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- どうなる?中国の不動産市場~三中全会の改革要点からみる不動産市場回復策のねらい~
2024年09月17日
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3|住み替えの支援
住み替え支援政策は、農村地域から新たに都市部へ移住した「新市民」および若年世帯を対象としている。この政策は中国における次のような不動産新政策「売一買一」の延長線上にあり、その目的は不動産流通の促進を図ることにある。
2022年9月30日、中国財政部、税務総局は「市民の住み替えに関する個人所得税支援政策に関する公告」24を公表した。この公告に基づき、2022年10月1日から2023年12月31日までの間に、所有する住宅を売却し、売却後1年以内に市場で新たに住宅を購入して住み替える納税者に対して、売却時に既に納付した個人所得税25を還付する優遇措置(「売一買一」、または「以旧換新」とも呼ばれる)が適用されることになる。この背景としては、新型コロナウイルス感染症の影響で社会経済が十分回復していない状況の中で、中小不動産開発業者から不動産業界をリードする大手企業まで次々と破綻に陥り、一般市民の「不動産価格は下がらない」、「大手企業は倒れない」という信仰が崩壊したことから、住み替えによる取引が低迷している事情がある26。
2021年の既存住宅の成約件数は2017年以来の最低水準を記録したが27、この新たな政策が新築住宅と既存住宅の循環を促進し、住宅購入に対する消費需要を喚起するための重要な施策となることが期待されている。
この住み替え支援政策は、中国で深刻化している少子化問題への対策の一環でもある。中国では2016年から「一人っ子政策」を廃止したが、その後も子どもは期待されたほど増えていない。その理由として、低所得家庭は子どもの養育費や住宅購入費用の両方を賄うことができず、中所得家庭も予算に制約を受け、子どもを持つか住宅を購入するかの選択を迫られることが多い28という調査結果が報告されている。子どもが増えると、現在の住居が狭くなり、住み替えの必要性が生じるが、住宅価格が高いために実際に住み替えすることが難しく、結果として子どもを持つことを諦める家庭もいる29。この問題に対処するために、北京市は2023年に、2人以上の子どもを持つ家庭が2戸目の住宅を購入する場合、その住宅を「一次取得」の住宅として扱うと公表30した。この場合、住宅ローンにおける頭金の比率制限の緩和や金利の優遇制度が受けられることになる。また、瀋陽市では、2人以上の子どもを持つ家庭の住宅ローン貸付限度額は、最高貸付額の限度額基準を1.3倍まで引き上げることができる31。これらの措置は、住宅購入を希望する子育て世帯に対して、より多くの資金を提供し、住宅の購入を促進することを目的としている。
24 中国財政部、税務総局(2022)「关于支持居民换购住房有关个人所得税政策的公告」
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2022-10/01/content_5715508.htm
25 本来の規定によれば、住宅の所有期間によって個人所得税の課税額が異なる。所有期間が5年未満の住宅を売却する際に、譲渡所得(不動産の売却価格から取得費用と諸経費を差し引いた額)に対して20%の個人所得税が課せられ、取得費用が不明な場合、売却価格の1%で算出される。その他、増値税(不動産の売却価格の5%)などの税金もかかる。一方、所有期間が5年以上の住宅を売却する際に、個人所得税と増値税が免税となる。
国家税務総局上海市税務局Q&A
https://shanghai.chinatax.gov.cn/xwdt/ztzl/grsx/fwjy/csfclsx/202208/t463878.html
26 中国では、購入後に住宅価格は下がっても、まだ購入時よりも価格が高く、売却時に譲渡所得が発生する住宅は多い。
27 貝殻研究院(2022)「2022年房地产市场展望报告」、貝殻研究院は中国における不動産専門の民間の調査機関である。
https://m.ke.com/fang/huodong/51001
28 杨欣桐、易成栋(2022)「子女数量与家庭购房:分化与选择」、Finance & Trade Economics, Vol.43, No.5, 2022.
