コラム
2024年09月09日

お月見×たまご-消費の交差点(7)

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――「これは月だからね」という企業からのメッセージ

ハンバーガーに月に見立てた目玉焼きがサンドされているマクドナルドの秋の風物詩「月見バーガー」が2024年9月4日(水)より販売開始されている。例年、販売当日には月見関連商品を求めてマクドナルドには長蛇の列ができる。最近では「月見」=「たまご(主に目玉焼き)」というイメージが消費者に定着したこともあり、マクドナルドに留まらず様々な飲食店で「月見」というワードを目にすることが増えた。

元々「月見」と言えば『月見そば』を想起する人も多いのではないだろうか。新島繁(2011)『蕎麦の事典』(講談社学術文庫)によれば、月見そばが食べられ始めたのは、明治以降だったといわれている。卵を落とすと満月が浮かび上がり、そばの熱によって卵白徐々にあたためられることで、朧月のように見え、黄身に箸を入れてかき混ぜると月の明かりは闇夜に消えていく。お椀の中で日本人は風流な移ろいを楽しんでいたわけだ1

今では月=たまごのみならず「丸餅」や「ハッシュポテト」など、たまごから派生した丸いモノ、黄色いモノという広い括りで“月”に見立てた商品も販売されており、マーケットが先導する形で「月見商品」の消費文化も広がりを見せている。流石にこれは月とは言えないだろうと思う商品があるのも確かだが、それが月に見えるかというよりも、それが月であるというコンテクストに消費者が乗っかってくれることが前提になっているため、この類の商品は消費者側の遊び心や、企業側からの「これは月だからね」というメッセージ(記号)を消化し、作られた風物詩(季節もの)から季節を感じとるという、ある種のエンターテインメントに対するノリが成立しているわけだ。
 
1 余談だが、本来『月見そば』には群雲(むらくも)やススキ、夜空に見立てた『海苔』は必須であり、海苔なしの場合は『玉(ぎょく)』と言われていたようだ。月見そばの文脈で言えば、卵と海苔は「月見」と呼ぶための必須要素と言えるだろう

2――マーケットが補完する四季

現代は昔より季節の変わり目が曖昧になっているぶん、我々は広告や商品によって感じることができないはずの季節の変化を感じることができる。まだまだ残暑というには暑すぎる暑さが続くこの9月においても、「もう秋なんだ…」と感じ取ることができるのは、ダウンジャケットや毛織のコートがキンキンに冷えたショッピングモールのテナントの入り口にディスプレイされたり、8月下旬からちらほら目にするコンビニのおでんや、スーパーの鍋の素などによって、マーケットが意図的に区切った四季によって境目がハッキリしなくなった四季に対してメリハリがつけられているからだ。自然の摂理とは大きくギャップの生まれた、「9月になったら秋が始まる」という我々の季節感をマーケットが補完してくれているともいえるのかもしれない2

このように考えると、我々の消費はマーケットに主導されている気もするが、消費を楽しむという肯定的な側面から言えば、2月にチョコレートを意識してしまうのと同様に、「月見」というマーケットのノリを受け入れることで、日々の消費が変化し、新たな楽しみに繋がるわけだ。
 
2 消費社会においてはこの商業主義そのものが批判の対象になりそうだが笑

3――お月見における行事食

昨今では気温の変化による季節感を日常において感じにくくなったといっても、他の国よりは四季がはっきりしていることもあり、我々日本人は食べ物の『旬』によって季節を感じとってきた。その季節の新鮮な魚介類や野菜・果物を積極的に食べることが旬を楽しむことに繋がるのだ。旬の食材を使用した食事が行事食と呼ばれることもあり、その行事を行う上で適した料理や食材があることを我々は知っている。

