがある人は存在しないはずだ。商品開発者にホームステイ経験がない可能性すらある。それ故にこの商品は、ボードリヤールのいう再現する対象がないモノを再現した「シミュラークル」(コピーとしてのみ存在し、実体をもたない記号)と言えるのかもしれない8,9

ここから言えるのは、そのような商品の多くは、商品を説明するワードが必ずしもその本質を説明するモノとして意味をなさないため、消費者側の想像力に依拠しているということである。前述した通り、シニフィエは消費者の生育背景・文化的背景によってイメージされるモノが異なるわけだが、「ホームステイ先で食べた」という実態をなさない記号においても我々は、何らかのイメージをもててしまうがゆえに、他の商品との差別化に使われるキーワードは必ずしも実像をなす必要はなく、伝わる人に“だけ”伝わればいい暗号のようなものでも成立しうるのである。当該商品ほどではないが同ラインナップには『バンコクの思い出 ガパオライス』や『韓ドラとビールとヤンニョムチキン』『パリ20区で食べたクロックムッシュ』『あの笑顔を思い出す台湾ちまき』など、その情景が思い浮かぶ=正しいメッセージを受け取ることができる消費者に向けたネーミングの商品が存在する。消費者間で漠然とした共通意識があるからこそ、ネーミングとして成立しているものの、消費者ごとにその記号に対する解像度に差が生まれるため、具体的であるはずなのに消費者ごとに異なるイメージを思い浮かべるという曖昧な記号なのである。しかも、前述した通り、実体験をもとに消費する層の方が少ないからこそ、経験による反証ができないため、大半の消費者にとっては「へー、ホームステイ先のスペアリブってこんな味なんだ」と、ネーミングそのものによってその消費体験を納得させられてしまうわけだ。
 
1 廣瀬涼「消費における「記号」とは何か」研究員の眼 2024/03/26
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78026?site=nli
2 Baudrillard, Jean, 1968, Le System des Objets, Paris: Gallimard.(=宇波彰訳(1980年、新装版2008年)『物の体系 記号の消費』法政大学出版局)
3 https://zs-menu.com/
4 Ferdinand de Saussure, 1916, Cours de linguistique Générale.(=小林英夫訳(1972)『一般言語学講義』岩波書店)
5 必ずしもアメリカ発祥の食べ物ではなく、且つスペアリブ(spareribs)そのものは料理名ではなく豚の骨付ばら肉の名称ではあるが、バーベキュースタイルで調理されるアメリカのスペアリブが料理として広く認知されていることから便宜的に「本場」という言葉を用いた。
6 日本トレンドリサーチと株式会社インターナショナルアドミッションズセンター「留学に関するアンケート」2022/10/26 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000243.000087626.html
7 独立行政法人日本学生支援機構「平成30年度「海外留学経験者追跡調査」報告書」 2019年9月1日https://ryugaku.jasso.go.jp/content/900002345.pdf
8 Baudrillard, Jean, 1981, Simulacres et simulation. (=竹原あき子訳(1984年、新装版2008年)『シミュラークルとシミュレーション』法政大学出版局)
9 仮にどこかの家庭の味を再現していたとしても、全てのホームステイ経験者がその家庭に滞在したことがあるわけではなく、本当にホームステイ先で食べたスペアリブのような味がしたとしても、その商品の基となったスペアリブを食べたことがあるわけではないのだから、その感想すらもある意味実態のない虚構なモノなわけだ。

(2024年10月07日「研究員の眼」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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