コラム
2024年03月28日

中国における結婚前の財産分与から見た価値観の変化

社会研究部 研究員 胡 笳

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婚姻中に取得した不動産については、登記簿謄本1の所有者名義が夫のみであっても、離婚時には婚姻期間中に夫婦で形成した共有財産として、財産分与の対象となる。中国では、男性が結婚前に住宅を用意するケースが一般的であり、また親が子の住宅購入を援助することがよくあるため2、離婚による財産分与の際にトラブルが生じやすい。ここでは中国の民法典の解釈3、及び日本の登記事項証明書に該当する不動産権証書の名義に関する判例を通じて、この点を解説し、中国の人々の価値観の変化について紹介する4
 
1 登記事項証明書、中国の場合「不動産権証書」と呼ばれる
2 貝殻研究院が2021年に実施した調査によると、結婚のための住宅購入資金について、26.9%の回答者は双方の親が援助と回答し、15.6%の回答者は男性側が一括購入したと回答している。約7割弱の親が子に結婚のための住宅を用意したいと回答した。
貝殻研究院(2021)「2021婚房消费调查报
http://admin.fangchan.com/uploadfile/uploadfile/annex/3/2631/600fd9c67c286.pdf
3最高人民法院关于适用《中人民共和国民法典》婚姻家庭的解(一)
http://legal.people.com.cn/n1/2021/0104/c42510-31987647.html
4 住宅ローンについて、夫婦が共に返済した部分は財産分与の対象となる。このような事例は本稿では割愛し、住宅を全額一括取得のケースのみを解説する。

不動産の共同共有名義(持ち分明示なし)≠財産の均等分割

交際が順調で、いよいよ結婚の準備のために新居について話し合いを始めた男女がいる。彼女は彼氏名義の住宅の不動産権証書に自分の名前を追加し、共有名義にするよう要求したが、拒否されたため別れることを決意する。これは中国のドラマでもよく描かれるストーリーだが、実際にもこのような事例が発生している。中国青年報5が2017年に実施したアンケート調査によると、66.4%の回答者が不動産権証書には夫婦二人の共有名義が必要であると回答し、その理由として43.7%の回答者は名義を加えることが結婚の安定に役立つと回答している6。中国では、結婚後の不動産権証書の夫婦間の名義変更時の不動産取得税に相当する「契税」や所得税は免税となり7、登記手数料や印紙税のみが課税されるため、負担も少ない。

2021年の住宅関係を専門とするシンクタンク、貝殻研究院の調査結果によれば、不動産権証書を夫婦二人の共有名義にしたいという回答が54.5%あり、過去5年間の間に大きな変化はない8。中国民法典9では、不動産または動産の共有には持ち分共有と共同共有の2種類があり、共同共有として持ち分割合が明確にされていない場合は、自動的に不動産の半分の権利を持つというのが一般的通念であった。

しかし、2023年の判例では、結婚前に、夫婦のいずれかが全額支払いして住宅を購入し、名義を購入者本人とする場合、離婚の際には「結婚前の財産」とみなされる10が、結婚後に夫婦の共同共有として共有名義に変更した場合は夫婦の共有財産とはなるものの、財産分与の割合は必ずしも2分の1ずつに限定されるものではないという内容が示された。具体的には、夫が結婚前に住宅3戸を全額支払いで購入し、結婚を機に妻の名前をすべての不動産権証書に追加し共同共有名義とした。その後、両者の間に諸問題が生じて離婚に至り、妻側は不動産権利の50%及び娘の養育のためにさらに10%を主張したが、夫側は結婚前の財産として分割しないことを主張した。裁判では、両者のこれらの不動産に対する貢献度及び女性の権益を考慮し、妻側25%、夫側75%の割合で財産分与する判決が下された11

従って、不動産権証書に名前を加えられても、必ずしも不動産の半分の権利を得られるとは限らないことがこの判例で示された。しかし、逆に言えば、貢献度や権益に応じて一定の分与が認められることが明らかになったため、共同共有名義にすることや持ち分を決める持ち分共有は、婚姻において、今後、より一層重要な要件のひとつになる可能性がある。
 
