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- 内憂外患のなか開催された中国「三中全会」-3つの観点から読み解く習政権の経済改革の行方
2024年07月30日
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3|成長と分配:成長一辺倒からの基調変化は不変
3つ目の観点は、成長と分配だ。これについては、今回の三中全会で目立った基調の変化はみられない。かつて人口ボーナスや対外開放の効果が経済の追い風となっていた時期には、高度経済成長が党による支配の正統性の源泉とされ、その際には故・鄧小平氏が提起した「先富論」の考えのもと、格差を容認しながら全体としての所得水準向上が目指されていた。それが、習政権が発足して以降、人口減少や対外経済摩擦といった内外の情勢変化を受けて成長率が低下するなか、「質」重視の発展へとシフトしてきた。その過程では、一時期盛んに強調された「共同富裕」のスローガンに代表されるように「公平性」が重視されるようになり、必然的に分配にも軸足を置いた政策の必要性が高まっている。
このため、今回のコミュニケでも、「包摂的民生、基本的民生、最低ライン保障型民生の建設強化」や「所得分配制度の改善」、「社会保障体系の整備」、「都市と農村の格差縮小」といった、格差縮小や福祉の向上にかかわるキーワードが挙げられている。
注目されるのは、これらの対策を実現するうえでの基盤的な制度ともいえる行財政制度の改革の行方だ。中国の行財政制度をめぐっては、中央・地方政府間での財源と行政のアンバランスな配分という深い問題がある。地方政府では、財源(歳入)の配分に比して行政(歳出)の配分が大きいため(図表-5)、必然的に財政がひっ迫しやすいという問題だ。この構造が、不足する財源をファイナンスにより調達する動機となり、地方政府の隠れ債務問題という金融リスクの主因ともなっている。財政改革の方向性について「決定」では、地方政府の財源を強化するとともに中央政府の行政支出を拡大する等の対応を進める方針が示された。このほか、都市と農村を制度的に分断し、労働力移動の妨げや都市・農村格差の一因となっている中国特有の戸籍制度の改革も重要だ。
他方、成長に資する方策に関しても、重要な改革が目白押しだ。例えば、人口減少の影響緩和という観点では、定年の延長や子育て支援強化等の少子・高齢化対策、高齢者に適した雇用の創出などがコミュニケでは挙げられている。このほか、「消費拡大につながる長期的かつ効果的な仕組みの整備」や「現代的なインフラ建設の体制・メカニズムの整備」を通じた内需拡大、「現地の実情に応じて新質生産力を発展させる体制・仕組みの整備」による産業振興なども言及されている。
こうした改革の効果は無視できない。例えば定年延長に関しては、現行の定年(男性60歳、女性50歳)を男女とも65歳まで引き上げた場合、総人口ベースでは約2億人の労働力増となる計算だ(図表-6)2。ただ、改革の多くは、13年の三中全会において既に提起されている。その後10年かけて段階的に検討や対応が進められてきたが、依然として道半ばにあり、調整の難しさを物語っている。今後、中央・地方の行財政配分についてどのような着地点を見出すのか、定年延長がどのようなペースで進展するのか、産業振興が地方の重複投資を招いて過剰生産能力の問題が繰り返されないか、また、個人消費拡大に向けて実効性ある策が打ち出されるのか等、具体的な動きに注視が必要だ。
3つ目の観点は、成長と分配だ。これについては、今回の三中全会で目立った基調の変化はみられない。かつて人口ボーナスや対外開放の効果が経済の追い風となっていた時期には、高度経済成長が党による支配の正統性の源泉とされ、その際には故・鄧小平氏が提起した「先富論」の考えのもと、格差を容認しながら全体としての所得水準向上が目指されていた。それが、習政権が発足して以降、人口減少や対外経済摩擦といった内外の情勢変化を受けて成長率が低下するなか、「質」重視の発展へとシフトしてきた。その過程では、一時期盛んに強調された「共同富裕」のスローガンに代表されるように「公平性」が重視されるようになり、必然的に分配にも軸足を置いた政策の必要性が高まっている。
このため、今回のコミュニケでも、「包摂的民生、基本的民生、最低ライン保障型民生の建設強化」や「所得分配制度の改善」、「社会保障体系の整備」、「都市と農村の格差縮小」といった、格差縮小や福祉の向上にかかわるキーワードが挙げられている。
