2024年06月04日

山林火災が健康に与える影響-北極圏でも山林火災のリスクが高まっている

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

世界的に山林火災の被害が多発・甚大化している。その原因として、気候変動による影響が考えられる。山林火災は、火災による直接的な被害とともに、火災によって生じる煙霧が問題となる。煙霧は、国境を越えて移動し、多くの人々に健康障害を引き起こす可能性がある。

アメリカでは、2023年8月にアクチュアリー会の研究機関が、山林火災による健康への影響に関して議論する、専門家パネルを設置した。このパネルには、アクチュアリー、気候科学者、気象学者、臨床医が参加した。個々の生保会社に対する山林火災の影響の評価に役立てるために、山林火災による潜在的な保険リスクについてアクチュアリー等を教育するためのリソースを作成することが主な目的とされた。12月には、その報告書が公表されている。

本稿では、その報告書等を参考に、山林火災が健康に与える影響について見ていくこととしたい。

2――山林火災の日米比較

2――山林火災の日米比較

山林火災は、山火事、森林火災、林野火災などとも呼ばれる。山だけではなく、平坦な土地も含めて、森林や草原などの自然地域で発生する制御不能な火災をいう。落雷や強風による枯葉の擦れ合いなどの自然現象などにより発生する。
1|日本では山林火災の原因の半数以上はたき火と火入れ
消防庁の公表データによると、日本では、2022年に1239件の林野火災が発生した。その半数以上が、たき火と火入れが原因で生じたとされている。放火の疑いやたばこが、これらに続いている。
図表1. 日本の林野火災の原因内訳 (2022年)
2022年に発生した日本の林野火災の出火1件当たり焼損面積は0.49ヘクタールとなっている。また、2023年は、概算ではあるが、出火件数は1290件、出火1件当たり焼損面積は0.64ヘクタールとなっている。これらの水準は、年によって増減はあるものの、増加や減少のトレンドは見られず、概ね横這いで推移している。
図表2. 日本の林野火災
2|アメリカの山林火災の焼損面積は日本の100倍前後
アメリカでは、国家省庁間調整センター(NICC)1の公表資料によると、2022年に68988件の林野火災が発生した。これは、日本の約56倍に相当する。アメリカは日本の約26倍の国土を持っていることを踏まえて単位面積当たりで比較しても、アメリカでは林野火災が日本の2倍以上発生していることとなる。また出火1件当たりの焼損面積は、50ヘクタール前後で推移しており、日本の100倍に迫る水準となっている。アメリカでは、日本よりも山林火災が多発し、焼損が広範囲に及ぶものも発生している。そのため、アメリカでは、山林火災の防止や対策への関心が高いものと考えられる。
図表3. アメリカの林野火災
 
1 NICCは、National Interagency Coordination Centerの略。

3――森林火災の生命・健康への影響

3――森林火災の生命・健康への影響

この章では、アメリカのアクチュアリーや生保会社・健保会社の山林火災への取り組みについてみていく。
1|被災したコミュニティの再建は困難
山林火災の直接的な影響として、火災が街や家を壊してしまうことが挙げられる。インフラが破壊され、電気やガスなどのライフラインが途切れ、コミュニティは被災していない地域への移転を余儀なくされる。また、医療施設も閉鎖されたり、コミュニティとともに移転されたりする。

被災したコミュニティが再建を進める中でも、火災のさまざまな影響があらわれる。火災後に避難している人には長期的なメンタルヘルスの問題が見られることがあり、特に慢性疾患を持つ人は医療ケアを受けるのに苦労する可能性がある。また、医療専門職など、復興に必要な職種の人材は、他の地域でも強い需要があるため、恒久的に移転してしまう可能性がある。2

保険に関しては、滅失した財産の再調達費用は保険でカバーされない可能性がある。また、山林火災で被災した地域は、保険料が高くなり、保険の継続が困難になる可能性もある。
 
2 健康を維持・増進するためには、学校教育の再開や強固なコミュニティの回復が重要であるが、多くの場合、それらには時間がかかるとしている。
2|煙霧の健康への悪影響が懸念される
山林火災が他の自然災害と大きく異なるのは、火災による煙霧が広範囲に拡がり、多くの人にさまざまな健康上の被害をもたらす恐れがあることだ。

米国環境保護庁(Environmental Protection Agency, EPA)は、「山林火災の煙は、ガス状汚染物質(例えば一酸化炭素)、有害大気汚染物質 (Hazardous Air Pollutants, HAPs) (例えば多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons, PAHs))、水蒸気、粒子状汚染物質の混合物で構成されている」としている。アクチュアリー会研究機関のパネリストからは「煙霧は移動とともに組成が変化して、粒子状物質の懸念は低下していくが、一方で他の健康問題を引き起こす軽いフリーラジカルが存在する、との指摘がなされている。3

煙霧を構成する粒子状物質には、粒子状物質は灰のように大きいものもあれば、細かいものもある。細かい吸入可能な粒子状物質(PM2.5等)は、肺の奥深くまで入り込み、血流に入る可能性がある。このため、公衆衛生上の最大の懸念事項となっている。

EPAは、大気質を指数化して6つのレベルに分けて、深刻度の予報に役立てている。4
図表4. 大気質指数
2023年6月初旬、ニューヨーク市は大気質指数(Air Quality Index, AQI)が300を超えた。これは、緊急事態の健康警告を意味するものであり、ニューヨークで暮らすほとんどの住民に対して、何らかの脅威を与える水準となっている。
 
3 揮発性化学物質などとの反応に関して、未解決の質問も残った。
4 汚染物質として、地上のオゾン、PM2.5やPM10を含む粒子状物質、一酸化炭素、二酸化硫黄、二酸化窒素の5つをとり、それぞれについてEPAが0~100の評価をして合計、指数化する。毎日午後に、翌日の大気質指数の予報が公表される。

(2024年06月04日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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