一般的に我々は秋の満月に月を見ることをお月見と認識しているが、実際には旧暦8月(現9月中旬~10月上旬)の「十五夜」、9月(現10月)の「十三夜」、10月(現11月上旬)の「十日夜」の3回がお月見をする日と決まっている。いわゆる「十五夜」と呼ばれる中秋の名月は秋の豊作を祈願の日。「十三夜」は収穫に感謝する日で、「十日夜」は来年の豊穣を祈願する日である。それぞれの日で行事食とされていたものが異なり、十五夜では芋を、十三夜では団子や「栗名月」や「豆名月」とも呼ばれる事もあってか栗や豆が食べられたという3。また、前述した「月見そば」や「月見うどん」も近代以降に本来のお月見の文脈とは異なる形で定着した行事食の派生形といえるだろう。

一方で昔のアニメやドラマで見たような縁側で月や風になびくススキを見ながら月見団子を食べたり、月見酒を嗜むといった絵にかいたようなお月見文化は過去のものになりつつある。気候も違えば、家族の日常も大きく変質し、“舞台装置”ともいえる縁側が現代の住宅にはもはや存在していないといっても過言ではないだろう。それこそ今では、CMの影響もあってかマクドナルドの店舗内から月見バーガーを頬張りながら月を眺める方が、せかせか時間が流れる現代社会においてはよっぽどイメージしやすい。一年で一番美しい月をこの現代消費社会で楽しむという意味では、ケンタッキー・フライド・チキンがクリスマスのそれであるように、「月見バーガー」も広義の行事食と言えるのかもしれない。

4――如何にして「月見バーガー」は誕生したのか

たまごとオーロラソースが特長の日本オリジナルの『月見バーガー』は、1991年に初めて販売された。開発当時、バーガーに入っていると嬉しいと感じる人気食材を調査したところ、たまごが人気という結果になったからだという。併せて当時900店舗ほどあった全国のマクドナルドに安定的に仕入れられるということも重要な課題であり、たまごが安定的に供給される秋に出す商品を開発することが開発背景にあったようだ4。当時の開発担当者によると、様々な試行錯誤を繰り返し、最終的にたまごの黄身を月に見立てて、日本ならではの季節感を取り入れた『月見バーガー』と命名されたという。

ここで興味深いのは、商品開発が今では風物詩となった「月見」というイメージがまだ消費者に定着する前のことであり、「月見」というイメージが先行ではなく
 
たまごが人気→秋はたまごが安定供給される→秋に卵をつかった商品を出す

という、たまごを使ったバーガーが食べたいという消費者ニーズが背景にあったという事だろう。

誕生から33年。日本のマーケットにおける「月見」のカテゴリーファウンダーとして市場を拡大してきた「月見バーガー」だが、この33年の間にさまざまな“月見ファミリー”も誕生している。
表1 マクドナルドの月見関連商品の変遷
今年は『芳醇ふわとろ月見』、『きなこもちとあんこの月見パイ』、『月見 マックシェイク カスタードプリン味』が初登場する。

マクドナルドが「月見」マーケットを開拓し、「月見」=秋限定というイメージが構築されたことで、昨今では多くのファストフードチェーンがそのマーケットに参入しており、今年も大手飲食チェーンが月見関連商品を販売することを発表している。ロッテリア、ケンタッキー、ウェンディーズ&ファーストキッチンなどのバーガー市場に留まらず、コメダ珈琲店やピザハット、すき家や吉野家などの牛丼チェーンから、丸亀製麺に至るまで「月」をフックに商品を展開する予定である。各社が行っているSNSでのキャンペーンやTVCM放映によって消費者は、その商品に対する認知や興味だけでなく、「月見」市場そのものに対しても想起するきっかけとなっており、「月見」市場全体が盛り上がる要因、又「月見関連のバーガーの季節だな」と、食による季節の変わり目を感じるきっかけにもなっている。

じっくり季節を感じる余裕がない現代消費社会。季節に対する体感も暦通りでなくなっているからこそ、マーケットがカレンダー通りに提供してくれる季節限定商品から四季を感じとってもいいのではないだろうか5
 
4 初公開!マックの秋の定番『月見バーガー』誕生秘話 2016/08/25 https://www.mcdonalds.co.jp/burgerlove/static/burger/376/index.html
5 消費者の能動性を欠いた消費意識に訴求しており、これ自体が商業主義における批判の対象になるという事を認識していることは留意したい。

(2024年09月09日「研究員の眼」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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