https://cmjj.ajcass.com/UploadFile/Issue/noyi0z4g.pdf
29 住み替え費用に加えて、子どもの教育費用や子どもの世話を誰が担当するかといった問題も、出生率を阻害する要因となっている。
新華網記事(2021)「年轻人为什么不愿生孩子?」
http://www.xinhuanet.com/politics/2021-05/12/c_1127438081.htm
30 北京市住宅公積金管理センター(2024)「北京优化房地产政策更好满足居民刚性住房需求和多样化改善性住房需求」
https://gjj.beijing.gov.cn/web/zwgk61/2024zcjd/543340934/index.html
31 瀋陽市房産局(2023)「关于进一步支持刚性和改善性住房需求的通知的政策解读」
https://fcj.shenyang.gov.cn/zwgkzdgz/fdzdgknr/zcjd/202309/t20230907_4523356.html
住み替え支援政策は、農村地域から新たに都市部へ移住した「新市民」および若年世帯を対象としている。この政策は中国における次のような不動産新政策「売一買一」の延長線上にあり、その目的は不動産流通の促進を図ることにある。
2022年9月30日、中国財政部、税務総局は「市民の住み替えに関する個人所得税支援政策に関する公告」24を公表した。この公告に基づき、2022年10月1日から2023年12月31日までの間に、所有する住宅を売却し、売却後1年以内に市場で新たに住宅を購入して住み替える納税者に対して、売却時に既に納付した個人所得税25を還付する優遇措置(「売一買一」、または「以旧換新」とも呼ばれる)が適用されることになる。この背景としては、新型コロナウイルス感染症の影響で社会経済が十分回復していない状況の中で、中小不動産開発業者から不動産業界をリードする大手企業まで次々と破綻に陥り、一般市民の「不動産価格は下がらない」、「大手企業は倒れない」という信仰が崩壊したことから、住み替えによる取引が低迷している事情がある26。
2021年の既存住宅の成約件数は2017年以来の最低水準を記録したが27、この新たな政策が新築住宅と既存住宅の循環を促進し、住宅購入に対する消費需要を喚起するための重要な施策となることが期待されている。
この住み替え支援政策は、中国で深刻化している少子化問題への対策の一環でもある。中国では2016年から「一人っ子政策」を廃止したが、その後も子どもは期待されたほど増えていない。その理由として、低所得家庭は子どもの養育費や住宅購入費用の両方を賄うことができず、中所得家庭も予算に制約を受け、子どもを持つか住宅を購入するかの選択を迫られることが多い28という調査結果が報告されている。子どもが増えると、現在の住居が狭くなり、住み替えの必要性が生じるが、住宅価格が高いために実際に住み替えすることが難しく、結果として子どもを持つことを諦める家庭もいる29。この問題に対処するために、北京市は2023年に、2人以上の子どもを持つ家庭が2戸目の住宅を購入する場合、その住宅を「一次取得」の住宅として扱うと公表30した。この場合、住宅ローンにおける頭金の比率制限の緩和や金利の優遇制度が受けられることになる。また、瀋陽市では、2人以上の子どもを持つ家庭の住宅ローン貸付限度額は、最高貸付額の限度額基準を1.3倍まで引き上げることができる31。これらの措置は、住宅購入を希望する子育て世帯に対して、より多くの資金を提供し、住宅の購入を促進することを目的としている。
24 中国財政部、税務総局(2022)「关于支持居民换购住房有关个人所得税政策的公告」
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2022-10/01/content_5715508.htm
25 本来の規定によれば、住宅の所有期間によって個人所得税の課税額が異なる。所有期間が5年未満の住宅を売却する際に、譲渡所得(不動産の売却価格から取得費用と諸経費を差し引いた額)に対して20%の個人所得税が課せられ、取得費用が不明な場合、売却価格の1%で算出される。その他、増値税(不動産の売却価格の5%)などの税金もかかる。一方、所有期間が5年以上の住宅を売却する際に、個人所得税と増値税が免税となる。
国家税務総局上海市税務局Q&A
https://shanghai.chinatax.gov.cn/xwdt/ztzl/grsx/fwjy/csfclsx/202208/t463878.html
26 中国では、購入後に住宅価格は下がっても、まだ購入時よりも価格が高く、売却時に譲渡所得が発生する住宅は多い。
27 貝殻研究院(2022)「2022年房地产市场展望报告」、貝殻研究院は中国における不動産専門の民間の調査機関である。
https://m.ke.com/fang/huodong/51001
28 杨欣桐、易成栋(2022)「子女数量与家庭购房:分化与选择」、Finance & Trade Economics, Vol.43, No.5, 2022.
