コラム
2024年10月07日

商品とネーミングの恣意性について考える-“ホームステイ先で食べた〇〇〇〇〇”

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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2――夢見る見習い剣士チョコ

ただ、ここまでの例は、まだ想像の域にあるネーミングではあると思う。筆者が最近最も驚いたネーミングはイオントップバリュ株式会社が製造するプライベートブランド「トキメクおやつ部」の商品ラインナップである。以下がその一例である10

・恋するギルドスタッフチョコ
・夢見る見習い剣士チョコ
・慈悲深きヒロインののどヒーリングラムネ
・癒しの魔導士グミ
・がんばる戦士グミ
・はらはらミミックラムネ
・パーティーメンバーのあの子が作ったバウムクーヘン

これらのキーワードに馴染みがない限り、そもそもギルドやミミック、パーティーメンバーと言われても全くピンとこないだろう。剣士やギルド、ミミックといった名前は『葬送のフリーレン』や『ダンジョン飯』といった昨今流行しているファンタジー系アニメを踏襲しており、パッケージにはそれらの作品に出てくるようなキャラクターが描かれている11

中身は普通のチョコやラムネであり、本来ならば必ずしも剣士や戦士などのワードを使う必要はない。剣士という記号に対してチョコやお菓子というイメージが普遍的に消費者の間で共有されているのならば、そこに意味が見出されるのかもしれないが、そのようなコンテクストは一般的ではなく、消費者は、このキーワードとお菓子そのものには何ら関係性を見出すことはできない。ファンタジー系とお菓子そのものに関連がない且つ、それぞれのキャラクターが「味」を連想できる記号を共有しているわけではないため、「夢見る見習い剣士チョコ」といわれてもイメージのしようがなく、消費者は言うなれば“無”からそれぞれを結び付け、味や商品をイメージしなくてはならない。例えば亀田製菓の「おばあちゃんのぽたぽた焼き」のように、誰もが認知しているおばあちゃんという属性や、おばあちゃんという記号が擁するコンテクストが共有されていれば、その商品から「温かみ」や「田舎」「手作り」といったイメージを想起できるかもしれない12が、戦士やギルドと言われて、多くの消費者は何かをイメージすることは困難だろう。前述したホームステイ先で食べたといったシチュエーションや、おばあちゃんという属性そのものが記号として成立しうるのは、まだ我々の想像の域にあるからだ。

また、そもそもその商品がコラボやライセンス商品で、「○○(キャラクター名)のチョコ」といった商品名ならそこまでのコンテクストは必要なく、あくまでも1キャラクター商品として消費者の目に映るだろうし、コラボカフェなどで「はらはらミミックラムネ」といった商品があれば、ファンはその名称から作品の1場面を想起するかもしれない。そのコンテンツの認知の有無がゾーニング(もしくはターゲティング)になっているわけだ。しかし、前述のスペアリブやちまきのように、かろうじてその商品を説明する上でその記号(ホームステイやあの笑顔を思い出すなど)を使わなくてはいけない必然性(伝えたいメッセージ)があるならばまだしも、戦士や剣士などその名称(キーワード=記号)そのものにはその商品を体現する意図(要素)はなく、そのキーワード(戦士という記号)を使用する必然性はない。他の商品との差になるはずの情報に何の意味もないのである。

こうなると、消費者によっては「これはいったい何なのか」と、商品を検討する上でのノイズになりかねない。本来記号は消費者が購買を検討する上での重要な情報となるわけだが、行き過ぎてしまうと、逆にイメージすらつきにくくなってしまうわけだ。
 
10 https://www.topvalu.net/tokimekuoyatsubu/
11 より大衆的なコンテンツを例に挙げるのならば(雑すぎる説明であることは承知しているが)取り急ぎ、ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観を想像してもらえばいいだろう。ちなみにギルドは冒険者組織のことで、勇者が仲間を探している時に訪れるその組織を統括している運営で働いてる人をギルドスタッフと考えればいいと思う。また、ミミックは宝箱やアイテムになりすまして人を襲う怪物を創造してもらえばいいと思う。(コンテンツごとに定義や扱われ方が違うため歯切れの悪い説明になっています)
12 このようなイメージはある意味ステレオタイプの議論そのものでもあるため、個人的には属性によって共有されるイメージは多様性のある社会にそぐわなかったり、時代錯誤であると考えている。

