コラム
2023年12月25日

揚げもみじ×ナッジ-消費の交差点(2)

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――食べ終わった後の竹串を奉納

今年、出張で広島の厳島神社に行くことがあった。初めての訪問だったこともあり、新鮮な気持ちで境内を散策し、1400年以上続くと言われるその歴史に触れ感動した。神社そのものに感動した一方で、とある土産物屋の取り組みが強く印象に残っている。宮島でもみじ饅頭・焼菓子の製造・販売を行う「紅葉堂 本店」は、宮島名物であるもみじ饅頭に衣をつけて油で揚げた「揚げもみじ」の発祥の地とされている。名物という事もあり連日観光客が押し寄せており、筆者も揚げたてに舌鼓を打った。食べ終わり、竹串を捨てようとすると、揚げもみじが包まれていた包み紙に「食べ終わった後の竹串を奉納しよう」と書いてあった。なんでも「竹串回収の守」が店頭前に設置されており、そこに竹串を奉納することで、ご利益があるかもしれないと謳っているのだ。

2――ゴミの行方まで検討することも企業が果たすべき責任

宮島観光協会によれば、宮島には約500頭のニホンジカが生息しており、そのうち約200頭が街中に生息しているとのことだ1。日本では、奈良県の春日大社や大阪府の枚岡神社など鹿にゆかりのある神社も多く、特に春日大社では、神の使い神鹿(しんろく)として大切にされてきた。宮島においても鹿は神聖な生き物として扱われている訳だが、紅葉堂に設置されている竹串回収の守「平のあげもみ公」も公家を彷彿させるような平安の雅の装いをした鹿のキャラクターがあり、その神聖な鹿をモチーフとしたキャラクターが竹串回収箱の上に設置され、竹串回収の守が店頭前に置かれているわけである。

揚げもみじの包みには、「美こそは島の命だ」と大書されていた。宮島は観光地として知られており、食べ歩きの楽しみも多いが、厳島神社への道中では心無い観光客によって様々な食べ残しの皿や割り箸、串などがポイ捨てされている光景が見受けられる。「紅葉堂」は、自社の商品から出るゴミの処理も、企業が負うべき責任の一環と捉え、本文で紹介した神聖な鹿をモチーフにした「平のあげもみ公」を掲げ、鹿を神聖な動物とし、捨てる行為を奉納とすることで、能動的にゴミ箱に串を「奉納する」という工夫を施している。

3――同じ捨てるという行為が祈祷に代わる

実際にその串を奉納箱に入れる事でご利益があるとは、消費者側も本気では思ってはいないだろう。しかし、企業が提供するこのユニークなアプローチに乗っかることで、捨てるという行為が一種の祈祷に代わることになる。我々は、絵馬やおみくじ、神社仏閣での賽銭を伴う参拝や初穂料や玉串料を伴う祈祷など、支出が伴うものだけでなく、流れ星への願い事、七夕の短冊、誕生日ケーキのロウソクを願いを込めながら吹き消すなど、支出を伴わないものに対しても、案外ポジティブに評価している。また、本当にご利益があるかは不明だが、どうせ捨てるなら縁起がいいかもしれない方に捨てたくなる(奉納したくなる)だろうし、良いことがあるかもと言われたら悪い気はしないだろう。このようにただ捨てるという行為では、消費者側には全くメリットが生まれないが、「平のあげもみ公」の存在によって、「ご利益があるかも」というエンターテイメント性や期待感が生まれ、ゴミを捨てるというネガティブな行為(手間のかかる行為)がポジティブな経験に変化し、能動的に正しいところにごみを捨てるという結果を生んでいるのである。

また、このコンテクストの中では串は奉納物であり、ポイ捨ては奉納物をポイ捨てすることを意味する。そのため、実際に奉納箱に入れてご利益があるかないかは別として、奉納物として見立てられているものをポイ捨てするのは、なんともバツが悪いだろうし、実際に厳島神社のおひざ元であるという故に「罰が当たるかもしれない」という、根拠のない不安が心理的にポイ捨てをしにくくさせることに繋がっているのではないだろうか。

4――ナッジとは

このような、消費者が当人にとって、もしくは社会にとって望ましい行動をとれるよう後押しするアプローチを行動経済学ではナッジ(nudge)という。ナッジ理論は2008年に、アメリカの経済学者のリチャード・セイラー教授と法学者のキャス・サンスティーン教授によって提唱された。ナッジの例として良く知られているのが、男子用トイレの小便器の話である。オランダの空港で小便器に「ハエ」の絵を描いたところ、清掃費が80%も減ったという話がある2。利用者がハエに狙いを定めたため、トイレの床を汚す人が激減した訳だ。このように「トイレをきれいに使ってください」といった言葉や説明書きで人に行動させるのではなく、能動的に人が行いたくなる仕組みを導入して、「勝手に」思惑通りの行動に促す手法ともいえる。本コラムで紹介したケースで言えば、「ゴミを正しいところに捨てましょう」とアナウンスするよりも、ゴミ(串)を奉納物としての意味を持たせることで、ごみ箱(奉納箱)に捨てることがご利益に繋がるかもしれない、という気持ちのよい体験に繋げ、且つポイ捨てをすることが罰当たりな行為という根拠のない心理的な不安を生み、ポイ捨てもしにくくなるのである。

メリット(ご利益)だけではなく、デメリット(罰が当たるかもしれないという文脈)が無意識に頭によぎることが、消費者に正しくゴミを捨てさせるという行動を促しており、紅葉堂の目的である「美こそは島の命です」という使命の実現に繋がっているわけである。
 
2 ダイアモンドオンライン「「奥へ詰めて」「5分待って」どう言い換えたら人は気持ちよく動く?」2022/06/03  https://diamond.jp/articles/-/304177
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2023年12月25日「研究員の眼」)

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【揚げもみじ×ナッジ-消費の交差点(2)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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