コラム
2024年03月26日

消費における「記号」とは何か

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――「消費されるためには、モノは記号にならなくてはならない」 

これは社会学者のJ.ボードリヤールの言葉1で、消費について研究をする上で避けては通れない言葉の1つだ。いわゆるモノを消費することで、その機能価値やそのモノの豊富さによって需要を満たしてきた「モノ消費」の時代から、我々は、「記号」を消費するようになった。記号というと地図記号や〒(郵便番号)のように言葉(名称)を代替するマークを想起するかもしれない。もしくは街中で見かけるトイレやエレベーター、Wi-Fiに至るまで、たとえ言語がわからなくとも何か理解することができるピクトグラムを始めとした「グラフィック・シンボル」を想起するかもしれない。消費社会論における記号もこれと本質は同じで、我々は消費においてそのモノやサービスが保有する実質的な機能的価値や使用価値を評価するだけでなく、むしろそのモノやサービスが保有しているコンテクスト=意味 の方を熱心に消費している。この背景には大衆消費社会を迎え、消費者の関心が生活の平準化や均質化から、他人との差別化へ移行していき、モノ延(ひ)いては消費を差別化の手段(=社会的な意味づけとコミュニケーション)とみなすようになったためだ。これは消費者にとって、“モノを消費するコト”の意味が変化したことを意味する。
 
1 Baudrillard, Jean, 1968, Le System des Objets, Paris: Gallimard.(=宇波彰訳 『物の体系 記号の消費』法政大学出版局)

2――消費者にとっての記号の役割

一番わかりやすい例が「ブランド」であろう。例えば、車一つとっても、我々はデザインや性能、価格と同等に「どこのメーカーの車か」という点に重きをおく。メルセデスベンツのロゴから我々は「メルセデスベンツというメーカーの車で、その車がドイツの車である」という事を認識する。これは、そのロゴが有している普遍的な情報を読み取っているのである。そのブランドやロゴに対する一般的な認知度が高ければ高いほど、その普遍的な情報は幅広く共有されるようになり、識別機能を有することとなる。零細ブランドや正に今誕生したばかりのブランドやロゴのことを認知している人は少なく、いくら普遍的な情報をそれ有していたとしても、その事実が広く共有されているわけではないのだ。 

では、なぜメルセデスベンツは有名なのだろうか。それは、普遍的ではないモノの、その名前やロゴに対して消費者もしくはメディアが付与し、且つ共有してきた今日までの社会的コンテクストが要因であると言えよう。「ベンツは高級車」「ベンツに乗っている人は金持ち」「ベンツには高い安全性がある」といった、誰もが想起するであろうメルセデスベンツに対するイメージは、ベンツという名前やロゴそのものに対して社会的に共有されるコンテクストとなる。それはベンツ自体の評判であるとともに、その評判は購入した消費者にも自動的に付与される。「名前」「ロゴ」「社会的なコンテクスト」は企業にとって他社と自社のブランドを識別してもらうという意味での象徴性を有するだけでなく、それを購入した消費者も他の消費者と自身を差別化する、もしくは同族であるという帰属意識を共有するための象徴性を付与しているのである。そして、そのブランドを消費することが、消費者にとってのアイデンティティの形成に繋がるのである。

そのため、所有・消費しているブランドは自身の情緒を満たしたり、他人から見られたい人物像を演じるツールとしても活用される。富裕層やビジネスの成功者がメルセデスベンツを愛用し、ハイブランドを身に着け自身のステータスを示そうとする顕示的消費と呼ばれる消費活動がその例だ。併せて、ステータスだけでなくアイデンティティの補完もしくは形成を期待してブランドが消費されることもある。

例えば「地雷系女子1」と呼ばれるジャンルの界隈2では、エナジードリンクの「モンスター パイプラインパンチ(通称ピンモン)」が「よく飲まれているの飲み物」というコンテクストが成立しており、「地雷系女子にみられたい」「飲んでいる飲み物でかわいさを演出したい」と考える消費者にとって自身のアイデンティティを成立させる要素となっている。これは、ピンモン自体が「地雷界隈」「かわいく見える飲料」という社会的コンテクストを有したこととなり、飲料という側面では代替品があるのかもしれないが、当事者にとって自身の帰属欲求の充足となる、アイデンティティによる差別化を目的とした記号消費においては「ピンモン」というブランドを代替するモノはないのである3。一方でこのピンモンの社会的コンテクストに対して、「そんなこと知らなかった」と思った読者も多いはずだ。社会的コンテクストは広く生活者が共有するタイプのモノと、特定の人たちの中だけで共有されるタイプのモノがあり、これは後者に該当するからである。さらに、同じの商品(ブランド)においても、界隈によって共有されているコンテクストが違う場合があるが、そのコンテクストから意味を読み取ることができるという事が、他人との差別化(もしくは帰属化)意識を生み出していると同時に、(その商品(ブランド)に付与されている社会的コンテクストが)文字通り(他人との)コミュニケーション性を創造する記号となっているのだ。
 
