- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経済 >
- 欧州経済 >
- EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて
EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
EUの経済安全保障戦略の3本の柱のうち「促進」、「連携」は中期的なレンジでの政策であり、成果が挙がるまでに時間を要する。ここでは、当面の焦点として「保護」のツールの行使と、ツールの拡張の動きについて整理したい。
(1)保護のツールの活用
24年6月の欧州議会選挙までの「保護」の新たなツールの行使の事例の概要は(図表4)にまとめたとおりである。
新たなツールのうち、FDIスクリーニング枠組み規則は発効から最も時間が経過しており、規則の機能と有効性を評価する報告書がまとめられている15。同文書によれば、EU域内ではFDIスクリーニング枠組みの導入、拡張を行った国が増加し、正式なスクリーニングを経たFDIの割合は増加している。しかし、すべての国で完全実施されていないため、潜在的にリスクの高いFDIからの保護の鎖にはまだ欠落がある。スクリーニングの対象となったケースのうち、7~8割強は条件や緩和措置なく認可されており、国家当局が阻止したケースは1~2%である。スクリーニング枠組み規則導入後のEU域内へのFDIの件数・金額では、米国・カナダが最多で、英国、EFTA、オフショア金融センター、アジア先進国と続き、中国・香港は5番目である。図表2でもみた通り、中国から欧州への直接投資は金額自体が減っている。米国の調査会社ローディアム・グループとドイツのメルカトル中国研究所(MERICS)の報告書(Kratz et al. (2024))16は、直接投資の減少のため、スクリーニング対象としての中国の比重も低下傾向にあるとの見方を示している。
FSRは、新たなに導入されたツールでは最も動きが目立つ。ブルガリア政府の鉄道車両調達やルーマニアの太陽光発電プロジェクトのケースなどでは、対象企業は入札の撤回を決めおり、効果を発揮しているように見える。FSRは、アンチダンピング関税やアンチ補助金関税という伝統的な貿易保護ツール(TDI)や、共通通商政策を根拠とするFDIスクリーニング枠組み規則、ACIと異なり、法的にはEUの単一市場を維持するための措置として導入された点に特徴がある。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のシニア・トレード・ライターのアラン・ビーティーは、FSRが迅速に実施されている理由として、「欧州委員会が「職権」で調査を開始」できること、権限が同委の競争総局と域内市場総局に大きく集中しているために「発動のハードルが低い」ことを指摘する17。FSRは有力なツールとなるものの、「合法的な外国投資を抑制し、脱炭素技術の導入コストの上昇につながる」リスクもあり、慎重な取り扱いが必要としている。
FSRと異なり、中国製EVに関する調査は、TDIのアンチ補助金措置として貿易総局が実施している。調査は23年10月4日に開始され、24年6月12日に暫定的なアンチ補助金関税として最大38%の追加関税を課すことが発表された。調査は24年11月2日まで継続され、調査終了時に最終措置についての結論を出す見通しである。前掲のFTのコラムニストは、FSRとの違いとして、TDIのアンチ補助金関税は「慎重な熟慮を要する」こと、具体的には「加盟国の立場も入念に配慮する上、フランスとドイツのメーカーの利害調整、安価な自動車が消費者にもたらす恩恵といった要素も検討する」点に違いがあるという。
CBAMは、2023年10月1日からは、26年からの本格的な適用に向けて情報を収集するための移行期間が始まっている。詳細はジェトロ(2024)18にまとめられているが、当初の段階では対象が5つのセクターに絞られており、直接的な影響を受ける国はグローバルサウスが中心だが、対中国デリスキングのツールとしての性格は希薄と言える。第3国も、EU向けの製品の流入などで間接的な影響を受ける可能性があるほか、2026年までに適用範囲の拡大を検討することになっている。移行期間に入り、対象事業者に対して報告義務が課されたことは、EU企業にとっても負担となっている。
ACIに関しては、これまでのところ行使された事例はない。平見(2924)19は、ACIでは威圧措置を「国際法上の内政不干渉原則に反する違法行為」として捉え、「国家責任法に基づく対抗措置を正当化」しているが、「すべての威圧行為が国際法上の違法な干渉行為に該当するか慎重な検討を要する」こと、「WTOルールに反する対抗措置が正当化できるのか」などの問題を指摘、「EUも慎重に運用する」との見方を示している。
FSRの調査やEVのアンチ補助金調査に中国は強く反発している。中国は、EVへのアンチ補助金関税に対する対抗措置として、中国市場への依存度が高いフランス産のコニャックやドイツの対中国の主力輸出品目である大排気量の自動車などに制裁関税を課すのではないかとの観測も燻っている。
