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- 米国大統領選で争点にならないオバマケア-されどよくできたパッチワーク-
2024年09月03日
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1――オバマケアが話題に出ない
米国大統領選は同国男性の平均寿命を超える老人2名で争われていたところ、高齢不安が取り沙汰されたバイデン大統領が撤退し、ハリス副大統領(59歳)が民主党の候補としてトランプ氏に対峙する形となったことで俄然盛り上がりをみせてきた。
その中で、今のところオバマケアは話題に出てこない。民主党肝煎りの政策であり、かつては共和党が頻繁に攻撃し両党の政策の相違を際立たせてきたにも関わらず、である。
この保険・年金フォーカスでは、その要因とともにオバマケアの施策の1つである医療保険取引所の動向をみていきたい。
その中で、今のところオバマケアは話題に出てこない。民主党肝煎りの政策であり、かつては共和党が頻繁に攻撃し両党の政策の相違を際立たせてきたにも関わらず、である。
この保険・年金フォーカスでは、その要因とともにオバマケアの施策の1つである医療保険取引所の動向をみていきたい。
2――無保険者削減のためのパッチワーク
医療費ならびに医療保険料の上昇を受け保険に加入できない無保険者が増大し社会不安化する中、その減少に向けて2010年3月、民主党のオバマ政権はACAと呼ばれる法案 (正式名称はPatient Protection and Affordable Care Act)を成立させた。これを基に諸施策が順次実施されていき、その合憲性を巡る訴訟、4年間の共和党トランプ政権やコロナ禍を乗り越えて現在に至っている。オバマケアという言葉にはACA成立後もしばらくは過去からの改革のイメージが伴ったが、法案成立から14年を経た現時点においては民主党が定着させた米国民の医療アクセス確保策と捉えることが適切かもしれない。
オバマケアあるいはACAの内容は複雑多岐にわたる。概括するならば、既存の制度を壊した上で、国民全員が加入する医療保険を作ったわけではない。あくまで従来の制度を前提に無保険者の削減に向けた手当を行ったものと言えよう。
オバマケアあるいはACAの内容は複雑多岐にわたる。概括するならば、既存の制度を壊した上で、国民全員が加入する医療保険を作ったわけではない。あくまで従来の制度を前提に無保険者の削減に向けた手当を行ったものと言えよう。

その一方で、一定規模以上の雇用主には従業員への医療保険提供義務、個人には医療保険加入義務2が課された。
米国における医療保険の普及経緯3や財源などを勘案すれば致し方ないとはいえ、複雑で既存の制度の隙間を埋めるような手法についてはパッチワーク(つぎはぎ作業)との批判も受けた。
1 毎年定められるFPL(連邦貧困水準)までであったところ、FPLの133%まで拡げた。
2 トランプ政権時に罰金が0ドルとされたものの、制度としては現在でも有効である。
3 米国における医療保険普及の経緯については拙稿「メディケイドと CHIP:米国の医療セーフティネット ―コロナ後の通常運営で加入者は減少中」(2023.11.30)2~5頁を参照いただきたい。
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/76848_ext_18_0.pdf?site=nli
3――医療保険取引所での加入者急増
近年の動向として特筆すべきは医療保険取引所での加入者急増である。2020年から一貫して増加を続け、2024年の加入者は2,144万人強となった。2020年時点4と比較し2倍近い水準である。
ここで医療保険取引所がオバマケアで新設された背景を説明したい。オバマケア以前、民間医療保険の中でも個人保険の保険料が特に高騰したことから、従業員に団体医療保険を提供する企業などに勤務しない限り、実質的に民間医療保険の加入は困難な状況にあった。そこでメディケイドの対象となるほど貧しくないが団体医療保険を提供する企業などには勤務できない層を対象に、一定の保険給付内容が確保された民間の個人医療保険に加入できるようにしたのが医療保険取引所である。各州が運営すると定められているものの義務ではない。居住している州が医療保険取引所を運営していない場合、連邦政府が運営する医療保険取引所の活用が可能である。
医療保険取引所と訳されるが物理的に取引を行う場所が存在するわけではなく、原則ネット経由で個人が民間医療保険に加入する仕組みである。また、医療保険取引所で加入する場合、加入者の所得水準に応じて補助金が支給(税額控除)される。
2021年以降、補助金の支給対象が拡大し、また、低所得層への補助金が充実した。これが近年、医療保険取引所での加入が増加している一因であるが、さらに社会背景として以下の2点が挙げられる。
4 2020年の加入者数は1,141万人弱。
ここで医療保険取引所がオバマケアで新設された背景を説明したい。オバマケア以前、民間医療保険の中でも個人保険の保険料が特に高騰したことから、従業員に団体医療保険を提供する企業などに勤務しない限り、実質的に民間医療保険の加入は困難な状況にあった。そこでメディケイドの対象となるほど貧しくないが団体医療保険を提供する企業などには勤務できない層を対象に、一定の保険給付内容が確保された民間の個人医療保険に加入できるようにしたのが医療保険取引所である。各州が運営すると定められているものの義務ではない。居住している州が医療保険取引所を運営していない場合、連邦政府が運営する医療保険取引所の活用が可能である。
