コラム
2024年09月25日

就業調整の現状と課題~賃金上昇が人手不足に拍車をかけるおそれ~

経済研究部 研究員 安田 拓斗

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1.賃金上昇が就業調整へ繋がるおそれ

連合の「2024春季生活闘争 最終回答集計結果」によると、2024年の春闘賃上げ率は5.10%と33年ぶりの高水準となった。また、中央最低賃金審議会は2024年度の最低賃金の目安を全国平均で時給1054円にすると決めた。現在の1004円から50円の引き上げで、22年連続の増加となる(図表1)。

物価や賃金が上昇する状況下では、一定の年収を基準とした制度やルールが時代遅れのものとなってしまう。年収の壁もその一例である。年収の壁とは、住民税や所得税などの税金や社会保険料がかからないようにするため、労働時間を抑制する就業調整を実施することをいう。また、配偶者がいる場合は配偶者特別控除が減らないようにする目的や企業の配偶者手当の受給要件を満たす目的で就業調整を実施する人もいる。

年収の壁は一定のため、賃金が上昇した場合、年収の壁の範囲内で勤務する労働者はさらなる就業調整を実施すると考えられる。毎月勤労統計調査によると、パートタイム労働者の時給は増加しているが、総実労働時間は減少しているため、現金給与総額の伸びは時給の伸びに比べて緩やかになっている(図表2)。労働時間減少の一因は就業調整と考えられる。人口減少に伴う労働力人口の減少が見込まれる日本では、労働力の確保が課題となるため、労働者の就業調整への対応が求められる。
図表1 最低賃金のの推移(全国加重平均)/図表2 パートタイム労働者の就労状況

2.年収の壁の概要

年収の壁となる年収基準には、住民税がかかる100万円、所得税がかかる103万円、社会保険料がかかる106万円、130万円、配偶者特別控除が減り始める150万円、配偶者特別控除がゼロになる201万円がある。加えて、企業が独自に設定している配偶者手当の年収基準(多くの企業は103万円か130万円)も年収の壁となっている(図表3)。

他に所得がない場合、収入が100万円を超えると住民税、収入が103万円を超えると所得税を納めなければならない。ただし住民税と所得税を納めた場合でも、年収の壁を超える前と後で手取り金額の逆転は起こらない。

配偶者がいる場合、収入が100万円以下であれば配偶者控除が適用され、103万円超150万円以下であれば配偶者特別控除が満額適用される。収入が150万円を超えると配偶者特別控除が段階的に減少し、201万円超になるとゼロになる。しかし、基準を超える年収となり、配偶者特別控除がなくなったとしても、世帯でみると壁を超える前と後で手取り金額は逆転しない。
図表3 年収の壁
社会保険料が発生する基準については、2024年10月以降、企業規模(従業員数51人以上)、労働時間(1週間の所定労働時間が20時間以上)、賃金(月額8.8万円以上)、勤務期間(2ヵ月を超えて使用される見込み)、身分(学生でない)の5つの要件のすべてに当てはまる場合は106万円、それ以外の場合は130万円以上になると社会保険料の支払いが必要となり、手取り金額の逆転が発生する(図表4)。

106万円の壁である社会保険の適用範囲は2016年10月の従業員数501人以上から2022年10月に101人以上へ、2024年10月に51人以上へと段階的に拡大されている。一方で、賃金基準は2016年10月以降一定のままとなっている。
図表4 社会保険の適用範囲
図表5 配偶者手当の年収基準の割合 配偶者手当を受け取ることのできる年収については、企業によって異なる基準を設けている。人事院によると、2023年に配偶者手当を支給している企業が56.2%で、そのうち87.4%が配偶者の収入による制限をしている。収入制限の金額は103万円が41.9%、130万円が35.0%、150万円が7.8%、その他が15.4%と、多くの企業が税金や社会保険料の発生する年収基準に合わせて設定している(図表5)。

 

3.就業調整を実施する人の属性

年収別に、労働者のうち就業調整を実施している労働者の割合を見ると、2022年は50~99万円が46%(2017年:45%)と最も高く、次いで100~149万円が40%(2017年:37%)、50万円未満が21%(2017年:19%)となっている(図表6)。

年収150万円未満の人は、年収150万円以上の人に比べて就業調整をしている人の割合が非常に高く、就業調整をする人の割合は2017年に比べて上昇している。2022年10月に社会保険適用の条件の一つである企業規模が501人以上から101人以上へ変更され、106万円の壁の対象者が拡大されたことにより新たに就業調整を行う人が増えた可能性がある。

一方、就業調整をしている人の割合をみると、男性は14.1%であるのに対し、女性は30.6%と高く、中でも配偶者のいる女性は39.1%と高い水準となっている(図表7)。
図表6 年収別就業調整の内容/図表7 就業調整をしている人の割合

(2024年09月25日「研究員の眼」)

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経済研究部   研究員

安田 拓斗 (やすだ たくと)

研究・専門分野
日本経済

経歴
  • 【職歴】
     2021年4月  日本生命保険相互会社入社
     2021年11月 ニッセイ基礎研究所へ

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