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全世代社会保障法の成立で何が変わるのか

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~全世代で応能負担の強化が明確化、制度の複雑化は進行~
この法律では、出産時に支払われる「出産育児一時金」の引き上げに加えて、75歳以上の後期高齢者に課される保険料の上限引き上げ、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化、国と都道府県が6年周期で策定している「医療費適正化計画」の見直しなど数多くの内容が盛り込まれた。
そこで、本稿では制度改正の内容を概観するとともに、その目的や意味合い、今後の展望などを論じる。まず、前半では主に医療保険制度改革に関する部分に着目し、全体として全世代で応能負担を強化する流れが強まっている点を論じる。その一方、関係団体の利害調整が優先された結果、制度の複雑化が一層、進行している点を考察し、負担と給付の関係が紐付くことを特徴とする社会保険方式のメリットが失われている点を指摘する。
さらに、後半では医療費適正化計画の強化や国民健康保険運営方針の見直しなど、主に都道府県が絡む制度改正を取り上げることで、都道府県の役割と権限を大きくする「医療行政の都道府県化」の傾向が一層、顕著になっている点を指摘し、今後の論点などを考察する。
2――改正法の概要と本稿の構成
これを見ると、医療保険制度に関わる健康保険法や国民健康保険法、高齢者医療安定確保法(高確法)だけでなく、医療提供体制改革に関する医療法、さらに3年に一度の見直し時期を迎えていた介護保険法の項目も盛り込まれており、改正内容が広範にまたがっている様子を見て取れる。施行は原則として2024年4月。
この時の法改正のうち、「1.こども・子育て支援の拡充」では、出産した妊婦に現金を給付する「出産育児一時金」の引き上げが想定されており、「4.医療・介護の連携機能及び提供体制等の基盤強化」では、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」の強化に関する内容が盛り込まれた。
本稿では残る論点のうち、前半では保険制度の話、後半では都道府県に関連する改革をピックアップする。具体的には、前半では資料のうち、「2.高齢者医療を全世代で公平に支え合うための高齢者医療制度の見直し」に関して、▽後期高齢者医療制度の見直し、▽前期高齢者財政調整の見直し――の順で、詳しく改正内容を考察。全体的な傾向として、能力に着目して負担を求める(応能負担)を強化する流れが強まっている点とか、制度が複雑化している実態と弊害などを論じる。
後半では、「3.医療保険制度の基盤強化等」を中心に取り上げる。具体的には、▽医療費適正化計画の見直し、▽健康保険組合や協会けんぽなどの保険者(保険制度の運営者)で構成する都道府県単位の「保険者協議会」の必置化、▽国民健康保険運営方針の見直し――の3つについて、制度を巡る過去の経緯や今回の改正内容を検討し、医療行政における都道府県の役割や責任を強化する「医療行政の都道府県化」に関する論点や今後の方向性を整理する。
1 かかりつけ医に関しては、2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。出産育児一時金の引き上げについては、2023年6月27日拙稿「出産育児一時金の制度改正で何が変わるのか?」を参照。介護保険制度改正に向けた議論については、2013年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。このほか、「地域医療連携推進法人」の制度改正も盛り込まれた。これは2015年の改正医療法で導入された仕組みであり、医療機関が持ち株会社のような形態の下、病床融通や物資の共同購入、人事交流などに関して協力し合う法人を指す。2023年4月現在で34法人が都道府県の認定を受けている。現行制度では、かかりつけ医機能を担う個人立の診療所は地域医療連携推進法人に加入できないため、制度改正が講じられた。
3――後期高齢者医療制度の見直し
後期高齢者医療制度とは、2008年度に発足した仕組みである2。それまでに存在していた「老人保健制度」では、高齢者を多く受け入れている国民健康保険の高齢者医療費を賄うため、相対的に裕福な健康保険組合の保険料を回す仕組みだったため、健康保険組合連合会が負担増に反発した。さらに、経済界も「現役世代は世代間扶助のために上乗せされた保険料を意図せずに負担している」などと批判した。このほか、自民党や日本医師会(日医)、連合、自治体なども、それぞれの立場で制度改正を提案し、これらを調整する形で、現在の仕組みが生まれた。
被保険者は主に75歳以上高齢者3であり、都道府県単位で市町村が参加した広域連合が保険者を担っている。財源については、市町村が徴収する75歳以上高齢者の保険料で約1割の医療費が賄われている一方、約5割は国、都道府県、市町村からの公費(税金)で支援を受けている。さらに、約4割については、健康保険組合や国民健康保険など他の保険者が支払う「後期高齢者医療制度支援金」(以下、支援金)で賄われている。
