2024年07月11日

EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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4――中国ビジネスを展開する欧州企業の認識と対応

1|在中国EU企業の認識と対応
EUと中国の関係や双方における規制環境等の変化が在中国の欧州企業がどう受け止め、どう対応しているのか。中国EU商会が24年5月10日に公表した最新のサーベイから確認する。

在中国の欧州企業の中国市場への期待は低下傾向にある。中国を現在および将来の投資先として「第1位」と答えた割合は、それぞれ15%、13%、今後1年間に中国ビジネスの拡張を計画しているとの回答の割合は42%で、いずれも過去最低であった(図表9)。
図表9 中国EU商会サーベイ:中国の投資先としての位置づけと投資拡張計画/図表10 中国EU商会サーベイ:中国の投資の他国へのシフト
中国離れの兆候もある。中国における投資計画の設問では、現在の投資については65%が、将来の投資については58%が、「変更する計画はない」と答えているが、中国以外に「シフトした/シフトする決定を行った」との回答の割合は前年よりも増えている(図表10)。中国の代替先としては、ASEANが21%(38件)で最多で、欧州が19%(34件)、インドと北米が15%(27件、26件)で続く(図表11)。

供給網についても何らかの見直しを行っているとの回答が76%を占める(図表12)。「見直すが大幅な変更はしない」が23%で最多だが、「中国国内にオンショア化」が一部とすべてを合わせて21%、代替先にシフトするが13%である。シフト先(複数回答可)では、欧州が45%(20件)と最多で、インドとASEANが36%(16件)で続く(図表13)。

日本では、欧米企業がデリスキングのためにビジネスを移管する先として同志国である日本を選ぶことへの期待もあるが、中国EU商会サーベイでは、日本という回答は投資先では1%(2件)、供給網では7%(3件)に留まる。

中国市場への期待の低下、中国離れの最大の原因は「中国経済の減速」にある。最大の経営課題の上位3項目を選ぶ設問では、「中国経済の減速」をトップにあげる回答が39%を占め、上位3項目までに選択した回答の割合を合わせると、全体の55%が経営課題としている(図表14)。同時に、「米中関係の緊張」と「地政学リスク/地域の緊張」を上位3項目までに選んだ割合も合計で34%に上る。前回調査から変化では「中国経済の減速」が19%ポイント上昇しているほか、「過剰供給」が6%ポイント、「曖昧なルール・規制」が4%ポイント上昇している。
図表11 中国EU商会サーベイ:投資のシフト先/図表12 中国EU商会サーベイ:過去2年間の中国現法の供給網の見直し
図表13 中国EU商会サーベイ:供給網のシフト先/図表14 中国EU商会サーベイ:中国における経営課題(上位3項目を選択)
経営上の課題で6番目となった「過剰供給」は、全体の36%が「ある」と答えており、特に、建設、自動車、機械、石油化学などで「ある」と答えた割合が高い。過剰供給の結果としての価格低下についても「大きく低下」が42%、「僅かに低下」が29%と過半数を超える企業が経験をしている。

ビジネス展開における規制上の障害(上位3項目までを選択)の設問では、「ルールの曖昧さ」が回答の46%、「予測不可能な立法環境」が35%、「市場アクセスの障壁と投資規制」が27%であり、伝統的な問題も解決されていない(図表15)。しかし、「市場アクセスの障壁と投資規制」は、前回調査よりも5%ポイント改善していることから、中国当局がビジネス環境の改善に決して後ろ向きではないことも伺える。

中国ビジネスの先行きについて「競争上の圧力」、「収益性」、「成長」の各項目で「悲観的」との回答の割合も過去最高の水準となっている(図表16)。「コスト削減計画」に関する設問では52%が「ある」と答えており、その手段として「人員削減」を上げる企業が4分の1を占める。さらなる需要不足、デフレのスパイラル化につながるリスクが警戒される。
図表15 中国EU商会サーベイ:中国における規制上の障壁(上位3項目)/図表16 中国EU商会サーベイ:向こう2年間の見通しが悲観的と回答した割合
2|EUの経済安全保障戦略への要望
欧州産業連盟(ビジネス・ヨーロッパ)が24年5月30日に公表したポジション・ペーパー24によれば、欧州企業は、EUの経済安全保障戦略の3本の柱のうち、「保護」のツールは限定的かつ慎重に行使し、「促進」と「連携」に重きを置くことを求めている。

経済安全保障、言い換えれば中国関連ビジネスへの規制の強化への欧州産業界の懸念の背景には、欧州の産業競争力が低下し、厳しい圧力にさらされていることがある。2050年の温暖化ガス排出ゼロを目標に、持続可能な経済・社会への転換を目指す「欧州グリーン・ディール」関連などの包括的な規制の強化による負担の増大、脱ロシア産ガスによるエネルギー価格の割高化、米国・中国などとの産業政策を巡る競争、人手不足と賃金の上昇など複合的な要因によって、欧州の産業立地としての競争力が低下している。

産業界は、これらの問題に、経済安全保障を名目とする規制が上乗せされ、厳しさを増している中国ビジネスが、さらに打撃を受けることを回避したいとの思いを抱いている。
 
24 Business Europe Position Paper “Business Views on a European Economic Security Strategy” May 2024

(2024年07月11日「ニッセイ基礎研所報」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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