注目されるのは、これらの対策を実現するうえでの基盤的な制度ともいえる行財政制度の改革の行方だ。中国の行財政制度をめぐっては、中央・地方政府間での財源と行政のアンバランスな配分という深い問題がある。地方政府では、財源(歳入)の配分に比して行政(歳出)の配分が大きいため(図表-5)、必然的に財政がひっ迫しやすいという問題だ。この構造が、不足する財源をファイナンスにより調達する動機となり、地方政府の隠れ債務問題という金融リスクの主因ともなっている。財政改革の方向性について「決定」では、地方政府の財源を強化するとともに中央政府の行政支出を拡大する等の対応を進める方針が示された。このほか、都市と農村を制度的に分断し、労働力移動の妨げや都市・農村格差の一因となっている中国特有の戸籍制度の改革も重要だ。
他方、成長に資する方策に関しても、重要な改革が目白押しだ。例えば、人口減少の影響緩和という観点では、定年の延長や子育て支援強化等の少子・高齢化対策、高齢者に適した雇用の創出などがコミュニケでは挙げられている。このほか、「消費拡大につながる長期的かつ効果的な仕組みの整備」や「現代的なインフラ建設の体制・メカニズムの整備」を通じた内需拡大、「現地の実情に応じて新質生産力を発展させる体制・仕組みの整備」による産業振興なども言及されている。
こうした改革の効果は無視できない。例えば定年延長に関しては、現行の定年(男性60歳、女性50歳)を男女とも65歳まで引き上げた場合、総人口ベースでは約2億人の労働力増となる計算だ(図表-6)2。ただ、改革の多くは、13年の三中全会において既に提起されている。その後10年かけて段階的に検討や対応が進められてきたが、依然として道半ばにあり、調整の難しさを物語っている。今後、中央・地方の行財政配分についてどのような着地点を見出すのか、定年延長がどのようなペースで進展するのか、産業振興が地方の重複投資を招いて過剰生産能力の問題が繰り返されないか、また、個人消費拡大に向けて実効性ある策が打ち出されるのか等、具体的な動きに注視が必要だ。
2 もっとも、農村部の労働者には定年は影響しないほか、都市部でも一律に労働市場から退出するわけではないため、実際のインパクトはそこまで大きくないとみられる。例えば、都市・農村部の労働参加率の実績(2020年時点)を前提に、男性・女性の定年をそれぞれ65歳、60歳まで引き上げた場合の試算では、労働力供給の増加規模は3,600万人である(芦哲、占爍(2024)「如果延遅退休、怎様影響影就業市場?」金融界、https://m.jrj.com.cn/madapter/stock/2024/07/24091341756791.shtml)。
3――「2029年」の改革達成はなるか:重要なのは形式より実質
以上、本稿では三中全会の結果について、「市場と政府」、「発展と安全」、「成長と分配」の3つの観点から、中国が今後どこに力点を置いて経済政策や改革を進めていくのかを考察した。習政権発足当初に三中全会が開催された2013年時点では、故・李克強首相(当時)をはじめ改革を志向する幹部もいたせいか、「市場、発展、成長」寄りの姿勢が強かったが、その後、様々な情勢変化や習氏への権力集中の過程で「政府、安全、分配」の方向へと修正されていることがうかがえる。
これらのバランスをどう取るかは、中国に限らずいずれの国でも腐心する問題だ。ただ、中国の場合、今回のコミュニケで「党が終始中国の特色ある社会主義事業の強固な指導的核心であり続ける必要がある」ことや「イデオロギー上のリスクの防止・解消」の必要性を強調しており、現在の体制による統治の継続にも共産党自身が一定の懸念を抱いていることが示唆される。そうした状況下、旧ソ連の経験も念頭に、遠心力として働く市場化の加速や統制の緩和ではなく、党による統制や内外の安全保障への対策強化と福祉や再分配の強化により、求心力を強めようとしているものと推察される。
今後、本稿で挙げたような様々な改革を進めていくにあたっては、どの国でも直面する問題もあれば、中国固有の政治・経済体制だからこそ直面する問題もあるだろう。また、上述の通り既に着手されている改革も多いため、現時点で積み残されている作業は、それだけ骨が折れるものであるともいえる。このように改革の道のりは決して平たんではないが、改革の成否は言うまでもなく今後の中国経済の行方を大きく左右する。近年の不動産不況長期化を経て日本のように成長が停滞する可能性は、デレバレッジの進み方や金融システムの耐性等を踏まえると低いとみているが、改革の成果が芳しくなかった場合には、30年代以降、低成長局面に入り、そのまま停滞してしまう可能性は否定できない。
