2024年05月28日

女性と「定年」~男性との違いに着目して

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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3――定年を控えた女性に対して企業が取り組むべきことに関する検討

2まで見てきた内容を基に、今後、定年を控えた女性たちに対して、企業が取り組むべきことについて考えてみたい。

まず1点目は、企業が現在、中高年社員等を対象に行っているキャリア研修の女性社員の受講者を増やすと同時に、その内容を見直すことであろう。キャリア研修は、自身のこれまでのキャリアを振り返り、今後の仕事への姿勢をリセットしたり、生活設計を描いたりする契機になると期待されるが、そもそも女性は、男性に比べて受講経験が少ない。21世紀職業財団の同調査によると、50代後半男性での「キャリア研修」の受講経験者は17.1%だが、50代後半女性は約半分の9%にとどまっている。また、「上司とのキャリア面談」についても、50代後半男性で経験がある人は46.3%に上るのに対し、50代後半女性は37.8%と差がある。このように、企業から今後のキャリアや生活設計について考える機会が提供されなければ、女性は備えがないまま、定年後に突入することになる。

女性の受講機会を増やしたうえで、キャリア研修等において、女性にとって最も切実な「お金」の問題について、積極的に啓発すべきではないだろうか。現在でも、キャリア研修のプログラムにマネープランが組み込まれている場合があるが、男性を想定した情報に偏ると、女性の生活実態に合わなくなる。それでは、貧困リスクがある女性に対し、警鐘を鳴らすこともできない。多様な年金水準や世帯構成など、女性の現状を反映した情報提供を行い、現実的な生活設計を立てる機会としてほしい。

2点目は、リスキリングの強化である。2-1|(1) 2)で述べたように、女性は勤続年数が長くても、仕事の経験の幅が男性より狭く、雇用が先細りする「事務職」で働く人が多いため、定年まで、また定年後も働き続ける場合には、新しいスキルを獲得する必要性が高いと言える。筆者らの共同研究によると、中高年女性のうち、自主的な学び直しに経験または関心がある人は6割近くに上り、非常に関心が高い6。今後の仕事に対する危機感の表れとも考えられる。このように、学び直しへの意識が高い女性たちに対して、定年まで戦力として働いてもらうためにも、企業が社内研修の機会を提供したり、配置を変えて、OJTで新しいスキルを身に着けさせたりすることが考えられる。

3点目は、定年前後の女性社員の交流の場作りである。はじめに述べたように、定年年齢まで会社で勤続し続けた女性のロールモデルが少なく、情報が不足していることから、「定年後にどのような生活になるのか」、「どのような心境になるのか」、また「定年前に何をしておくべきなのか」、といったことをイメージできず、戸惑う女性が多いのではないだろうか。因みに企業の中には、「女性登用」の課題に対し、ロールモデルとなる女性役員らと女性社員が交流する機会を設けるケースが多い。「定年」についても同様に、組織や業界の垣根を越えて、ロールモデルとなる女性の話を聞いたり、定年前の女性たちが情報交換したりする場を設けることで、不安解消につながるのではないだろうか。

4――終わりに

4――終わりに

再び女性個人の視点に戻って、本稿でみてきたことをまとめると、女性にとっての定年には、次のような特徴がある。すなわち、女性が定年後も仕事を続ける場合は、定年前に比べた地位や待遇等の落差が男性よりも小さいため、男性に比べれば、大きな戸惑いを抱えることなく、働き続けられる人が多いと考えられる。また男性に比べると、濃密な育児の経験があったり、趣味のネットワークを持っていたりと、人生を「仕事一筋」ではなく、複線的に過ごしてきた人が多いと見られるため、定年後に「会社から地域へ」の移行も、よりスムーズにできると予想できる。

しかし、そのように安心できるのは、心理面の話である。繰り返し述べてきたように、経済面で言えば、定年後の女性は、男性よりもリスクが大きい。この点こそは、定年を控えた中高年女性にとって最も重要な点だろう。自身の年金額が低水準であっても、「夫の年金収入があればば大丈夫」と思っている女性もいるかもしれないが、平均寿命を見れば、夫が先立つ可能性が高い。夫の死後は、財産収入などが無ければ、自身の年金か、遺族年金が頼りとなる。そしてその生活は、何年続くか分からない。従って、経済面に不安がある女性は、長く働き続けられるように、リスキリングや健康維持に取り組むなど、定年後を見据えた備えが必要になるだろう。

逆に、定年前の年収水準が高くて経済面に不安がない女性は、男性同様に定年前後のギャップが大きく、戸惑うかもしれない。定年後も働き続ける場合は、組織における自身の役割について考え直し、マインドをリセットするとともに、引退後は充実して暮らせるように、定年前から「すること」や「行くところ」をイメージしておくと良いのではないだろうか。

女性が「定年」について考えることは、配偶関係に関わらず、長い老後の生活を自分自身でマネージする方法を考えることだと言える。特に夫や子がいる女性は、普段は家族の用事を優先し、自身に必要なことは後回しにすることが多いかもしれないが、平均寿命の男女の違いや、三世帯家族が減っていることを考えれば、多くの女性が、いずれは「おひとりさま」になる。そのときは、家族に頼るのではなく、女性自身が「自走」することが必要になるため、今から自分自身のことを考え、物心両面で備えていく必要がある。女性自身が穏やかな「定年後」、または「老後」を迎えられるように、「定年」を、自分自身の人生について考える機会としてほしい。

(2024年05月28日「基礎研レポート」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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