コラム
2024年08月09日

中国REIT、試行事業から本格的な運営へ~ホテル、民間賃貸住宅、オフィス、養老施設へ対象拡大と回収資金の柔軟な運用を容認~

社会研究部 研究員 胡 笳

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中国国家発展改革委員会は2024年7月26日に、「インフラ領域における不動産投資信託基金(REITs)事業の常態化(本格的)発行の全面促進に関する通知」(1014号文)1を発表した。今後、中国のインフラ公募REITは、試行事業から発行基準に基づく本格的、且つ持続的な運営事業に移行する。これに伴い、インフラ公募REITの対象範囲が改正されたため、その経緯を概観し、重要な変更点について報告する。
 
1 中国国家発展と改革委員会(2024)「关于全面推础设域不动产信托基金(REITs)目常行的通」(1014号文)https://www.ndrc.gov.cn/xwdt/tzgg/202407/t20240726_1392006.html

ホテル、民間賃貸住宅、オフィス、養老施設へ対象拡大~

2020年に中国国家発展改革委員会が出した「インフラ領域における不動産投資信託基金(REITs)のパイロットプロジェクト申請業務に関する通知」(586号文)2により、初めてインフラ公募REITが創設された際には、対象となるインフラの優先分野は、高速道路など交通インフラ、倉庫・物流、産業園区、廃棄物処理場、水道や電力などのライフライン施設、データセンターなどのインフラ施設のみであった。対象地域も一部優先区域に限定されていた。

その後、中国国家発展改革委員会は、2021年7月2日に「インフラ領域における不動産投資信託基金(REITs)パイロットプロジェクトの更なる促進に関する通知」(958号文)3を出し、インフラ公募REITの対象区域を全国範囲へ拡大し、すでに上場実績のある高速道路、廃棄物処理場、倉庫・物流、産業園区などに加え、新たに充電ステーションを含めたエネルギーインフラ施設、保障性賃貸住宅4、水利施設、自然遺産・観光施設、駐車場等が対象分野として追加された。

また、2023年3月24日の「インフラ不動産投資信託基金(REITs)の申請業務に関する通知」(236号文)5では、国民の消費能力の拡大と消費環境の改善等を目的として、百貨店やショッピングモールなどの商業施設が「消費型インフラ」と定義され、インフラ公募REITの対象に追加された。
図表 中国インフラ公募REITの対象範囲改正の経緯
今回の「通知」(1014号文)では、図表のように、高効率な石炭火力発電、一体的なホテルや付随する商業施設、公共賃貸・長期民間賃貸住宅、一体的なホテルやオフィス、及び養老施設が新たに対象範囲に追加された。

エネルギーインフラに関しては、従来の再生エネルギー中心の発電施設に加え、クリーンで低炭素かつ効率的な化石燃料発電施設が新たに対象に含まれることとなった。ただし、これらの化石燃料発電施設には最低出力が定格負荷の30%以下7、混合燃焼の場合、バイオマス、水素、アンモニアなどの低炭素燃料の割合が10%以上、CCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)設備の導入など、いずれかの条件を満たす必要がある。

産業園区に関しては、単体建物において、物理的に分割不可能であり、かつ所有権が同一オリジネーターに帰属するホテルや付属する商業施設も新たに対象に追加された。ただし、これらの付随施設の建築面積は、建物全体の総建築面積の30%以下でなければならない。

保障性賃貸住宅に関しては、都市化による人口流入に対応するため、公共賃貸住宅や長期にわたって賃貸利用される民間賃貸住宅、ならびに産業園区に入居する企業の福利厚生として提供される賃貸住宅も対象範囲に加えられた。

消費型インフラに関しては、建物と物理的に分割不可能で、かつ所有権が同一オリジネーターに帰属するホテルやオフィス8が対象に追加された。ただし、これらの施設の建築面積は原則として30%を越えてはならず、特別な事情がある場合でも50%を越えてはいけない。

さらに、民政部に登録されている養老施設も初めて対象範囲に追加されたが、具体的な運用細則はまだなく、今後の実際の運用状況を注視する必要がある。2022年末時点で、中国には各種の養老施設が38.7万箇所あり、合計で829.4万床が提供されている。そのうち、2020年に施行した「養老施設管理弁法」により、民生部に登録されている養老施設は4.1万箇所である9。一方、2022年年末時点で、中国の65歳以上の高齢者人口は20,978万人10を超えており、今後も養老施設の需要が高まることが予想される。

