2024年08月02日

史上最高値圏を維持する金価格~今後の展開を考える

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:史上最高値圏を維持する金価格

近頃、内外株価が急速に水準を切り下げる中、内外金(Gold)価格は高値を維持している。直近2日時点で、国際的な中心指標であるNY金先物価格(中心限月・終値ベース)は1トロイオンス2480.8ドル、国内金先物価格(大阪金先物・中心限月・終値)は1グラム11828円とそれぞれ史上最高値圏にある(表紙図表参照)。

金(Gold)は安全資産であると同時にインフレヘッジ資産としての側面を持つ。近年では国内でも高めの物価上昇が続き、家計がインフレを実感する場面も増えているが、金はそのインフレヘッジ機能を遺憾なく発揮してきた。
消費者物価の動向 (インフレで目減りする円資産)
まず、計算上の概念である持家の帰属家賃を除いた「持家の帰属家賃を除く総合」ベースで消費者物価指数の水準(2020年=100)を確認すると、直近6月の水準(109.6)は近年で最低であった2021年4月の水準(98.9)を10.8%上回っている。逆に言えば、この間に国内における円の購買力、すなわち実質的な円の価値は10.8%下落したということだ。

 特に金利がゼロの現金とほぼゼロの預金はインフレの影響をダイレクトに受ける。具体例を挙げると、2021年4月時点で1000万円分の金融資産があり、全て現預金の形で保有し続けた場合、この間のインフレ(既述の10.8%)を考慮した実質的な価値(財やサービスを購入する力)は903万円となり、97万円分も目減りしたことになる(預金金利はゼロで計算)。現預金は価格変動リスクがないという点では安全だが、インフレリスクに対しては脆弱だ。
消費者物価と資産価格 一方、この間に金(Gold)の価格は大きく上昇した。国内金先物価格(大阪金先物・中心限月・終値)について月間平均値を見ると、2021年4月に1グラム6156円だったものが、2024年6月には11835円と92%も上昇している。この間の金の上昇率は国内株(日経平均・32%)や米国株(円換算後のダウ平均・66%)を大きく上回っている。

従って、金の売買差益に対する税率を20%、その他の費用は考慮しないという前提で試算すると、2021年4月の段階で1000万円の資産のうち147万円分を金に振り向けていれば(残りの853万円分は現預金として保有)、2024年6月時点の資産額は1108万円と10.8%増加し、この間のインフレによる目減り分(10.8%)を考慮した実質的な資産価値は1000万円のまま維持できたことになる。
国内金先物とNY金先物価格(円換算) (金価格上昇の要因)
それでは、この3年間で金価格はなぜこれほど上昇したのだろうか。国内金先物価格(大阪金先物)をベースに考えてみる。

国内金先物価格は「NY金先物価格(ドル建て・グラム当たり)×ドル円レート(円/ドル)」に近似して動く。NY金先物も国内金先物も同一の資産である金を対象とするため、両者に乖離が発生すると裁定取引によって乖離が是正されるためだ。従って、NY金が上昇したり、円安ドル高が進行したりすれば、国内金は上昇する。
1)NY金の上昇
NY金先物価格の月次平均値を確認すると、2021年4月(1オンス1759ドル)から2024年6月(同2344ドル)へと約33%上昇している。従って、国内金先物の上昇の一つの要因として、NY金先物の上昇が挙げられる。

NY金先物は、この間に(1)世界的なインフレ懸念による「インフレヘッジ需要の高まり」、(2)世界的な地政学リスク・政治リスクの高まり等による「安全資産需要の高まり」、(3)中国をはじめとする米国と対立する国々等の「中央銀行による旺盛な金購入(外貨準備資産のドルから金へのシフト)」などが追い風となり、大きく上昇した。
経済政策不確実性指数と地政学リスク指数(世界)/金の国際需給動向(四半期)
NY金先物と米長期金利 なお、この間にFRBが物価抑制のための大幅な利上げを行い、米金利が大きく上昇したことは、「保有しても金利の付かない資産である金」の相対的な魅力を削ぎ、NY金の重荷となった。

ただし、昨年終盤からはFRBの将来の利下げ観測が台頭し、米金利のピークアウトを通じてNY金の追い風となる場面が目立っている。特に最近では、FRBによる9月の利下げが市場で確実視されていることが、NY金の押し上げに寄与している。
2)円安の進行
さらに、円安ドル高の進行が国内金先物の上昇に繋がった。ドル円レートの月次平均値を確認すると、2021年4月(1ドル109.1円)から2024年6月(同157.9円)へと約45%上昇している。

この間の円安ドル高の主因としては、FRBによる積極的な利上げと日銀の金融緩和継続・慎重な正常化に伴う日米金利差の大幅な拡大が挙げられる。また、日本の貿易赤字、デジタル赤字、企業・家計による積極的な対外投資といった実需の円売りが円安の進行をサポートしてきた。

足元では、FRBによる早期利下げ観測や日銀による利上げ観測を受けて円安の急速な巻き戻しが発生しているが、それでも1ドル149円台と未だ歴史的な円安水準にある。
 
ここで、2021年4月1日を起点として、以降直近1日までの国内金先物価格の上昇幅をNY金上昇による寄与と円安ドル高進行による寄与に分解すると、NY金上昇の寄与が46%、円安ドル高の寄与が54%となり、むしろ円安ドル高進行が国内金上昇の最大の要因になっている。
ドル円レートと日米金利差/国内金先物価格変動の分解
各種物価指数の伸び率 なお、インフレヘッジという観点でまとめると、2021年以降、国際的な資源価格の上昇と大幅な円安によって輸入物価が高騰し、輸入コスト増加分が国内で価格転嫁されたことを主因として物価上昇が発生してきたが1、そのうちの円安が国内金先物の価格を大きく押し上げ、もともと金を保有していた国内の家計ではインフレヘッジとして機能したという構図になる。
 
1 最近では、賃上げに伴う人件費の価格転嫁による物価上昇圧力も強まりつつある。
(金価格の見通し)
最後に、年末にかけての内外金価格の見通しを考える。

NY金については、まだかなりの上昇余地があると考えられる。まず、ウクライナや中東情勢は終わりが見えないうえ、米大統領選とその後の大統領交代という大きな政治的不透明感が台頭するため、「安全資産としての金需要」は続きそうだ。また、各国の「中央銀行による金購入」は国家戦略に基づく構造的な動きであるため今後も継続するだろう。さらに、9月にはFRBがいよいよ利下げを開始し、以降は3カ月おきに段階的な利下げを継続することが見込まれるため、米金利は低下に向かい、「金利の付かない資産である金」の相対的な魅力を高める方向に作用するはずだ。現段階では、年末時点のNY金先物は2600ドル台半ばと想定している。
 
次に国内金先物の先行きを考えた場合、上記のようにNY金先物が上昇すれば、国内金にとっても上昇要因となる。一方で、FRBが段階的な利下げに向かうことに加え、日銀が今後も利上げを志向すると見込まれることは、円高ドル安を通じて国内金の重荷となりそうだ。そこで問題となるのは円高進行の度合いとなる。筆者としては、FRBの利下げや日銀の利上げは既にある程度市場で織り込まれているほか、日本の貿易赤字、デジタル赤字、企業・家計による積極的な対外投資といった実需の円売りは未だ健在であることから、均してみれば、さらなる急激な円高ドル安の進行は避けられる可能性が高いと見ている。

従って、現時点では、NY金の上昇を打ち消すほど円高ドル安は進まないと見ており、今年年末時点の国内金価格は現状よりやや高い1グラム12000円台半ばと予想している。

(2024年08月02日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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