https://cmjj.ajcass.com/UploadFile/Issue/noyi0z4g.pdf
29 住み替え費用に加えて、子どもの教育費用や子どもの世話を誰が担当するかといった問題も、出生率を阻害する要因となっている。
新華網記事(2021)「年轻人为什么不愿生孩子?」
http://www.xinhuanet.com/politics/2021-05/12/c_1127438081.htm
30 北京市住宅公積金管理センター(2024)「北京优化房地产政策更好满足居民刚性住房需求和多样化改善性住房需求」
https://gjj.beijing.gov.cn/web/zwgk61/2024zcjd/543340934/index.html
31 瀋陽市房産局(2023)「关于进一步支持刚性和改善性住房需求的通知的政策解读」
https://fcj.shenyang.gov.cn/zwgkzdgz/fdzdgknr/zcjd/202309/t20230907_4523356.html
4|購入規制の緩和
地方政府に自主権が付与され、地域や都市ごとの特性や状況に応じて、住宅購入制限政策の解除または調整が認められ、一般住宅と非一般住宅(別荘など延べ床面積が広いまたは商業用途を含む住宅)の区分基準が廃止されることとなった。
2024年に入り、中国の多くの省と市が長年にわたって実施してきた購入規制は次々に解除されている。ただし、2024年8月時点では、大都市である北京市、上海市、広州市、深セン市や海南省の一部の地域などでは、規制の対象が緩和されたものの32購入規制政策が継続されている。
また、現行制度では、非一般住宅は、一般住宅と比較して増値税および附加価値税、個人所得税の負担が高い33。一般住宅と非一般住宅の区分基準を廃止し、非一般住宅の取引を増加させ、住宅取引市場を拡大しようとする動きもある。
32 例えば、北京市では2024年5月に、市内に2戸以下の住宅を所有している二人以上の一般世帯、または市内に1戸の住宅を所有している単身世帯に対して、北京市五環路以外(中心部の故宮まで地下鉄で約1時間)で新たに新築住宅または既存住宅1戸を購入することが容認された。これまでは二人以上の一般世帯は2戸以下、単身世帯(ひとり親世帯も含む)及び北京市戸籍を有しない世帯(外国籍も含む)は1戸以下と制限されていた。
北京市住宅と都市農村建設委員会(2024)「关于优化调整本市住房限购政策的通知」
https://zjw.beijing.gov.cn/bjjs/fwgl/tzgg/436435234/index.shtml
33 国家税務総局上海市税務局(2023)「个人出售购入超过五年的非普通住房」
https://shanghai.chinatax.gov.cn/xwdt/ztzl/grsx/fwjy/csfclsx/202208/t463877.html
地方政府に自主権が付与され、地域や都市ごとの特性や状況に応じて、住宅購入制限政策の解除または調整が認められ、一般住宅と非一般住宅(別荘など延べ床面積が広いまたは商業用途を含む住宅)の区分基準が廃止されることとなった。
2024年に入り、中国の多くの省と市が長年にわたって実施してきた購入規制は次々に解除されている。ただし、2024年8月時点では、大都市である北京市、上海市、広州市、深セン市や海南省の一部の地域などでは、規制の対象が緩和されたものの32購入規制政策が継続されている。
また、現行制度では、非一般住宅は、一般住宅と比較して増値税および附加価値税、個人所得税の負担が高い33。一般住宅と非一般住宅の区分基準を廃止し、非一般住宅の取引を増加させ、住宅取引市場を拡大しようとする動きもある。
32 例えば、北京市では2024年5月に、市内に2戸以下の住宅を所有している二人以上の一般世帯、または市内に1戸の住宅を所有している単身世帯に対して、北京市五環路以外(中心部の故宮まで地下鉄で約1時間)で新たに新築住宅または既存住宅1戸を購入することが容認された。これまでは二人以上の一般世帯は2戸以下、単身世帯(ひとり親世帯も含む)及び北京市戸籍を有しない世帯(外国籍も含む)は1戸以下と制限されていた。
北京市住宅と都市農村建設委員会(2024)「关于优化调整本市住房限购政策的通知」
https://zjw.beijing.gov.cn/bjjs/fwgl/tzgg/436435234/index.shtml