1 メンタルが病み気味で愛情表現が重めの「病みカワイイ」女子のこと。 黒やピンクを基調としたフリルやリボンが多い衣服、涙袋や垂れ目を強調したメークを好むのが特徴。(日本経済新聞「地雷系・量産型女子 広がる」2023/05/13 https://www.nikkei.com/nkd/company/article/?DisplayType=2&ng=DGKKZO70966310T10C23A5KNTP00&scode=3185&ba=1 より引用
2 ある場所の周辺の地域、近辺、近所、付近という言葉から転じて、「ある分野に詳しい人、関心のある人、その分野の専門家。また、そのような人々の集まり」のことを指す。
3 WEGO「【地雷界隈が選ぶ】つい買ってしまう“飲み物”ランキング!TOP10」 https://labo.wego.jp/subculzirai-drink/ 2023.2.14~2023.2.15,2023.4.19~2023.4.21実施 (あくまでも参考値として見ていただきたい)

3――「ボルドー地方」「天然水」「3つ星」

このように、我々は「どこのブランドであるか」という事に強い関心を示し、視覚的なロゴや名称、その商品の機能的価値や評判だけではなく、ひいては「どこの産地なのか」「誰が作ったのか」「何でできているのか」といったことまで関心を持ち同ジャンルの商品との「違い」を「消費」しようとするわけである。「ボルドー地方のカベルネソーヴィニヨンのワインです」と言われたら知識がなければその字面だけですごそうなワインに見えるし、「手仕事で国産のそば粉と天然水で打ったの蕎麦」と銘打っていたら芳醇な香りやのど越しを期待し、「フランスの3つ星レストランで修業したシェフ」と紹介されるだけできっと我々はその料理に一目を置くだろう。企業の名称やロゴに限らず「ボルドー地方」「天然水」「3つ星」といったその商品を構成する特徴的なワードそのものにおいても我々は社会的なコンテクストを共有しているのである。「Since 1978」や「創業120年」といったワードもその手の類のワードだろう4

この消費と記号の関係について、2020年2月23日にNHKで放送された『NHKスペシャル:〈食の起源第5集「美食」・人類の果てなき欲望!?》〉』で面白い実験を行っていたので紹介しよう。同じ料理を、料理名を変えて二つのグループに食べてもらうという実験だ。
図1 同じ内容だが名称が異なる料理
食べた料理は全く同じなのに、Aグループは「味が薄い」「クスリ的な味がする」と批判的な感想が出た中、Bグループは「後味が良かった」「優しい味でした」と、感想がまるで異なっていた。実際に料理への満足度もAグループが60%なのに対し、Bグループは87%と差が生まれたという。料理に付与された我々が共有している「おいしそう」と感じる記号が、その料理を実態よりも高く評価させた要因となったのだ5

このように、消費の効用はその商品が本来有する使用価値や機能的価値だけではなく、その商品の「記号」が発信しているメッセージによっても高められるのである。前述した「ピンモン」のケースや「○○(有名人)が愛用している化粧品」「○○で流行している」というコンテクストによって消費されるモノも同様である。消費者やメディアが構築したコンテクスト=イメージを求めて商品が選考され、使用価値とは異なる“なにか”を求めて消費されているのである。

ここで冒頭のJ. ボードリヤールの言葉を思い出して欲しい。「消費されるためには、モノは記号にならなくてはならない」。これは言い換えれば、我々消費者は何を消費するにしても商品が有している記号が購買行動へのフックとなっており、日々の消費行動は自身に向けて発信されている記号(情報)の取捨選択の繰り返しなのである。
 
4 余談ではあるが、先日筆者はUber Eatsで「今治市絶品B級グルメ!焼豚玉子飯」なるものを注文した。「今治市」「B級グルメ」という記号に惹かれたのだ。しかし、いざ商品が届くと見本の写真とは似ても似つかない料理で、注文先の住所を調べてみるとその実態はネパールレストランが経営しているゴーストレストランだったのである。この筆者の体験のように消費意欲を掻き立てるワード(=社会的に共有されているイメージやコンテクス)によって消費行動に移したことが、自身の期待を下回る消費結果になったという経験をしたことのある読者も少なくないはずだ。
5 NHK公式サイトより「おいしいと感じる理由とは?味覚と脳の関係について」https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1155.html (2022年7月21日)でも記載されている通り、消費者は自分の舌や嗅覚だけでなく、人から与えられる情報でおいしさを感じることもある。これを同サイトでは「脳は「情報」を食べている!?」と表現しているが、同様の議論はネット上でよく起こっており、特に久部緑郎 (作),河合単 (画)『ラーメン発見伝(1)』(ビックコミックス)の登場人物「芹沢達也」の「客はラーメンを食ってるんじゃない‼!情報を食っているんだ!」というセリフは度々引き合いに出されている。

4――記号と有形物の関係性

一方で「記号消費」の特徴は、「記号」そのものが実質的な役割(機能的価値)を擁していないという点にある。例えば、高級アパレルブランドのロゴは、それ単体では消費されることはなく、カバンや洋服に宿ることで初めて有形物となる。ロゴという機能的価値がないものがカバンという道具的価値に付属することで実像をなし、且つ可視化されることで、他人に発信されるメッセージ(記号)が創造されるのである。そのため、皮肉にもブランドバッグという他人への記号(メッセージ)を有したカバンは、本来の普遍的な目的を実現する「モノを運ぶ」という道具的価値ではなく、自分に宿ることで初めて存在が成立した“ブランド(ロゴ)”から得られる「人々からの反応」によってはじめて価値が見いだされるのである。
図2 道具的価値と記号の関係

(2024年03月26日「研究員の眼」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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