2024年07月05日

好循環のカギとなる中小企業の復活

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.328]

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1―好循環は回り始めるか?

「成長と分配の好循環」は、2021年10月の政権発足以来、岸田首相が掲げてきた重要政策である。この政策の実現メカニズムは、(1)家計所得の増加、(2)個人消費の拡大、(3)企業の適切な価格転嫁、(4)企業の収益拡大、(5)設備投資の増加であり、これが更なる賃金上昇につながり、家計所得が増加して、新たな循環が始まるというものである。

政府は、このような好循環を生み出すため、経済界には持続的な賃上げを働きかけ、積極的な設備投資や賃上げ、リスキリングに取り組む企業には、減税等の優遇策を用意するなど、様々な取組みを進めて来た。しかし、現在までのところ、マクロデータを見る限りでは、好循環が回り始めた姿は確認できていない。

家計については、名目ベースの所得は増加しているものの、その増加ペースは物価の上昇ペースに追いついておらず、実質賃金は25ヵ月連続で前年を下回っている。これに伴い、家計は生活防衛意識を高めており、必需的支出まで減少している[図表1]。
[図表1]2人以上世帯の消費支出
他方、企業については、法人企業統計ベースの経常利益(金融業・保険業を除く全産業)が、2023年4-6月期に過去最高を記録するなど、一見すれば好調にも見えるが、好循環の持続性を左右する価格転嫁の状況は芳しくない[図表2]。
[図表2]企業の価格転嫁率
全体として見れば、2024年の春闘賃上げ率が、昨年に引き続き高い伸びを示し、企業の設備投資も高水準にあるなど、好循環に向けた環境は整いつつあると言えるが、その成果を感じられるまでには、あと一歩が足りていない。

この一歩を進めるには、多くの家計や企業が、先々の明るい未来を描けるようになることが必要である。そのためには、全国に存在し、企業数の99.7%、従業員数の69.7%、付加価総額の54.1%を占める中小企業に、ポジティブな雰囲気が広がることが極めて重要になる。

2―ボトムアップを図るには?

ただ、中小企業が置かれた環境は厳しい。法人企業統計から試算される中小企業の労働分配率は、製造業83.4%、非製造業75.9%と、全規模平均67.5%に比べて高くなっている[図表3]。
[図表3]労働分配率
労働分配率は、企業が生み出す付加価値が、どれだけ労働者に分配されているかを示す指標であり、この数値が大きいほど、企業は稼いだ付加価値の多くを労働者に分配していることを意味している。中小企業が、ここから更に分配(賃金)を増やしていくには、原資となる利益の拡大がなければ始まらない。しかし、中小企業の利益は、大企業に比べて薄く、長期的にも拡大していない。このような現状は、好循環の実現を目指す政府にとって大きな命題となっている。

いま政府は、この課題に対処する方法として、価格転嫁に着目している。政府は2024年5月、下請代金支払遅延等防止法(下請法)の運用基準を改正し、「買いたたき」の要件を明確にした。これにより、労務費やエネルギー価格等の高騰が明らかな場合、取引先が取引価格を据え置けば、同法で禁じる「買いたたき」に該当する可能性が出て来る。これは、労務費の上昇分は、受注側の企業努力で吸収すべきとしてきた、これまで商習慣を大きく変えるものと言える。

ただ、労務費の転嫁は、生産性向上の取組みとセットでなければならないことは変わらない。省力化や合理化の努力が伴わないコスト転嫁は、いずれ競争力を失ってしまう。とりわけ、人口減少に伴う働き手の不足は深刻な課題であり、供給改革も今後不可避となろう。最近では、政府の支援策も、成長を志向する企業を重点的に支援する方向に変わりつつある。

好循環の実現に向けては、公正な取引環境の整備と、中小企業の生産性向上の取組み、これがカギを握ることになる。

(2024年07月05日「基礎研マンスリー」)

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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