33 国家税務総局上海市税務局(2023)「个人出售购入超过五年的非普通住房」
https://shanghai.chinatax.gov.cn/xwdt/ztzl/grsx/fwjy/csfclsx/202208/t463877.html
5|不動産開発融資と前売り制度の改革
中国の不動産開発事業者はこの数十年にわたり「高負債」によるビジネスモデルを維持してきたが、2021年になると、上場している不動産開発事業者の平均負債率は2005年の59.98%から79.19%と急騰した。これは世界的に見ても高水準と言える34。この状況を改善するために、2022年12月に開催された中央経済工作会議において、中央政府は「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」という基本方針を改めて強調し、住宅市場の供給と需要の関係を分析したうえ、長年にわたる不動産開発事業者の「高負債・高レバレッジ・高回転率」モデルがもたらす弊害を解消することを明確に打ち出した35。今回の「決定」はこの方針を再確認したものであり、経営破綻のリスクを低減し、不動産開発業者の安定的な運営形態を促進することを目的としている。
住宅と都市農村建設委員会が2004年に公表した「都市部商品房(分譲住宅)の前売り制度に関する管理弁法」36によれば、開発・建設に投入された資金が総投資額の25%以上に達し、既に工事に着工し、竣工引き渡し日が確定されている場合、且つ前売り許可を取得した不動産開発事業者は「前売り」制度を実施することができる。しかし、不動産開発事業者は、予め消費者に住宅を販売することで先行して資金を調達し、これを用いて最終的な売上が未確定の段階で工事を進めるために、市況によってはキャッシュフローが圧迫され、資金繰りのリスクが高まり、開発が進められずに中断するケースが増え、すでに住宅を購入した消費者への住宅の引き渡しができない状況が生じた37。これを受けて、2024年7月時点で、中国における「前売り」は減り、代わりに「竣工売り」住宅の販売額が全新築住宅売上総額の21.9%となり、2021年7月の8.8%と比較して約13.1ポイント上昇した38。
「決定」における不動産開発融資と前売り制度の改革に関する記載は、いずれも消費者が安心して住宅を購入できるようにし、市場の活性化を図るものであるが、前売り住宅の販売額は依然として約8割弱を占めており、「決定」の方針が具体化し、前売り制度の改革が進むにはもう少し時間を要するだろう。
34 中国銀行(2022)「我国房地产企业融资现状、风险及相关建议」
https://pic.bankofchina.com/bocappd/rareport/202208/P020220803586451988675.pdf
35 中国中央人民政府(2023)「习近平:当前经济工作的几个重大问题」
https://www.gov.cn/xinwen/2023-02/15/content_5741611.htm
36 住宅と都市農村建設委員会(2004)「城市商品房预售管理办法」
https://www.gov.cn/zhengce/2022-01/25/content_5712055.htm
37 法治日報(2022)「商品房预售制度该何去何从?」
http://www.legaldaily.com.cn/Lawyer/content/2022-08/18/content_8770518.html
38 中国国家統計局公表データより。
中国の不動産開発事業者はこの数十年にわたり「高負債」によるビジネスモデルを維持してきたが、2021年になると、上場している不動産開発事業者の平均負債率は2005年の59.98%から79.19%と急騰した。これは世界的に見ても高水準と言える34。この状況を改善するために、2022年12月に開催された中央経済工作会議において、中央政府は「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」という基本方針を改めて強調し、住宅市場の供給と需要の関係を分析したうえ、長年にわたる不動産開発事業者の「高負債・高レバレッジ・高回転率」モデルがもたらす弊害を解消することを明確に打ち出した35。今回の「決定」はこの方針を再確認したものであり、経営破綻のリスクを低減し、不動産開発業者の安定的な運営形態を促進することを目的としている。