医療保険取引所と訳されるが物理的に取引を行う場所が存在するわけではなく、原則ネット経由で個人が民間医療保険に加入する仕組みである。また、医療保険取引所で加入する場合、加入者の所得水準に応じて補助金が支給(税額控除)される。
2021年以降、補助金の支給対象が拡大し、また、低所得層への補助金が充実した。これが近年、医療保険取引所での加入が増加している一因であるが、さらに社会背景として以下の2点が挙げられる。
4 2020年の加入者数は1,141万人弱。
(1) コロナ後のメディケイド加入資格管理再開
新型コロナウィルス感染拡大という非常事態の中、連邦法によって2023年3月末までメディケイドの継続時加入資格審査が凍結された。これによってメディケイドの加入者は9,500万人に膨らんだとの推計もあるが、連邦法の適用が切れた同年4月以降、各州は継続時の加入資格審査を適宜再開した。
以後メディケイドの加入者は減少を続けており、本年8月時点5は累計2,480万人が脱退に至ったとされる。そのような状況下、メディケイド脱退者が医療保障を受ける選択肢として、医療保険取引所の活用がある。2023年12月時点でメディケイド脱退者のうち約25%が医療保険取引所で民間医療保険に加入した6とも報じられている。
5 KFF “Medicaid Enrollment and Unwinding Tracker” (2024.8.1)
https://www.kff.org/report-section/medicaid-enrollment-and-unwinding-tracker-overview/
6 Edwin Park, Research Professor at the Georgetown University McCourt School of Public Policy’s Center for Children and Families “Marketplace Enrollment Among Those Losing Medicaid Coverage During Unwinding Increased by Nearly One-Third in the Second Month of Open Enrollment” (2024.4.1)
https://ccf.georgetown.edu/2024/04/01/marketplace-enrollment-among-those-losing-medicaid-coverage-during-unwinding-increased-by-nearly-one-third-in-the-second-month-of-open-enrollment/
新型コロナウィルス感染拡大という非常事態の中、連邦法によって2023年3月末までメディケイドの継続時加入資格審査が凍結された。これによってメディケイドの加入者は9,500万人に膨らんだとの推計もあるが、連邦法の適用が切れた同年4月以降、各州は継続時の加入資格審査を適宜再開した。
以後メディケイドの加入者は減少を続けており、本年8月時点5は累計2,480万人が脱退に至ったとされる。そのような状況下、メディケイド脱退者が医療保障を受ける選択肢として、医療保険取引所の活用がある。2023年12月時点でメディケイド脱退者のうち約25%が医療保険取引所で民間医療保険に加入した6とも報じられている。
5 KFF “Medicaid Enrollment and Unwinding Tracker” (2024.8.1)
https://www.kff.org/report-section/medicaid-enrollment-and-unwinding-tracker-overview/
6 Edwin Park, Research Professor at the Georgetown University McCourt School of Public Policy’s Center for Children and Families “Marketplace Enrollment Among Those Losing Medicaid Coverage During Unwinding Increased by Nearly One-Third in the Second Month of Open Enrollment” (2024.4.1)
https://ccf.georgetown.edu/2024/04/01/marketplace-enrollment-among-those-losing-medicaid-coverage-during-unwinding-increased-by-nearly-one-third-in-the-second-month-of-open-enrollment/
(2) メディケイド未拡張州での加入者増
メディケイドは長く米国の全州で運営されてきたため連邦制度と捉えてしまいがちだが、導入は各州の任意、但し連邦政府が財政支援を行うというのが本来の設計である。オバマケアにおいては、前述の加入資格拡張に応じない州へは連邦政府からの費用拠出を停止する権限が連邦政府にあると定めたところ、2012年、連邦最高裁はその権限に対し違憲判決を下した。結果としてメディケイドの加入資格拡張は各州の任意となり、現時点でも10州が拡張を行っていない。他の州であればメディケイドに加入できる低所得層の一部が、この10州では加入できないということだ。