2 後期高齢者医療制度の歴史や構造などについては、2018年7月31日「10年が過ぎた後期高齢者医療制度はどうなっているのか(上)」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。
3 このほか、65歳以上の寝たきり高齢者も対象になっている。
この時の制度改正では、出産育児一金を42万円から50万円に引き上げる際の財源について、後期高齢者医療制度が最終的に7%分を負担することになった。この判断について、制度改正を議論した社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療保険部会が2022年12月に公表した「議論の整理」では「(筆者注:少子化は)今や、全ての世代にとって、正面から向き合い、その克服に向けた取組が必要な事態」といった問題意識が披歴されている。
これに伴って給付費は約630億円の増加となり、協会けんぽで220億円(加入者1人当たり600円)、健康保険組合で160億円(同600円)、共済組合等で80億円(同800円)、国民健康保険で60億円(同200円)、後期高齢者で130億円(同600円)の保険料負担が増加する4。
ただ、出産育児一時金の支払いが発生した保険者に対し、後期高齢者医療制度が費用を支出するのではなく、各保険者から後期高齢者医療制度に支出されている支援金から所要額を相殺する形になる。
4 厚生労働省の資料では、共済組合等は船員保険と健康保険に統合された日雇保険の特例を、国民健康保険は医師など特定の職業を対象とした「国民健康保険組合」も含む。以下、制度改正に伴う保険料負担の試算は同じ表記にする。
さらに、保険料の上限額を意味する賦課限度額が引き上げられた。後期高齢者の保険料は「均等割」(被保険者が均等に支払う部分)と、所得に応じた「所得割」に分かれており、年金収入が概ね1,000万円以上の高所得者については、所得割の保険料の上限が66万円から80万円に段階的に引き上げられる(2024年度は73 万円、2025年度に80万円)。
さらに年収が153万円超の人についても、保険料負担を段階的に引き上げられた。その結果、「議論の整理」では現在、1対1に設定されている均等割と所得割の比率について、所得割の比率を引き上げることで、48対52程度とする考えが示されている。
なお、実施に際しては、「出産育児一時金の後期高齢者からの支援対象を2分の1とする」「賦課限度額の段階的な引き上げ」「所得割引き上げの軽減」の3つが「激変緩和措置」として示された。これらは検討過程で、与党や医療保険部会の一部委員から「高齢者の負担が一気に増えることになり、激変緩和策が必要」といった意見が出た5ため、2年間の経過措置として導入された。
5 2023年12月12日『共同通信』配信記事などを参照。
第3に、現役世代と75歳以上高齢者の保険料負担率が見直された。これまでの仕組みでは、人口減少と高齢化に伴って現役世代1人当たりの負担が増える分について、高齢者と現役世代で折半して設定する仕組みが採用されており、その結果として、現役世代に負担増のシワ寄せが行きやすい構造となっていた。
具体的には、2008年度の制度創設当時、現役世代の1人当たり支援金は2,980円だったが、2022年度見込みで5,456円にまで伸びた。一方、後期高齢者の1人当たり保険料は制度スタート時に5,332円だったが、2022年度見込みで6,472円にとどまった。両者の伸び率を2008年度比で比較しても、現役世代の伸び率は約1.8倍だが、後期高齢者は約1.2倍となっている。
そこで、医療保険部会の「議論の整理」では「高齢者世代・現役世代それぞれの人口動態に対処できる持続可能な仕組みとするとともに、当面の現役世代の負担上昇を抑制する」必要があると指摘し、現役世代からの支援金と、75歳以上高齢者の保険料の伸び率を同じレベルに設定した。
この制度改正が保険料に及ぼす概算の影響として、後期高齢者医療制度は820億円(加入者1人当たり4,000円)の負担増となる。一方、協会けんぽで300億円(同800円)、健康保険組合で290億円(同1,000円)、共済組合等で100億円(同1,100円)、国民健康保険で80億円(同300円)の減少になる6。
6 なお、同様の仕組みは2000年度創設の介護保険制度に導入済みであり、これが参考にされた。介護保険制度の場合、65歳以上の被保険者(第1号)と、40歳以上65歳未満の被保険者(第2号)が保険料を支払う仕組みとなっており、65歳以上の高齢者が23%、40歳以上65歳未満が27%となっている。この比率は3年に一度、人口比の変化に応じて、65歳以上の高齢者と40歳以上65歳未満の1人当たり保険料額が概ね同じになるように調整されている。実際、制度がスタートした際、高齢者は17%、40歳以上65歳未満は33%だったが、高齢化の進展に伴って少しずつ高齢者の負担割合を増やす一方、40歳以上65歳未満の割合を減らして来た経緯がある。
(2024年07月17日「ニッセイ基礎研所報」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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