住宅と都市農村建設委員会が2004年に公表した「都市部商品房(分譲住宅)の前売り制度に関する管理弁法」36によれば、開発・建設に投入された資金が総投資額の25%以上に達し、既に工事に着工し、竣工引き渡し日が確定されている場合、且つ前売り許可を取得した不動産開発事業者は「前売り」制度を実施することができる。しかし、不動産開発事業者は、予め消費者に住宅を販売することで先行して資金を調達し、これを用いて最終的な売上が未確定の段階で工事を進めるために、市況によってはキャッシュフローが圧迫され、資金繰りのリスクが高まり、開発が進められずに中断するケースが増え、すでに住宅を購入した消費者への住宅の引き渡しができない状況が生じた37。これを受けて、2024年7月時点で、中国における「前売り」は減り、代わりに「竣工売り」住宅の販売額が全新築住宅売上総額の21.9%となり、2021年7月の8.8%と比較して約13.1ポイント上昇した38。
「決定」における不動産開発融資と前売り制度の改革に関する記載は、いずれも消費者が安心して住宅を購入できるようにし、市場の活性化を図るものであるが、前売り住宅の販売額は依然として約8割弱を占めており、「決定」の方針が具体化し、前売り制度の改革が進むにはもう少し時間を要するだろう。
34 中国銀行(2022)「我国房地产企业融资现状、风险及相关建议」
https://pic.bankofchina.com/bocappd/rareport/202208/P020220803586451988675.pdf
35 中国中央人民政府(2023)「习近平:当前经济工作的几个重大问题」
https://www.gov.cn/xinwen/2023-02/15/content_5741611.htm
36 住宅と都市農村建設委員会(2004)「城市商品房预售管理办法」
https://www.gov.cn/zhengce/2022-01/25/content_5712055.htm
37 法治日報(2022)「商品房预售制度该何去何从?」
http://www.legaldaily.com.cn/Lawyer/content/2022-08/18/content_8770518.html
38 中国国家統計局公表データより。
6|房地産税(不動産保有税)の整備
2013年の第十八回中央委員会第三次全体会議では、不動産関連税制のうち日本の固定資産税に相当する不動産保有税について「房地産税法の立法を加速し、適時に改革を進める」39という表現が使われていたが、「決定」では、「房地産税制の整備」とされ、ややトーンダウンしたものと理解されている。引き続き整備課題として残されたが、現在の不動産市場の状況からすると、新たな負担が生まれる房地産税の全面的な導入は先に延ばさざるを得ないという認識があるようだ。
2011年から、上海と重慶市では試行的に不動産保有税が導入されているが、2011年から2012年の同時期において、新築住宅価格指数は他都市とほぼ同じ動向を示しており、独自の傾向は見られなかったことから、不動産保有税の導入は住宅価格への影響はほとんどないという指摘もある40。しかし、図表2の通り、一般住宅や1戸目の住宅については非課税扱いとなっており、その結果として影響が限られている可能性が高い。上海市と重慶市での不動産保有税制度では、いずれの場合も課税標準額が取引価格の70%と設定されているが、条件が整い次第、不動産評価額に基づいて課税する方向性が示されている。
不動産保有税の徴収は、財政難に直面している地方政府にとって安定的な収入源になることが期待され、今後の不動産市場のみならず地方財政改革においても重要な課題であるが、当面は市場の動向に配慮する必要性があることと、都市部と地方部では不動産価格や物件数が異なり、税収の格差が地方政府間の財政力の差をさらに拡大する可能性が高く、その点にも配慮が必要という指摘がある。
2013年の第十八回中央委員会第三次全体会議では、不動産関連税制のうち日本の固定資産税に相当する不動産保有税について「房地産税法の立法を加速し、適時に改革を進める」39という表現が使われていたが、「決定」では、「房地産税制の整備」とされ、ややトーンダウンしたものと理解されている。引き続き整備課題として残されたが、現在の不動産市場の状況からすると、新たな負担が生まれる房地産税の全面的な導入は先に延ばさざるを得ないという認識があるようだ。
