2024年06月11日

バランスシート調整の日中比較(前編)-両国で異なる実体経済のデレバレッジと経済的影響のプロセス

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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1――はじめに

中国では、2020年のデベロッパー向け融資総量規制に端を発する不動産不況が長期化の様相を呈している。こうしたなか、中国が今後、不動産バブル崩壊による景気の悪化を経て低成長・低インフレに陥り、経済の停滞が長期化する、いわゆる「日本化」の可能性が懸念されている。不動産不況の状況に加えて、非金融部門における債務の蓄積や人口減少といった経済成長を取り巻く背景が、不動産不況の最中にある現在の中国と、バブル崩壊を経験した1990年前後の日本とで酷似している、あるいは日本より深刻な点も、そうした不安を強めているのだろう(図表1)。

懸念は、現実のものとなるだろうか。日本が長期停滞に陥った経緯を振り返ると、上述の不動産バブル崩壊による景気悪化に加え、過剰債務のデレバレッジなど経済全体としてバランスシート調整が発生し、金融危機の発生にまで至ったことが大きく影響している。このバランスシート調整に焦点をあてたとき、中国はどのような状況にあるといえるだろうか。本稿では、中国におけるバランスシート調整の動向と経済への影響について、これまでの歩みと現状を確認するとともに、バブル崩壊当時の日本との比較も踏まえて今後を展望したい。今回の「前編」では、実体経済のバランスシート調整の状況について、次回の「後編」では、銀行の不良債権処理の状況について考察する。
図表1 住宅着工面積/非金融企業・家計部門の総債務/生産年齢人口比率

2――中国におけるバランスシート調整の歩み

2――中国におけるバランスシート調整の歩み

1|2015年末に提起された「サプライサイド構造改革」を契機にスタート
中国でバランスシート調整の動きが始まったのは、2015年末である。同年12月に開催された中央経済工作会議で、「過剰生産能力の解消、(不動産)在庫の解消、過剰債務の解消、(企業の)コスト削減、弱点の補強」の5つの取り組み(以下、中国語での総称である「三去一降一补」)を進めることが提起された。このうち、過剰生産能力の解消、不動産過剰在庫の解消、過剰債務の解消という、中国版「3つの過剰」への対策がバランスシート調整の取り組みと位置付けられる。

そこまでに至る経緯を簡単に振り返ると以下の通りだ。2008年に発生した世界金融危機に対して、当時の胡錦涛政権のもと、中国政府はいわゆる「4兆元の景気対策」と呼ばれる大規模な経済対策を実施した。また、それに続く欧州債務危機の際にも景気下支えが行われた。こうした景気対策の過程で、旺盛な設備投資が実施されて生産能力が過剰となったほか、不動産市場が過熱してデベロッパーによる積極的な住宅投資が行われた結果、不動産も過剰となった。また、間接金融中心の金融システムを背景に、投資の過熱化に伴い企業の債務も膨らんだ。他方、12年開催の第18回党大会を経て、習近平体制が発足した後、中国経済の発展段階が、これまでの高度経済成長から中高速成長の段階への移行に差し掛かっているとの認識のもと、「経済発展のニューノーマル」への移行が謳われるようになった。このニューノーマル移行に向けて、質の高い発展を実現するための重要な取り組みとして、上述の15年末開催の中央経済工作会議で「サプライサイド構造改革」が提起された。「三去一降一补」は、当時のサプライサイド構造改革における中核的な施策と位置付けることができる。

それでは、個々の取り組みはどのように進み、どのような成果をあげたのだろうか。具体的な展開は次項以下で示す通りだが、全体としてみれば、2019年頃までは一定の成果をあげたと評価できる。ただし、その後の展開は、対策の過程で生じた副作用や外部環境の変化を受け、より大きな問題が生じたり、方向転換を余儀なくされてしまったりと、構造改革の難しさを物語っている。
2|過剰生産能力の解消 : 行政的手段により進展するも、近年問題が再燃
過剰生産能力が深刻な製品として当時認識されていたのは、鉄鋼やセメント、ガラス、船舶等のほか、風力発電設備や多結晶シリコンなどであり、重厚長大型の産業から新興産業まで幅広い業種で過剰感が強まっていたようだ。このうち、重厚長大型の産業が、その後、過剰生産能力解消の重点対象となった。例えば、2013年に発表された「生産能力過剰の矛盾解消に関する指導意見」では、鉄鋼、セメント、電解アルミニウム、ガラス、船舶が政策の対象とされた。そして、15年末から対策が本格化した後の16年2月、鉄鋼業と石炭業を対象とする過剰生産能力解消の方針が公表され、それぞれ、5年間で累計1~1.5億トン(当時の生産能力の約8~13%)、3~5年で累計5億トン(同約9%)以上を削減するという具体的な数値目標が掲げられた。これをもとに、各地方や国有企業も個々に数値目標を掲げ、行政的な手段で過剰設備の淘汰が進められていった。なお、生産能力の過剰が深刻化していた他の産業(セメントやガラスなど)でも、鉄鋼・石炭ほどの強力な対策はとられなかったものの、淘汰が促された。17年12月の中央経済工作会議以降は、重点政策が「三去一降一补」から、「3つの堅塁攻略戦」(重大リスクの解消、脱貧困、環境汚染防止)へとシフトしていったが、過剰生産能力解消は環境汚染防止の文脈の中に位置づけられ、対策は継続した。

