2024年07月11日

EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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3|最近におけるEUと中国の貿易・直接投資関係
対中国政策の変化とともに、EUと中国の貿易・直接投資に以下のような構造的な特徴や変化が観察される。
 
(1)貿易
貿易面では、2023年にロシアと中国への依存度低下がはっきりと表れた(図表1)。輸入相手国としてのロシアと中国のシェアの低下と米国のシェアの上昇は、同盟国・同志国で供給網を形成するフレンドショアリングによるデリスキングの動きと解釈することもできる。但し、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発するエネルギー危機と、インフレによるEU域内需要の鈍化が影響した部分も少なくないと思われる。基調として定着するのかを判断するには、もう少し見極めが必要であろう。

図表1で確認できる通り、2023年については、中国向けの輸出を上回るペースで輸入が減少したため、貿易不均衡の拡大傾向に歯止めが掛かったが、依然としてEU側の大幅な赤字である。欧州委員会の統計から各加盟国の中国との貿易関係を見ると、殆どのEU加盟国が輸入超(=対中国貿易赤字)であり、特に、スロベニア、オランダ、チェコ、ハンガリーなどの赤字が大きい(図表5)。EUと中国の貿易では、輸出では、ドイツのシェアが高いが(図表6)、輸入ではオランダのシェアが最大である(図表7)。これは、オランダが充実した港湾インフラを備え、内外の貿易の玄関口、物流のハブとして中国製品の輸入の窓口としての役割を果たしているためである。オランダの場合、域内を含む貿易総額GDPの倍を超える規模であり、全体の貿易収支は黒字を計上している(図表8)。他方、中国への最大の輸出国であるドイツの対中国貿易赤字は、図表5で示した欧州委員会の統計では、2023年にドイツ側の黒字に転じたが、ドイツ連邦統計局の統計ではドイツ側の大幅な赤字である20。両統計間の乖離は、中国からの輸入が経由地であるオランダ向けとして計上されていることによると思われる。
図表5 EU加盟国の対中国貿易総額(対名目GDP 2023年)/図表6 EUの対中国輸出に占めるシェア(2023年)
図表7 EUの対中国輸入に占めるシェア(2023年)/図表8 EU加盟国の貿易総額(対名目GDP 2022年)
 
20 伊藤さゆり「ドイツの産業空洞化リスク-グローバル化逆回転はドイツへの逆風、日本への追い風か?-」ニッセイ基礎研究所『Weeklyエコノミストレター』2024-04-26図表4,図表5をご参照下さい。
(2)直接投資
( 中国からEUへの直接投資 )
直接投資に関しては、EU向けの投資のスクリーニングが強化される一方、対外投資規制の強化は今後の検討課題という段階にある。

中国の対外直接投資は図表2でみた通り、ピーク・アウトしており、欧州向けの直接投資も2010年代半ばのピークに比べて大きく縮小している。前掲のKratz et al. (2024)では、公表されている投資案件に基づく推計値から、近年の傾向として、金額のピーク・アウト、M&A比率の低下、国有企業比率の低下、分野別にはエネルギー、インフラ、不動産、金融などの比重の低下を指摘している。その原因として、EUにおけるFDIスクリーニングの強化とともに、中国経済の減速、資本規制の強化、中国の対欧州投資に対する監視の強化などを挙げている。

中国からの投資が全体として縮小する中で、EV関連では重要原材料やバッテリーからEVの生産まで、供給網に沿ったグリーンフィールド投資は拡大している。米国が、IRAで中国抜きのバッテリーの供給網を構築しようとしている方針とは対照的である。欧州では、IRAとエネルギーコストの差から、バッテリー・メーカーが、欧州での投資を見合わせ、米国内での投資に切り替える懸念が燻る21。しかし、中国メーカーの場合には、中国国内市場が減速している上に、米国で投資を拡大する余地が乏しいこと、さらにEUが中国製EVにアンチ補助金関税を適用しようとしていることなどが、欧州で投資を拡大する動機となる。欧州における中国資本のEV関連の投資の最大の受け入れ国はハンガリーであり、足もとの投資額では英独仏の3大国の合計を上回るようになっている。

EV関連以外ではヘルスケア(医療機器、医薬、バイオテクノロジー)、消費財、娯楽、情報技術等への投資は続いている。うち、ヘルスケアは、EUの経済安全保障上の重要技術に含まれていることから、今後、FDIスクリーニングの対象となる可能性がある。
 
21 スウェーデンのリチウム電池メーカーのノースボルトのCEOが、2023年初めに「EUより米国での事業拡大を優先する状況にあるかもしれない」と発言したことで波紋が広がったが、その後、EUが打ち出した「グリーン・ディール産業計画」の「暫定危機・移行枠組み(TCTF)」により助成が受けられる見通しとなったことで、計画が前進した(「ノースボルトの北ドイツ蓄電池工場プロジェクトに大きな進展」ジェトロ・ビジネス短信2023年5月23日)
( EUから中国への直接投資 )
Kratz et al (2022)は、欧州から中国への投資では、中国国内で大規模に事業を展開している少数の大企業の積極的な中国事業拡大への姿勢と様子見を続けるその他の企業との温度差22を指摘している。

積極的な企業の代表格とされるのがドイツの3大自動車メーカーと化学メーカーBASFである。これらの企業が中国で投資を拡大する動機として、(1)経済的・地政学的な逆風にも関わらず、高収益が続くことを期待している、(2)過去の投資の価値を守り、EVなどの領域で中国国内の競争上の優位を確立するためには、中国国内での投資と製品開発が必要と考えている、(3)中国事業を切り離し、ローカル化することで、リスクを削減しようとしているという3つを挙げている。

Matthes(2024)23も、同様に、ドイツの対外直接投資に占める中国(香港を含む)の割合は2014年以来で最高水準となるなどデリスキングとは逆行するような動きが見られる。一方、投資をASESANなどに分散するチャイナプラスワンの動きは見られないこと、中国への投資は大企業「収益の再投資」が牽引しており、中小企業の投資意欲は鈍いことなどを指摘している。
 
22 Agatha Kratz, Noah Barkin and Lauren Dudley (2022) “The Chosen Few: A Fresh Look at European FDI in China” September 14 が過去10年間の欧州から中国への直接投資の分析を基に指摘した。 Robbie Jarvis “EU-China trade and investment: unbalanced and well below potential” 12 Apr 2023でも、投資の大企業への集中度が高く、新規投資は事実上停止していとしている。
23 Jürgen Matthes(2024)“Deutsche Direktinvestitionen nach China und Hongkong auf neuem Höchststand –  von Diversifizierung kaum eine Spur” IW-Kurzbericht, Nr. 7, Köln。

(2024年07月11日「ニッセイ基礎研所報」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
    ・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
    ・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
    ・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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