コラム
2023年10月27日

六本木 × キャベツ-消費の交差点(1)

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――六本木でキャベツ販売

先日オフィスのデスクを整理している時、積み重なる書類の中に切り抜いてあった興味深い新聞の記事を発見した。六本木でキャベツ農家が、キャベツの即売会を行い、試食による消費者反応が良かったものの、あまり売れなったという記事である。その即売会は、お昼時に行われたこともあり盛況であったようだ。それにもかかわらず、なぜ売れなかったのか。価格が高かったのか。人が集まらなかったのか。では何が問題だったのか。問題は「六本木」という場所にあった。

2――ビジネスマンがキャベツを買わなかった理由

六本木は、六本木ヒルズや東京ミッドタウン、泉ガーデンなどの大型複合商業施設や高級マンション、駐日大使館などが集中する東京有数の繁華街である。一方で、約57,000人 が働いておりビジネス街としての側面もある。この即売会はそこで働くビジネスマンを対象にしていたようだが、ターゲットとして彼らを選んだことが失敗だったようである。

いくらそのキャベツがおいしくとも彼らには購入するうえで3つの障壁があった。まず、そのキャベツをオフィスに持って帰る必要があるという点である。彼らは皆お昼休憩中に即売会を覗いているため、購入した場合就業時間までそのキャベツを保管しておかなければならない。何より、洗練されたお洒落なオフィスに同僚がキャベツを持って帰ってきたら、あなたはどう思うだろうか。

次にキャベツの販売状態である。もちろん店舗によるが店頭に並ぶキャベツはある程度泥や虫がついていないきれいな状態であったり、ラップで包まれて販売されていることが普通であるが、即売会などで販売されている野菜は鮮度が命であるため、畑から収穫されたときの状態が保たれたまま販売されている。「泥付き野菜」や「産地直送」など物流過程で手が加えられていない野菜が好まれるのは確かであるが、この即売会のターゲットはビジネスマンである。まだ、午後の業務が残っている中でスーツが汚れてしまうリスクをとってまでキャベツを買うだろうか。

最後に輸送である。昼間に比べて夜間の六本木の人口が24% に減少することから考えても、ビジネスマンの多くが六本木まで通勤していると考えられるだろう。彼らが公共交通機関を利用して帰る際にいくらおいしくても平均1kgあるキャベツを持って満員の電車に揺られることを望むだろうか。このようにビジネスマンが買いたくても買いづらかった現状がそこにはあるのである。

3――チャネル戦略と商圏

マーケティングにおいてProduct(製品)、Price(価格)、Place(チャネル)、Promotion(プロモーション)の総称は、4Pと呼ばれマーケティング戦略の基本とされている。今回の焦点は4つの中の「チャネル」にあてられるだろう。通常チャネルは、流通経路(販売経路)とも呼ばれ、製品の入手が困難ではないチャネルは、消費者にとって利便性のあるチャネルと考えられている。前述した即売会においてもキャベツ農家が、スーパーに並ぶものより新鮮なキャベツをオフィス街まで運送しており、消費者からすると自身がキャベツ農家まで足を運ぶというコストを払わなくても製品が手に入るという一見利便性のあるチャネルに思われる。しかし当たり前のことながら、野菜は家で消費するものであり、家までの流通コストを担うのは消費者なのである。一般的なスーパーマーケットの商圏が徒歩においては500m~1kmと言われており、最寄り品である野菜を電車に揺られて運ぶのは、製品自体のコストパフォーマンス低下に繋がるのである。

4――わがままな消費者

この記事でキャベツ農家は東京の人は冷たいとコメントしていたが、これが六本木ではなく、隣接する麻布十番ならばオーガニック食料を取り扱うスーパーが並んでおり、キャベツ農家が望んでいたような結果が出たかもしれない。もしくは、家までの物流をキャベツ農家が担ってくれたら喜んでビジネスマンも買ったかもしれない。

このようなことは日常生活を通して決して珍しいことではない。食べたかったカレー屋が偶然空いていたのに商談の前だから泣く泣く諦めた、たまたま覗いた服屋で気になる服を見つけたがゆっくり試着する時間がなかったからやめた、コンビニのレジが混んでいたからホットスナックを買うのをやめたなど、消費者は消費したいと思っても、消費するタイミングや流通コストを天秤にかけ、自身への負担がメリットを上回るとき購買しないという意思決定をしてしまう。そして、人によっては購買に至らなかった時に、イソップ寓話の『すっぱい葡萄』 のように、どうせ大しておいしくない、そんなにかわいくない、スーパーの特売の方が安い、と言ったように、買えなかった(消費しなかった)ことに対して、あたかも正当な理由であるかのように言い訳を考え、消費できなかった自分自身を正当化しようとする。

5――「家に帰るまでが買い物」

マーケティング戦略における“チャネル戦略”は消費者のギリギリまで商品を運び、買いに行くという手間をどこまで省けるかが重要な要素の一つである。最寄り品のように日常的に使われる(消費される)モノならばなおさらだ。しかし、売買により店から消費者に商品(所有権)が移動したとしても、彼らが家に着くまでは買い物という行動は終わってはおらず、これだけでは不十分である。つまり、「家に帰るまでが買い物」なのである。そのため、販売者は、提供までの流通コスト(文字通り流通にかかった費用)だけではなく、そこから家に持って帰るという消費者が物理的に担う流通の手間も考慮する必要があるのである。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2023年10月27日「研究員の眼」)

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【六本木 × キャベツ-消費の交差点(1)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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