今回の三中全会では、建国80周年にあたる29年を改革達成の期限として新たに設定した。26年に現在の任期を終えた後も習氏が引き続き政権を担い、結果を見届けようとの思いの表れかもしれないが、誰が政権を担うにせよ、29年時点で改革が形式上達成されることは政治的に既定路線と思われる。したがって、今後の経済を展望するに際しては、必要とされている改革が具体的にどのように進捗し、成果として表れていくか等、実際の変化に重きを置いて動向を評価していく必要がある。
これらのバランスをどう取るかは、中国に限らずいずれの国でも腐心する問題だ。ただ、中国の場合、今回のコミュニケで「党が終始中国の特色ある社会主義事業の強固な指導的核心であり続ける必要がある」ことや「イデオロギー上のリスクの防止・解消」の必要性を強調しており、現在の体制による統治の継続にも共産党自身が一定の懸念を抱いていることが示唆される。そうした状況下、旧ソ連の経験も念頭に、遠心力として働く市場化の加速や統制の緩和ではなく、党による統制や内外の安全保障への対策強化と福祉や再分配の強化により、求心力を強めようとしているものと推察される。
今後、本稿で挙げたような様々な改革を進めていくにあたっては、どの国でも直面する問題もあれば、中国固有の政治・経済体制だからこそ直面する問題もあるだろう。また、上述の通り既に着手されている改革も多いため、現時点で積み残されている作業は、それだけ骨が折れるものであるともいえる。このように改革の道のりは決して平たんではないが、改革の成否は言うまでもなく今後の中国経済の行方を大きく左右する。近年の不動産不況長期化を経て日本のように成長が停滞する可能性は、デレバレッジの進み方や金融システムの耐性等を踏まえると低いとみているが、改革の成果が芳しくなかった場合には、30年代以降、低成長局面に入り、そのまま停滞してしまう可能性は否定できない。
今回の三中全会では、建国80周年にあたる29年を改革達成の期限として新たに設定した。26年に現在の任期を終えた後も習氏が引き続き政権を担い、結果を見届けようとの思いの表れかもしれないが、誰が政権を担うにせよ、29年時点で改革が形式上達成されることは政治的に既定路線と思われる。したがって、今後の経済を展望するに際しては、必要とされている改革が具体的にどのように進捗し、成果として表れていくか等、実際の変化に重きを置いて動向を評価していく必要がある。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2024年07月30日「基礎研レター」)

03-3512-1787
経歴
- 【職歴】
・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
・2009年:同 アジア調査部中国室
(2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
・2020年:同 人事部
・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
三浦 祐介のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
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2025/04/23 | トランプ関税で激動の展開をみせる米中摩擦-中国は視界不良の難局にどう臨むか | 三浦 祐介 | 研究員の眼 |
2025/04/23 | 中国経済:25年1~3月期の評価-春風に潜む逆風。好調な出だしとなるも、米中摩擦の正念場はこれから | 三浦 祐介 | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/24 | 中国:25年1~3月期の成長率予測-前期から減速。目標達成に向け、政策効果でまずまずの出だしに | 三浦 祐介 | Weekly エコノミスト・レター |
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【内憂外患のなか開催された中国「三中全会」-3つの観点から読み解く習政権の経済改革の行方】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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