メディケイドは長く米国の全州で運営されてきたため連邦制度と捉えてしまいがちだが、導入は各州の任意、但し連邦政府が財政支援を行うというのが本来の設計である。オバマケアにおいては、前述の加入資格拡張に応じない州へは連邦政府からの費用拠出を停止する権限が連邦政府にあると定めたところ、2012年、連邦最高裁はその権限に対し違憲判決を下した。結果としてメディケイドの加入資格拡張は各州の任意となり、現時点でも10州が拡張を行っていない。他の州であればメディケイドに加入できる低所得層の一部が、この10州では加入できないということだ。

どれもオバマケアに否定的な共和党が強い州であるものの、州政府がオバマケアに背を向けていても、個々の州民はオバマケアの恩恵として医療保険取引所を活用していることが伺える。その中には少なからず共和党支持者もいると推測されることから、共和党から軽々にオバマケア否定論を出せないであろう。
尚、この10州には大統領選の帰趨を決すると目される激戦州7(スイング・ステート)が2つ入っている。
7 大統領選においては基本的に各州別の勝者がその州の選挙人を総取りする。多くの州では選挙前から共和党と民主党のどちらが勝つか確実視されており、勝敗が読めない少数の激戦州の結果が実質的に大統領選を左右する構造にある。本年11月の大統領選においてはアリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ネバダ州、ノースカロライナ州、ペンシルバニア州、ウィスコンシン州が激戦州と目されている。
4――今後、争点となりうるか
トランプ氏がオバマケアについて最後に言及したのは、本年4月、SNSでの「廃止はしないが今よりずっとよいものにする」とのコメントとされる。
では、どのような代案がありうるだろうか。
一つの方向性としてはメディケア・フォー・オールと呼ばれる連邦政府運営による国民皆保険制度がある。しかし財源の確保など現実的な課題に入る以前に、これはトランプ氏が忌み嫌ってきた民主党極左の主張であり、かつてハリス副大統領も支持した案のためトランプ氏が拠って立つことは想定されない。メディケア・フォー・オールでないならば、どのような案であってもオバマケアと同様にパッチワークでしかない。今のパッチワークよりもよいパッチワークを考え出し、それを米国民にわかりやすく訴求することは至難の業と言えよう。
逆に民主党は、むしろトランプ氏がオバマケアを攻撃することを望んでいると思われる。応戦する中でトランプ氏に具体案がないことを露呈させ、低所得層から医療へのアクセスを奪う悪役イメージを植え付けるためだ。他方、それを見越してトランプ氏はオバマケアを争点化することを避けるだろう。
そもそも争点とならないのは、やや皮肉ではあるがオバマケアが一定の成果を収めたからでもある。オバマケアが議論された頃、無保険者は米国民の15%を超えて社会不安を招いていた。しかし低所得層への手厚い対応とともに無保険者の比率が半減した今となっては、どうしても触れねばならないほどの論点ではなくなった。オバマケアは複雑多岐なパッチワークながらも、実はかなりよくできたパッチワークであったと評してよいだろう。
では、どのような代案がありうるだろうか。
一つの方向性としてはメディケア・フォー・オールと呼ばれる連邦政府運営による国民皆保険制度がある。しかし財源の確保など現実的な課題に入る以前に、これはトランプ氏が忌み嫌ってきた民主党極左の主張であり、かつてハリス副大統領も支持した案のためトランプ氏が拠って立つことは想定されない。メディケア・フォー・オールでないならば、どのような案であってもオバマケアと同様にパッチワークでしかない。今のパッチワークよりもよいパッチワークを考え出し、それを米国民にわかりやすく訴求することは至難の業と言えよう。
逆に民主党は、むしろトランプ氏がオバマケアを攻撃することを望んでいると思われる。応戦する中でトランプ氏に具体案がないことを露呈させ、低所得層から医療へのアクセスを奪う悪役イメージを植え付けるためだ。他方、それを見越してトランプ氏はオバマケアを争点化することを避けるだろう。
そもそも争点とならないのは、やや皮肉ではあるがオバマケアが一定の成果を収めたからでもある。オバマケアが議論された頃、無保険者は米国民の15%を超えて社会不安を招いていた。しかし低所得層への手厚い対応とともに無保険者の比率が半減した今となっては、どうしても触れねばならないほどの論点ではなくなった。オバマケアは複雑多岐なパッチワークながらも、実はかなりよくできたパッチワークであったと評してよいだろう。
(2024年09月03日「保険・年金フォーカス」)
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03-3512-1789
経歴
- 【職歴】
1990年 日本生命保険相互会社に入社。
通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。
【加入団体等】
日本FP協会(CFP)
生命保険経営学会
一般社団法人 アフリカ協会
一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版
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