なお、対象となる不動産は3年以上にわたり安定的に運営されていることが要件とされてきたが、1014号においても、この点については変更がないことが確認されている。
 
2 中国国家発展と改革委員会(2020)「关于做好基础设动产信托基金(REITs工作的通」(586号文)https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202008/t20200803_1235506.html
3 中国国家発展と改革委員会(2021)「关于一步做好基础设域不动产信托基金REITs点工作的通」(958号文)https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202107/t20210702_1285341.html
4 低所得世帯向けの低賃料公営住宅のこと。詳細は研究員の眼「中国不動産の基本(7)-中国の「保障性住宅」の課題」を参照してください。
5 中国国家発展と改革委員会(2023)「关于范高效做好础设域不动产信托基金(REITs目申推荐工作的通」(236号文)https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202303/t20230324_1351765.html
6 中国国家基準「旅游景区质量等级的划分与评定」(GB/T 17775-2003、2024年改正予定)により、観光地のサービス品質や施設の条件に基づいて、高い順からAAAAA、AAAA、AAA、AA、Aの5ランクに評価される。例えば、北京市の万里の長城、故宮はAAAAA級観光地、成都市のパンダ飼育研究基地はAAAA級観光地である。
7 中国は、2060年カーボンニュートラルの実現に向けて、2021年に「全国の火力発電機の改造に関する通知」を発表し、新規の火力発電設備の最低出力を35%以下に抑制するように求めている。日本では、第46回(2023年5月29日)総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 新エネルギー小委員会/電力・ガス事業分科会電力・ガス基本政策小委員会において、新設火力発電設備の最低出力を現行の50%から30%に引き下げることが決定された。
国家発展改革委員会、国家能源局(2021)「全国煤改造升的通知
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202111/t20211103_1302856_ext.html
経済産業省(2023)「第46回 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 新エネルギー小委員会/電力・ガス事業分科会電力・ガス基本政策小委員会 系統ワーキンググループ 資料1 再エネ出力制御の低減に向けた取組について[事務局]」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/shin_energy/keito_wg/046.html
8 産業園区においてもオフィス用の建物が存在するが、産業園区は郊外の新興地域に立地するのが一般的であり、今回新たに追加されたオフィスは、都市の中心部や近郊部に位置する商業施設とオフィスビルがある複合型施設を意味する。
9 中国民生部による「养老机构管理」は2020年11月1日から施行された。各地方政府はそれぞれ独自の方針を発表している。今後、登録される施設が増加する見込みである。
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2020-09/19/content_5544761.htm
10 中国民政部(2023)「2022年度国家老业发展公https://www.gov.cn/lianbo/bumen/202312/content_6920261.htm

利回り保証の廃止、対象不動産評価額基準値と回収資金使途の緩和

586号文(2020年)では、インフラ公募REITの申請・発行において、今後3年間の年間純キャッシュフローの配当率が4%以上であることが義務付けられていたが、236号文(2023年)では、内部收益率(IRR)は5%以上、今後3年間の年間純キャッシュフローの配当率は3.8%以上と修正された。しかし、今回の1014号文では、インフラ公募REITのキャッシュフローの配当率や内部収益率に対する統一規定が廃止された。この変更により、投資家は、自らの責任で投資価値を適切に評価した上で、投資決定を行うことが求められるようになった。

958号文(2021年)では、初めて発行されるインフラ公募REITについては、当期の対象不動産評価額が原則として10億元以上という要件があったが、1014号文では、賃貸住宅と養老施設については、8億元以上と基準値が緩和された。また、958号文(2021年)では、REITの純収益(関連債務の返済、税金の支払い、戦略配分に基づき初期の所持分11に使用された資金を差し引いた後の純収益)の90%以上は、建設中のプロジェクトまたは事業計画、着工認可等の準備が整った新規プロジェクト(新築や増改築を含む)に使用すべきと規定されていたが、236号文(2023年)では、純収益の30%以下を既存施設の改修やアップグレード、用途変更等の再利用や証券化手法による活用などに使用できるようになり、10%以下を上場インフラプロジェクトにおいて小株主が退出する際の払い戻し資金やオリジネーターの内部留保とすることが認められた。