2011年から、上海と重慶市では試行的に不動産保有税が導入されているが、2011年から2012年の同時期において、新築住宅価格指数は他都市とほぼ同じ動向を示しており、独自の傾向は見られなかったことから、不動産保有税の導入は住宅価格への影響はほとんどないという指摘もある40。しかし、図表2の通り、一般住宅や1戸目の住宅については非課税扱いとなっており、その結果として影響が限られている可能性が高い。上海市と重慶市での不動産保有税制度では、いずれの場合も課税標準額が取引価格の70%と設定されているが、条件が整い次第、不動産評価額に基づいて課税する方向性が示されている。
不動産保有税の徴収は、財政難に直面している地方政府にとって安定的な収入源になることが期待され、今後の不動産市場のみならず地方財政改革においても重要な課題であるが、当面は市場の動向に配慮する必要性があることと、都市部と地方部では不動産価格や物件数が異なり、税収の格差が地方政府間の財政力の差をさらに拡大する可能性が高く、その点にも配慮が必要という指摘がある。
39 中華人民共和国中央人民政府(2013)「中共中央关于全面深化改革若干重大问题的决定」
https://www.gov.cn/jrzg/2013-11/15/content_2528179.htm
40 新浪網記事(2021)「夏磊:房地产税征收会有什么影响?——首批房产税试点效果回顾」
https://finance.sina.cn/zl/2021-10-25/zl-iktzqtyu3481746.d.html?from=wap
3――おわりに
短期的には、金融機関の不良債権処理問題が重要課題であることは言うまでもない。2021年には「不良貸付転用試行業務に関する通知」が公表され、金融機関は法人向け不良貸付および複数の個人向け不良貸付を金融資産管理会社や地方資産管理会社に譲渡することができるようになった41。しかし、個人貸付は、回収難易度と処理コストが高いため、2023年第3四半期の法人向け不良貸付の回収率が96.4%であるに対して、個人向け不良貸付の回収率はわずか6.1%と極めて低い状況にある42。市場における不良債権処理の緊迫性は高まっており、現状では、不良貸付処理支援及び監督政策は、依然として検討段階ということが、様々なセクターにおける金融の質の向上を目指す、2023年の国務院による「包括的金融の高品質な発展の促進に関する実施意見」43にも示されている。
こうした状況下では、並行して、中長期的な観点に基づく、「決定」に基づく不動産市場整備策と再生に向けた取り組みの具体化が中期的には急務である。「決定」に示された6項目、特に賃貸住宅市場の整備は、中国の住宅市場の多様性と健全な成長を促すために必要な課題であり、キャピタルゲインよりもインカムゲインを重視した投資のあり方を奨励する動きは今後の中国不動産市場における当事者のマインド対策として非常に重要ではないかと考えている。今後は、「決定」に基づき、事業者向け及び消費者向けの双方に対し、様々な具体的な取組みが進められることになるだろう。
2024年8月23日の新華社通信では、住宅と都市農村建設部へのインタビュー結果として、質の高い住宅開発と都市・農村建設を促進し、すべての人に住宅を提供するよう努めることが重要課題であることが報道された44。2024年以降、中国の発展における重要なテーマは大量の住宅供給ではなく、「質の高い発展」として、既存住宅の利活用、住み替えや建替えを軸とする方針が示されたことは、今後の中国住宅・不動産市場の方針転換として位置付けることができよう。
引き続き、大きな転換期を迎えた中国の不動産市場の動向について見守り報告したい。
41 「中国银保监会办公厅关于开展不良贷款转让试点工作的通知」
https://www.zczgamc.com/nd.jsp?id=57
42 上海証券報(2024)「不良贷款转让试点满三年:个贷资产持续“卖不上价”」
https://news.cnstock.com/news,jg-202401-5173428.htm
43 国務院(2023)「国务院关于推进普惠金融高质量发展的实施意见」
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202310/content_6908496.htm
44 中国中央人民政府(2024)「促住房城乡建设事业高质量发展 努力让全体人民住有所居——住房城乡建设部负责人回应热点问题」