5 中国共産主義青年団(共青団)の機関紙。
6 中国青年報(2017)「66.4%受访认为产证上有必要写夫妻双方名字
https://zqb.cyol.com/html/2017-06/29/nw.D110000zgqnb_20170629_1-07.htm
7 税制部国家税務総局(2011)「关于房屋 土地属由夫妻一方所有夫妻双方共有契税政策的通知」 https://www.chinatax.gov.cn/chinatax/n810341/n810765/n812156/201108/c1186434/content.html
8 同注2。
9人民共和国民法典」第二百九十七条。
https://www.gov.cn/xinwen/2020-06/01/content_5516649.htm
10 結婚前に親が援助し全額支払いで取得した住宅も「結婚前の財産」とみなされる。(「最高人民法院关于适用《中人民共和国民法典》婚姻家庭的解(一)」第二十九条。)
11 上海市不動産管理局(上海市房屋管理局)(2023)「房管普法(三)房产证加名,不等于平分」 https://fgj.sh.gov.cn/tpxw/20230922/0635673fdc3a4e219c267169c593fcba.html

結婚は計算?現代社会における価値観の変化

中国では、かつては住宅を共有名義にするどころか、結婚すれば離婚しない、離婚すると世間体がよくないという社会的な眼を気にする人々が多かったが、最近では、富裕層の「婚前契約」ではないが、一般家庭においても、結婚前に離婚の可能性を見据えて、不動産権証書に名前を追加するなど、将来の財産分与について話し合うようになった。

1987年から2020年までの間に、中国の離婚登記数は58万組から373万組に急増し、離婚率(人口1,000人あたりの年間離婚件数)は、0.5‰から2.6‰に上昇した12。これは、結婚・離婚等の制約から自由になり、経済的自立や個人の幸福追求が重視される風潮がより高まった結果と考えられる。結婚してうまくいかなければ離婚し、離婚した場合でも損をしないように割り切って、予め相手から財産分与を得られるよう条件を設定している様子がうかがえる。逆に、自分が購入した不動産が離婚で相手に分割されないよう、結婚前に住宅ローンを繰り上げ返済するなどして「結婚前の財産(特有財産)」にするケースもある。

子どもを欲しくない理由についても、経済的な負担やライフスタイルの変化を踏まえ、子育ての責任を負うことを望まない世帯が増えている。中国では、一部の地方政府が少子化対策として、第三子の出生などに助成金を提供している13が、その金額は十分ではないと考え、子どもを持つことを避ける選択をする。中国青年報の2021年の記事によると、子育てに必要な費用が高いことが子どもを持つことの一番の阻害要因となっている14。また、上海市統計局が2022年に実施した標本調査では、子どもを欲しくない理由について、「現状に満足している」との回答が最も高く、41.8%を占める。次いで、「養育費用が高く、経済的負担が大きい」が28.5%となっている15。このように、中国社会では、子どもを持つことよりも、個人の生活に重点を置く気運が高まっているようだ。

人々の価値観やライフスタイルは、婚姻や離婚、子をもつ場合においても時代とともに徐々に変化しており、そのような動きを見据えた当事者間や政策の対応が重要となろう。
 
12 任澤平「中国婚姻報告2021
https://fgj.sh.gov.cn/tpxw/20230922/0635673fdc3a4e219c267169c593fcba.html
13 例えば、湖南省長沙市政府は、市内に戸籍を有する世帯に対し、第三子以降の子の誕生について、1人につき1万元(約20万円)の一時的な育児補助金を受けることができる政策を発表した。
http://hn.people.com.cn/n2/2022/0805/c195194-40068802.html
深セン市の場合、市内に戸籍を有する世帯が、第一子の誕生に7,500元(約15万円)、第二子に11,000元(約22万円)、第三子に19,000元(約38万円)の一時的な育児補助金を受けることができる。
http://sz.people.com.cn/n2/2023/0111/c202846-40262944.html
14 中国青年報(2021)「一些年什么不愿生娃
http://m.cyol.com/gb/articles/2021-06/04/content_7PaMwSeEY.html
15上海人何不打算生育?揭统计调查背后
https://life.online.sh.cn/content/2023-03/29/content_10048317.htm
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社会研究部   研究員

胡 笳 (こ か)

研究・専門分野
中国REIT、中国不動産全般

経歴
  • 【職歴】
     2018年 早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士(学術)
     2018年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【資格】
     環境プランナー、国際環境リーダー

    【加入団体等】
     日本NPO学会、Nonprofit Management & Leadership(米)

(2024年03月28日「研究員の眼」)

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