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EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり
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5――おわりに-欧州議会選を越えて
( 右傾化した欧州議会、グリーン関連は規制強化から現実的な導入を模索する段階へ )
6月の欧州議会選挙の結果からは、大きく3つの傾向が観察された。(1)親EUの中道右派のEPP、中道左派のS&D、中道のRenewという中道の3会派で過半数を超える議席を確保したこと、(2)EU、特に欧州委員会に批判的25な右派・極右の2会派(ECRとID)が議席を伸ばしたこと、(3)グリーン・ディール関連の法規制の整備に役割を果たしたRenewと環境会派Greens/EFAが議席を減らしたことである。全体で見ると、EPPとECR、ID、その他の無会派の右派政党の議席が増加したことで、欧州議会は右傾化した(図表17)。
これら3つの傾向のうち、(1)は政策の継続性がある程度保たれるであろうことを示唆する。第1会派となったEPPは、競争力と安全保障の強化の両立を目指す方針を掲げる。現在のEUが置かれている環境を踏まえれば、ごく自然な流れであろう。
3つの傾向のうち、(2)と(3)は軌道修正の圧力になると見ることもできる。議席構成の変化は、2019~2024年の立法サイクルでのグリーン関連などの規制強化が一気に進んだこと26による過剰な負担やEUの影響力拡大への不満の表れと見ることもできる。
こうした変化を踏まえると、新たな立法サイクルでは、グリーン関連では大枠は維持しながらも、さらなる規制強化よりも、実施のための現実的なプロセスを模索する段階に入ることになろう。
25 「欧州、環境・安保に修正圧力 議会右派・極右勢力が伸長 加盟各国の権利主張」日本経済新聞2024年6月11日
26 グリーン・ディール関連法案はの成立状況については「EU、建物の脱炭素化を目指す指令施行、グリーン・ディール産業関連法の実施段階に注視(EU)」ジェトロビジネス短信2024年6月6日の添付資料にまとめられている。
新たな立法サイクルでは、競争力と安全保障の強化が2大テーマになるとはいえ、対中国のデリスキング、経済安全保障戦略の強化は期待ほどには進まない可能性がある。そもそも、EU加盟国の間でも中国に対する姿勢には温度差があり、一枚岩とはなり得ない。EUにとって、安全保障上の最大の脅威であるロシアと対峙する上で、中国と一定程度安定した関係を維持することが重要になる。米国の大統領選挙の結果次第で、米国との関係が再び緊張を帯びるリスクに備える必要からも、中国との関係が過度に緊張を帯びたものになることは望ましくない。EUが目指す脱炭素化の実現にあたって、中国の原材料や技術は必要である。優先順位は低下したとは言え、欧州企業にとって世界第2位の巨大市場の重要性が引き続き高い。これらが、中国との対立の先鋭化を回避する力となるように思われる。
経済安全保障戦略の3本柱のうち、「連携」の柱については、米国の大統領選挙の結果が波乱要因になる可能性があるほか、EUにおいても連携のツールであるFTAへの抵抗が強まり、交渉が滞るリスクがある
「促進」の柱は、多様な利害をとりまとめるリーダー役が不在となることで、EUへの権限移譲や新たな財源の構築などを伴う進展は期待し辛くなっている。欧州議会選挙は、過去においても各国の時の政権への批判票の受け皿となる傾向が見られたが、今回、ドイツとフランスで、その傾向が顕著であった。このことは、欧州議会の構成の右傾化以上に、EUの政策に影を落とす要因になり得る。フランスでは、IDに属する国民連合がマクロン大統領の与党連合の倍以上の議席を獲得し、マクロン大統領は下院の解散と総選挙27を決めた。ドイツとフランスは欧州統合の牽引役であり、フランスは経済安全保障戦略、特に「促進」の柱の産業や防衛の戦略的自立を積極的に推進する立場をとってきた。下院選挙の結果、マクロン大統領のフランス国内での政権運営能力が低下すれば、EUの政策の優先事項の設定やその推進力も削がれることになりかねない。
「保護」の柱には両方向の力が働きそうだ。右傾化により保護主義的傾向を強めるという意味では、より積極的に行使・拡張される可能性がある。他方、右傾化には超国家機関である欧州委員会の権限拡大への抵抗という側面もある。「保護」の柱の行使は、中国からの対抗措置を引き出すことで、経済的な悪影響を広げる可能性がある。前項でみた通り、産業界も慎重な姿勢を求めている。
27 第1回投票は24年6月30日、第2回投票は同7月7日に実施される。
EUと中国との関係は、EUが姿勢を転換した後も、覇権を争う米中関係ほど鋭く対立してこなかったが、デリスキング、経済安全保障戦略に様々な制約が働くことを考えると、今後もEUと中国との先鋭的な対立は回避されるだろう。
デリスキング策の応酬はEUと中国の双方にとってダメージとなる。EUがデリスキング・ツールの行使や追加的な制限措置の導入に慎重な姿勢を取る一方、中国がビジネス環境の改善と供給力向上に偏重した政策運営をよりバランスのとれたものに改めることは、双方が利益を得られる道筋であろう。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2024年07月11日「ニッセイ基礎研所報」)

03-3512-1832
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
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