そして1014号文では、さらにオリジネーターの内部留保の割合が15%まで緩和された。ただし、内部留保には、2年以内に原則として75%以上、3年以内に全額を活用しなければならないと規定されている。また、純収益を他の住宅開発プロジェクトに使用することは間接的であっても禁止されている。この規定緩和により、収益の分配と利用において、オリジネーターの裁量権は拡大することとなったが、REITの純収益や内部留保の使途によって配当への影響が生じることや、オリジネーターの裁量が増した分だけ投資家にとってはリスク判断が難しくなる可能性が出てきた。

不動産開発事業者は通常、建設と販売のサイクルを通じて資金を迅速に回転させる必要がある。しかし、2021年以降、中国の不動産市場は前例のない不景気に見舞われ、不動産投資総額及び不動産販売額がともに減少傾向にあり、一部の不動産開発事業者の債務危機が深刻化する問題も発生している。今回の1014号文によるREIT収益の用途緩和により、オリジネーターである不動産開発事業者は自社及び市場の状況に応じて資金を柔軟に使用できるようになり、自社のキャッシュフローを改善できるようになった。これにより、不動産開発事業者の健全な経営が促進され、不動産市場の安定化も期待される。この緩和策は、低迷する不動産市場を再生し、経済全体の安定と成長を目指す取り組みの一環といえよう。

一方で、オリジネーターが規定緩和により、内部留保を自己の利益や不正な目的に使用されないか、より監視を強める必要がある。この問題に対処するため、中央紀律検査委員会と国家監察委員会は、インフラ公募REITの審査過程の監視及び全体のリスク管理を強化するように督促している12。また、2024年8月6日には、国家発展改革委員会は「インフラ領域における不動産投資信託基金(REITs)プロジェクト申請書類テンプレート(2024年版)」を公開し、新規インフラREITの上場を申請する際には、REIT収益を利用して投資予定の新規プロジェクト及び取得予定の既存施設の状況や詳細について記載すること13を求めた。しかし、オリジネーターの準備金や内部留保に関する情報開示は明示的に求められておらず、投資家からみた透明性確保にはまだ課題が残る。

なお、インフラ公募REITの申請手続きを簡素化し、前段階の行政からの指導を廃止して、申請先を中央政府レベルから地方政府レベルの発展改革委員会に変更し、申請後、10営業日以内に処理することが求められることとなった。これにより、今後、中国インフラ公募REITの条件や手続きの迅速化が期待される。

2024年7月末時点において、中国では39銘柄のインフラ公募REITが上場しており、その時価総額は約1,126億元(約2.3兆円)14に達している。1014号文の施行等により、インフラ公募REITの対象範囲が拡大、上場要件が緩和され、手続きの簡素化や期限の要件が明確化されたことにより、オリジネーターにとっては望ましい制度環境が整いつつある。今後の市場の活性化に向けては、更なる情報開示による透明性の確保などを通じて、オリジネーターと投資家との対話の促進を進めることが重要課題と考えられる。
 
11 インフラ公募REITの信用補完措置として、オリジネーター(関連企業を含む)は発行額の20%以上を保有しなければならないと規定されている。これは「戦略配分(略配售)」という。詳細は基礎研レポート「2020年中国REIT市場の現状と今後の見通し~公募REITが始動、民間資本や個人投資家に期待~」を参照してください。
12 中国共産党中央紀律検査委員会は、中国共産党員の腐敗などの不正を監督する国家機関である。各地方政府や公的機関に駐在し、通常は中華人民共和国国家監察委員会と合同で動く。
中央紀律検査委員会(2024)「督促落金融高展任 提升金融服务实经济质
 https://www.moj.gov.cn/jgsz/gjjwzsfbjjz/zyzsfbjjzywjl/202407/t20240729_503565.html
13 国家発展改革委員会(2024)「关于印《基础设域不动产信托基金(REITs)目申材料格式文本(2024年版)》的通知
https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/tz/202408/t20240806_1392254.html
14 中国資産証券化分析網データより、2024年8月2日アクセス。

(2024年08月09日「研究員の眼」)

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社会研究部   研究員

胡 笳 (こ か)

研究・専門分野
中国REIT、中国不動産全般

経歴
  • 【職歴】
     2018年 早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士(学術)
     2018年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【資格】
     環境プランナー、国際環境リーダー

    【加入団体等】
     日本NPO学会、Nonprofit Management & Leadership(米)

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