3――「夢見る見習い剣士チョコ」におけるデータベース消費と物語消費論

ただ、これらファンタジー系アニメに精通している消費者にしてみると、この「トキメクおやつ部」の商品ラインナップから、その記号が持つコンテクストを抽出、自己解釈をして消費を楽しむ要素として昇華させることができる。例えば批評家の東浩紀が提唱する「データベース消費」13の様相である。データベース消費とは、物語そのものではなく、その構成要素が消費の対象となるようなコンテンツの受容のされ方を指す。キャラクターを構成する目、耳、髪型、声、服などの様々な断片なパーツから意味を見出し、その要素を消費すると言ってもいいだろう。パッケージに描かれている戦士なら戦士、魔導士なら魔導士と認識できる要素そのものからポジティブな印象を受ければ、描かれているイラストそのものが商品を選好する理由となる。

「夢見る見習い剣士チョコ」という商品名なのに剣士が描かれていなかったり、自分がイメージする剣士でなかったら、いくら「剣士」というネーミング(記号)やシニフィアンがその商品に宛がわれていたとしても「どこら辺が剣士なのか」という解釈の不一致が生まれてしまう。剣士という言葉を使うにあたって、その言葉から消費者間で共有しているコンテクスト=要素(パーツ)をデータベースとして引き出し、それをブリコラージュ14することでシミュラークルとしての「剣士」を成立させているのである。消費者側もそのブリコラージュ=要素の集合体としての剣士を、剣士と認識することで初めてこの商品のコンセプトに乗っかることができる訳である。

一方で評論家の大塚英志が提唱する「物語消費論」15の様相も伺える。大塚の言う物語消費とはビックリマンシールやシルバニアファミリーのように、それら商品そのものが消費されるのではなく、それを通じて背後にある「大きな物語や世界観」が消費される消費形態のことである。確かに剣士チョコや戦士グミに描かれているイラスト自体はストーリー(元ネタ)から生み出されたキャラクターではなく、商品名に剣士や戦士というキーワードを名称として宛がう際に必要となった要素であり、前述したデータベース消費の側面を擁しているが、「トキメクおやつ部」は、公式サイト等で実際にそのストーリーが紹介されているわけではないため厳密に言えば物語があるわけではないにもかかわらず、そのシリーズが明らかにファンタジー系アニメというコンセプトの基に展開されており、大概同じ棚に他のシリーズものと一緒に陳列されているため、それぞれのキャラクターの繋がりや同じ世界観の共有の可能性など、消費者はそのコーナーから物語性を汲み取る(創造する)ことができるわけだ。

また、このようなコンセプトが成立しうるのも、過去のファンタジー系アニメジャンルが築いてきた大きな物語(歴史)があるからであり、消費者が物語性を汲み取る(創造する)ことができるのは、その大きな物語の文脈があってのことだ。

併せて、例えば「夢見る見習い剣士チョコ」の剣士と自身の知っている既存の剣士のキャラクターとを重ねれば、このシリーズに登場するイラスト同士の関係性や世界観の解像度も高くなり、想像するそのシリーズに対する物語性も増す。

もちろんプライベートブランドという事もあり価格が比較的安価であることや、おいしそうだからという、価格や商品の直接的価値によって選好される可能性もあるが、このシリーズから「おもしろい」「楽しそう」「気になる」といった興味を見出し選択することができるのは、ネーミングやパッケージのイラストという記号から、そのコンセプトを汲み取ることができるような過去の消費経験が必要である。冒頭で述べた通り、このような商品の多くは、消費者側の経験に基づく想像力に依拠する必要があり、裏を返すと、その消費者の記号に対する解像度や認識さえあれば、商品を説明するディテールは必ずしも必要ではないのだ。それ故、ネーミングにおいて、その商品の実態がわかる記号(情報)が宛がわれてなくとも、その記号が持つ余白=消費者に委ねられる情報処理によって生み出される遊び でさえも他の商品と差別化する要素になり得るのである。
 
13 東浩紀(2001)『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』 講談社
14 寄せ集め
15 大塚英志 (1989)『物語消費論』 新曜社

(2024年10月07日「研究員の眼」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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