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バランスシート調整の日中比較(前編)-両国で異なる実体経済のデレバレッジと経済的影響のプロセス

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介
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1――はじめに
懸念は、現実のものとなるだろうか。日本が長期停滞に陥った経緯を振り返ると、上述の不動産バブル崩壊による景気悪化に加え、過剰債務のデレバレッジなど経済全体としてバランスシート調整が発生し、金融危機の発生にまで至ったことが大きく影響している。このバランスシート調整に焦点をあてたとき、中国はどのような状況にあるといえるだろうか。本稿では、中国におけるバランスシート調整の動向と経済への影響について、これまでの歩みと現状を確認するとともに、バブル崩壊当時の日本との比較も踏まえて今後を展望したい。今回の「前編」では、実体経済のバランスシート調整の状況について、次回の「後編」では、銀行の不良債権処理の状況について考察する。
2――中国におけるバランスシート調整の歩み
中国でバランスシート調整の動きが始まったのは、2015年末である。同年12月に開催された中央経済工作会議で、「過剰生産能力の解消、(不動産)在庫の解消、過剰債務の解消、(企業の)コスト削減、弱点の補強」の5つの取り組み(以下、中国語での総称である「三去一降一补」)を進めることが提起された。このうち、過剰生産能力の解消、不動産過剰在庫の解消、過剰債務の解消という、中国版「3つの過剰」への対策がバランスシート調整の取り組みと位置付けられる。
そこまでに至る経緯を簡単に振り返ると以下の通りだ。2008年に発生した世界金融危機に対して、当時の胡錦涛政権のもと、中国政府はいわゆる「4兆元の景気対策」と呼ばれる大規模な経済対策を実施した。また、それに続く欧州債務危機の際にも景気下支えが行われた。こうした景気対策の過程で、旺盛な設備投資が実施されて生産能力が過剰となったほか、不動産市場が過熱してデベロッパーによる積極的な住宅投資が行われた結果、不動産も過剰となった。また、間接金融中心の金融システムを背景に、投資の過熱化に伴い企業の債務も膨らんだ。他方、12年開催の第18回党大会を経て、習近平体制が発足した後、中国経済の発展段階が、これまでの高度経済成長から中高速成長の段階への移行に差し掛かっているとの認識のもと、「経済発展のニューノーマル」への移行が謳われるようになった。このニューノーマル移行に向けて、質の高い発展を実現するための重要な取り組みとして、上述の15年末開催の中央経済工作会議で「サプライサイド構造改革」が提起された。「三去一降一补」は、当時のサプライサイド構造改革における中核的な施策と位置付けることができる。
それでは、個々の取り組みはどのように進み、どのような成果をあげたのだろうか。具体的な展開は次項以下で示す通りだが、全体としてみれば、2019年頃までは一定の成果をあげたと評価できる。ただし、その後の展開は、対策の過程で生じた副作用や外部環境の変化を受け、より大きな問題が生じたり、方向転換を余儀なくされてしまったりと、構造改革の難しさを物語っている。
過剰生産能力が深刻な製品として当時認識されていたのは、鉄鋼やセメント、ガラス、船舶等のほか、風力発電設備や多結晶シリコンなどであり、重厚長大型の産業から新興産業まで幅広い業種で過剰感が強まっていたようだ。このうち、重厚長大型の産業が、その後、過剰生産能力解消の重点対象となった。例えば、2013年に発表された「生産能力過剰の矛盾解消に関する指導意見」では、鉄鋼、セメント、電解アルミニウム、ガラス、船舶が政策の対象とされた。そして、15年末から対策が本格化した後の16年2月、鉄鋼業と石炭業を対象とする過剰生産能力解消の方針が公表され、それぞれ、5年間で累計1~1.5億トン(当時の生産能力の約8~13%)、3~5年で累計5億トン(同約9%)以上を削減するという具体的な数値目標が掲げられた。これをもとに、各地方や国有企業も個々に数値目標を掲げ、行政的な手段で過剰設備の淘汰が進められていった。なお、生産能力の過剰が深刻化していた他の産業(セメントやガラスなど)でも、鉄鋼・石炭ほどの強力な対策はとられなかったものの、淘汰が促された。17年12月の中央経済工作会議以降は、重点政策が「三去一降一补」から、「3つの堅塁攻略戦」(重大リスクの解消、脱貧困、環境汚染防止)へとシフトしていったが、過剰生産能力解消は環境汚染防止の文脈の中に位置づけられ、対策は継続した。
その後、鉄鋼、石炭ともに18年には前倒しで上述の淘汰目標を達成した。地条鋼と呼ばれる粗悪な鉄鋼の生産が根強く残るといった問題はみられたが、全体としてみれば、16年以降、国有企業を中心に工業企業のROAは改善し、設備稼働率も上昇した(図表2)。こうしてみると、過剰生産能力解消の対策は一定の成果をあげたと評価できる。
1 24年5月23日に、習近平総書記と企業家・専門家との座談会が開催され、24年から産業高度化のスローガンとして新たに掲げられた「新質生産力の発展」についても話題とされた。その際、習総書記は「勢いだけで大雑把なまま、準備もなく盲目的に一斉に始めて、一斉に終わるのではだめで、各地の事情に応じ適切な策を打ち、各地がそれぞれの強みを有する必要がある」と述べており、旧来の地方政府の行動パターンを改める必要があるとの考えを示している。
不動産の過剰在庫について、住宅在庫面積(試算値)を当年の販売面積比でみると(図表4)、2009年の1.6倍から14年には3.7倍まで上昇しており、過剰感が強まっていたことが確認できる。この過剰感を解消するために打ち出された取り組みとしては、農民工の市民化やバラック地区の再開発の促進が主に挙げられる。このうち、農民工の市民化は、中国の戸籍制度特有の特徴であった農業戸籍と非農業戸籍の別をなくすことで、農村から都市に出稼ぎに出る労働者(農民工)の都市への定住を促すという施策である。また、バラック地区再開発は、都市部で古くに建てられた簡素な家屋が密集するエリアを再開発することで、住環境の改善や安全の向上を図るという施策だ。建て替えてから再入居させる方式と、補償金支給により別の住宅に転居させる方式の2種類があり、この時期には後者の方式を採用することが増えた。
これら対策を経て、在庫の水準は、17年にかけて2.6倍まで低下しており、在庫解消という所期の目的は一定程度達成されたといえる。
だが、バラック再開発に伴う転居促進という需要喚起策に頼った在庫解消という側面が強く、14年以降の金融政策や不動産政策の緩和により回復局面にあった不動産市場を一層過熱させるという副作用も生じてしまった(図表5)。そして、デベロッパーの不動産開発が積極姿勢に転じたことで、住宅在庫の水準は再び上昇した。なお、同じ比率を日本と比べると、上昇の勢いはバブル当時の日本ほどではない。

(2024年06月11日「基礎研レポート」)

03-3512-1787
- 【職歴】
・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
・2009年:同 アジア調査部中国室
(2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
・2020年:同 人事部
・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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