コラム
2024年09月25日

就業調整の現状と課題~賃金上昇が人手不足に拍車をかけるおそれ~

経済研究部 安田 拓斗

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4.就業調整を実施する理由

図表8 就業調整の理由(2021年) 就業調整を実施する理由(2021年)として、所得税の発生する103万円の壁を挙げた人が46.1%で最多となった。次いで社会保険料が発生する130万円の壁が44.6%、配偶者控除・特別控除のためが28.3%、配偶者手当のためが12.1%となった(図表8)。年収が103万円を超えた場合、納税が必要だが納税後も手取り金額は上昇する。また、配偶者控除・配偶者特別控除についても、世帯でみれば配偶者控除・配偶者特別控除の減少分より手取り金額の増加分の方が大きい。しかし、それぞれ46.1%、28.3%の人が就業調整の理由として挙げている。

年収の壁を超えたために納税が発生したとしても、納税後も手取り金額が増加することや配偶者特別控除が減っても世帯でみれば年収は増加することが知識として広まれば就業調整者は減らせるかもしれない。

5.時給が引き上げられ、年収の壁を下回るには就業調整が必要に

年収の壁が一定の金額に設定されていることで、賃上げによる時給上昇は就業調整を促す可能性がある。就業調整が実施されると労働力が減少し、企業の人手不足に繋がりかねない。
図表9 年収106万円となる年間労働時間の推移 2024年10月以降、社会保険の適用範囲拡大により、社会保険の適用年収が130万円から106万円へ移行する人が増加することが見込まれる。厚生労働省の試算1によると、企業規模の要件が変更されることで70万人程度、最低賃金が引き上げられることで110万人程度に影響がある。

毎月勤労統計調査を基に単純試算すると、年収106万円稼ぐために必要な労働時間は、2016年では949時間だったが、時給が上昇したことで2024年には776時間に短縮された。2016年に106万円の壁のために就業調整した人は、2024年も年収を106万円以下に抑えるためには、年間の労働時間を173時間短縮する必要がある(図表9)。
 
1 第4回社会保障審議会年金部会の資料(2023年5月30日)

6.おわりに

足もとではコアCPIが前年比2%台後半で推移しており、今後も物価上昇に合わせて最低賃金やパートタイム労働者の時給は上昇を続けることが予想される。そのような状況下では、年収の壁が一定の金額となっていることが労働者の就業調整を促進する可能性がある。しかし、年収の壁を物価や賃金の変動に連動させることは、公平性や被用者保険拡大の観点から慎重に検討を重ねる必要がある。

今、最も効果的かつ必要なことは、労働者一人一人が年収の壁への理解を深めることだと考える。すでに見たように就業調整の理由として最も多かった回答は「103万円を超えると税金が発生するから」である。確かに配偶者手当の基準が103万円だった場合など、103万円の壁を超える前と後で手取り金額が逆転するケースもある。しかし、手取り金額の逆転が起こらない場合でも、制度への理解が不十分であるがゆえに、税制上の扶養の基準である103万円を超えないように就業調整している人が多いのではないだろうか。そのような労働者への情報提供を強化し、制度に対する正しい知識が広がることで、就業調整は部分的に改善へ向かうだろう。

年収の壁による就業調整を抜本的になくすためには、被用者保険が加入者本人だけでなく扶養家族まで適用されるという仕組みを変えなければならない。扶養家族を定義するためには、年収基準を設ける必要があり、それが年収の壁となるからである。扶養家族は、女性の労働参加率が上昇し共働き世帯が増える中で、時代に合わないものになりつつある。

足もとでは、年収の壁への正しい知識を広めることに加えて、政府の「年収の壁・支援パッケージ」を着実に推し進めることで就業調整を抑制することができる。長期的には、年収の壁の水準や扶養家族の定義などを改めて検討し、今の時代に合った仕組みへと変えていく必要があるだろう。
 
 

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(2024年09月25日「研究員の眼」)

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