https://www.gov.cn/zhengce/202408/content_6970296.htm
こうした状況下では、並行して、中長期的な観点に基づく、「決定」に基づく不動産市場整備策と再生に向けた取り組みの具体化が中期的には急務である。「決定」に示された6項目、特に賃貸住宅市場の整備は、中国の住宅市場の多様性と健全な成長を促すために必要な課題であり、キャピタルゲインよりもインカムゲインを重視した投資のあり方を奨励する動きは今後の中国不動産市場における当事者のマインド対策として非常に重要ではないかと考えている。今後は、「決定」に基づき、事業者向け及び消費者向けの双方に対し、様々な具体的な取組みが進められることになるだろう。
2024年8月23日の新華社通信では、住宅と都市農村建設部へのインタビュー結果として、質の高い住宅開発と都市・農村建設を促進し、すべての人に住宅を提供するよう努めることが重要課題であることが報道された44。2024年以降、中国の発展における重要なテーマは大量の住宅供給ではなく、「質の高い発展」として、既存住宅の利活用、住み替えや建替えを軸とする方針が示されたことは、今後の中国住宅・不動産市場の方針転換として位置付けることができよう。
引き続き、大きな転換期を迎えた中国の不動産市場の動向について見守り報告したい。
41 「中国银保监会办公厅关于开展不良贷款转让试点工作的通知」
https://www.zczgamc.com/nd.jsp?id=57
42 上海証券報(2024)「不良贷款转让试点满三年:个贷资产持续“卖不上价”」
https://news.cnstock.com/news,jg-202401-5173428.htm
43 国務院(2023)「国务院关于推进普惠金融高质量发展的实施意见」
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202310/content_6908496.htm
44 中国中央人民政府(2024)「促住房城乡建设事业高质量发展 努力让全体人民住有所居——住房城乡建设部负责人回应热点问题」
https://www.gov.cn/zhengce/202408/content_6970296.htm
(2024年09月17日「基礎研レター」)
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03-3512-1794
経歴
- 【職歴】
2018年 早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士(学術)
2018年 ニッセイ基礎研究所 入社
【資格】
環境プランナー、国際環境リーダー
【加入団体等】
日本NPO学会、Nonprofit Management & Leadership(米)
胡 笳のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025年05月02日
保険型投資商品等の利回りは、良好だったが(~2023 欧州)-4年通算ではインフレ率より低い。(EIOPAの報告書の紹介) -
2025年05月02日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その11)-螺旋と渦巻の実例- -
2025年05月02日
ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは? -
2025年05月02日
雇用関連統計25年3月-失業率、有効求人倍率ともに横ばい圏内の動きが続く -
2025年05月01日
日本を米国車が走りまわる日-掃除機は「でかくてがさつ」から脱却-
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2025年04月02日
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【どうなる?中国の不動産市場~三中全会の改革要点からみる不動産市場回復策のねらい~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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