その後、鉄鋼、石炭ともに18年には前倒しで上述の淘汰目標を達成した。地条鋼と呼ばれる粗悪な鉄鋼の生産が根強く残るといった問題はみられたが、全体としてみれば、16年以降、国有企業を中心に工業企業のROAは改善し、設備稼働率も上昇した(図表2)。こうしてみると、過剰生産能力解消の対策は一定の成果をあげたと評価できる。
図表2 鉱工業企業のROA・設備稼働率/図表3 設備稼働率(業種別)
ただし、過剰生産能力については、最近も課題として再浮上している。例えば、23年12月に開催された中央経済工作会議では、目下の課題のひとつとして「一部の産業における過剰」が指摘されている。実際、設備稼働率は21年以降低下傾向にあり、24年1~3月期には、上述のサプライサイド構造改革が始まる前の2015年中の水準まで低下している。具体的な業種については、ハイレベルの会議体における言及はないものの、21年1~3月期から24年同期までの設備稼働率の変化幅をみると、広範な業種で過剰感が強まっているようだ(図表3)。例えば、ガソリン車のほか、近年欧米との間で貿易摩擦の火種となっている電気自動車(EV)やリチウムイオン電池も含む比較的付加価値の高い産業(自動車や電気機械)から、窯業や鉄鋼などこれまでも過剰生産能力が問題となっていた伝統的な産業まで多岐にわたる。EVへの転換加速によるガソリン車の販売不振や不動産不況などを受けた需要不足の影響も大きいとみられるが、中国特有の供給側の問題も引き続き作用していると考えられる。すなわち、経済や雇用の拡大などによる地方政府幹部の業績評価の仕組みを背景に、中央政府が産業振興の対象として指定した産業・製品に関する設備投資や生産が集中して過熱化する傾向がある。これは、長らく指摘されながらも十分に改善されていない根深い問題となっている1
 
1 24年5月23日に、習近平総書記と企業家・専門家との座談会が開催され、24年から産業高度化のスローガンとして新たに掲げられた「新質生産力の発展」についても話題とされた。その際、習総書記は「勢いだけで大雑把なまま、準備もなく盲目的に一斉に始めて、一斉に終わるのではだめで、各地の事情に応じ適切な策を打ち、各地がそれぞれの強みを有する必要がある」と述べており、旧来の地方政府の行動パターンを改める必要があるとの考えを示している。
3|過剰不動産在庫の解消 : 需要喚起に頼った処理が不動産バブルを誘引
不動産の過剰在庫について、住宅在庫面積(試算値)を当年の販売面積比でみると(図表4)、2009年の1.6倍から14年には3.7倍まで上昇しており、過剰感が強まっていたことが確認できる。この過剰感を解消するために打ち出された取り組みとしては、農民工の市民化やバラック地区の再開発の促進が主に挙げられる。このうち、農民工の市民化は、中国の戸籍制度特有の特徴であった農業戸籍と非農業戸籍の別をなくすことで、農村から都市に出稼ぎに出る労働者(農民工)の都市への定住を促すという施策である。また、バラック地区再開発は、都市部で古くに建てられた簡素な家屋が密集するエリアを再開発することで、住環境の改善や安全の向上を図るという施策だ。建て替えてから再入居させる方式と、補償金支給により別の住宅に転居させる方式の2種類があり、この時期には後者の方式を採用することが増えた。

これら対策を経て、在庫の水準は、17年にかけて2.6倍まで低下しており、在庫解消という所期の目的は一定程度達成されたといえる。

だが、バラック再開発に伴う転居促進という需要喚起策に頼った在庫解消という側面が強く、14年以降の金融政策や不動産政策の緩和により回復局面にあった不動産市場を一層過熱させるという副作用も生じてしまった(図表5)。そして、デベロッパーの不動産開発が積極姿勢に転じたことで、住宅在庫の水準は再び上昇した。なお、同じ比率を日本と比べると、上昇の勢いはバブル当時の日本ほどではない。

 
図表4 住宅在庫面積の販売面積比/図表5 家賃に対する住宅価格の比率
図表6 住宅販売価格 このときの不動産バブルは、地域により状況がやや異なるため、もう少し具体的にみてみよう。住宅販売価格の前年比伸び率の推移から不動産市場の好不況のサイクルをみると(図表6)、まず16年にかけて北京や上海などの1線都市を中心に過去を上回る勢いで価格が上昇した。これには、15年6月の株式バブル崩壊を受けた資金流入も影響したものとみられる。価格高騰を受け、16年12月の中央経済工作会議では不動産政策が見直され、その後も定着した「不動産は住むためのものであり投機するためのものではない」とするバブル抑制の基本方針が採用されたことで、17年に入り価格は低下に転じて調整局面に移った。ただ、過剰感が残る地方都市については住宅在庫解消が依然課題であったため、バラック再開発およびそれに伴う補助金支給など需要喚起策が続いたため、18年になると調整が不十分なまま、2線・3線都市を中心に価格は再び上昇に転じた。その後、18年中にバラック再開発政策が調整され、19年以降、不動産市場の過熱感はようやく沈静化していった。ただ、このときに進行した価格高騰やデベロッパーのレバレッジ拡大に対処するために20年に総量規制が実施され、それを契機に現在の不動産不況が発生し、長期化することになった。

(2024年06月11日「基礎研レポート」)

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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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