15 European Commission staff working document “Evaluation of Regulation (EU) 2019/452 of the European Parliament and of the Council of 19 March 2019 establishing a framework for the screening of foreign direct investments into the Union Accompanying the document Proposal for a Regulation of the European Parliament and Councils” SWD(2024) 23 final
16 Agatha Kratz, Max J. Zenglein, Alexander Brown, Gregor Sebastian, Armand Meyer “Dwindling Investments Become More Concentrated, Chinese FDI in Europe: 2023 “ MERICS Report June 2024
17 アラン・ビーティー「[FT]EU補助金規制の功罪 中国が念頭、対立の火種も(英フィナンシャル・タイムズ電子版2024年5月9日付)」日本経済新聞電子版2024年5月15日
18 日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部「概要スライドEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)解説(基礎編)」2024年5月
19 平見健太「これからの国際通商ルール(8) EUが進める対抗措置」日本経済新聞「やさしい経済教室2024年5月6日」
保護のツールの「拡張」に関しては、G7広島サミット後の23年6月に「経済安全保障戦略」が提案され、これに基づく「政策パッケージ」が24年1月に公表されている。
経済安全保障戦略では、経済的開放性を最大限維持しながら、経済的相互依存関係によるリスクの最小化を目指す方針を掲げた。パッケージは、FDIスクリーニング枠組み規則の強化、域内の研究開発におけるセキュリティー強化のための法案と、対外投資規制、二重用途物品の輸出規制、研究開発支援の導入に関する議論の叩き台となる白書からなる。
FDIスクリーニング枠組み規則強化法案では、規則に基づいて加盟国から通知され、EUが実施した1,200 件を超える審査の経験を踏まえて、①すべての加盟国でより調和した国内法に基づくスクリーニング枠組みを確保すること、②すべての加盟国が外国投資を審査しなければならない最低限のセクターの範囲を特定すること、③EU域外国の個人または企業が最終的に支配するEU域内の投資家による投資にEUのスクリーニングを拡大することなどを盛り込んでいる。
2024年が5年に1度の欧州議会選挙の年であるため、これらEUの保護ツールの拡張は、6月の議会選挙の結果を受けて発足する新たな体制と立法サイクルで取り組む課題となる。
(2024年07月11日「ニッセイ基礎研所報」)

03-3512-1832
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/18 | トランプ関税へのアプローチ-日EUの相違点・共通点 | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/28 | トランプ2.0でEUは変わるか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/07 | 始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂 | 伊藤 さゆり | 基礎研マンスリー |
新着記事
-
2025年05月09日
下落時の分配金の是非~2025年4月の投信動向~ -
2025年05月09日
グローバル株式市場動向(2025年4月)-トランプ関税への各国の対応が注目される -
2025年05月09日
英国金融政策(5月MPC公表)-トランプ関税が利下げを後押し -
2025年05月09日
官民連携「EVカーシェア」の現状-GXと地方創生の交差点で進むモビリティ変革の芽 -
2025年05月09日
ESGからサステナビリティへ~ESGは目的達成のための手段である~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えて】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
EUの対中国デリスキングの行方-2024年欧州議会選挙を越えてのレポート Topへ